表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

ファイナルセット

 ――松永と戦うために良い方法を思い付いた。詳しい事情は帰ったら説明するから、今日のところは俺のすることに口出ししないで欲しい。出来れば加奈子にもそう伝えておいてくれ――

 俺は地下室からか入奈の携帯にメールを送ると、休み時間になる前に地下を出た。さすがに廊下に生徒がいるときに立ち入り禁止の扉から出るわけにはいかないからな。そして終礼チャイムが鳴ったのを見計らって教室に戻った。

 ちょうど入奈が携帯を加奈子に見せていた。俺が戸を開けたことで、視線がこちらに向く。二人共何か言い足そうだけど、メールが効いてるのか近付いてもこなかった。

 俺はその足で松永の席へと向かった。彼女は相変わらず机に座ったマネキンのようだ。

「…………」

 俺が机の前に立つと、刺し殺さんばかりの鋭い松永の視線が俺に向く。

 しかし、こういうことしたことないから緊張するな。人前だと余計にそう思う。

 いつまでも口を開かない俺に痺れを切らしたのか、松永のほうが先に口を開いた。

「……何か用かしら。用がないのなら、今すぐに立ち去って」

 相変わらず手厳しい。俺は拳を強く握り締めると、意を決した。

「松永……」

「…………」

「お……お、俺と付き合ってくれ!」

「っ!? …………」

 松永の目が一瞬、大きく見開かれた。すぐに何事もなかったかのように戻ったけど。だけど目が泳いでることから動揺してんのは明白だ。

 あえてクラス中に伝わるように言ったのだから仕方ないんだけど、俺たちの会話に聞き耳を立てるため、授業中より静かだった教室が騒然となった。他のクラスの奴にでも知らせに行ったのか、教室を飛び出す奴までいた。

 入奈たちを見ると、二人共口元をヒクヒクと引き攣らせていた。

「……つ、付き合うってどこに一緒に行けばいいのかしら?」

「そういう意味の付き合ってくれってことじゃなくて、男と女の関係にってことだよ」

「じ、冗談は顔だけにしてもらえないかしら」

 表情はいつも通りだけど、声が震えてるのがわかる。俺は内心で微笑を浮かべながらも、真剣な眼差しで松永の目を見つめた。

「いや、冗談なんて言ってねぇよ。俺はお前が好きなんだ。だから付き合って欲しい。俺がどんだけ松永のことが好きか……松永だって噂で知ってんだろ?」

「…………」

 無言。きっと肯定なんだろう。松永は俺の視線を見返すことが出来ず、激しく右往左往している。かなり動揺してると見て間違いなさそうだ。

「……ダメか?」

「む、無論よ」

 松永はどもりながらサッと席を立つと、足早に教室を出て行った。かなりダメージは与えられたと思えた。作戦の第一段階終了だ。

 俺がホッとしてると、教室にいた野次馬どもが俺に詰め寄ってきた。

「やっぱ、お前が好きなんじゃないか!」

「朝槻くん、男らしいね! 私、感動しちゃったよ!」

「振られたからって気にすんな。女は冷貴妃だけじゃねぇからさ!」

 言いたい放題だな。さすがにここまで騒がれるとは思ってなかったぜ。

「いや、まだ諦めてねぇから。絶対に松永を俺のモノにする」

 そう仕向けないと話が進まない。よくわからんが女子たちの黄色い悲鳴が教室中に響き渡った。

 結局、松永は休み時間が終わるまで帰ってこなかったし、俺の周りから野次馬が消えることもなかった。松永は相当俺のことを意識してるらしく、休み時間になるたびに逃げるように教室から出て行った。とは言え、松永をこのまま自由にしてても意味がない。俺はすぐに松永を追った。

「松永、待ってくれよ!」

「っ! つ、ついて来ないで」

 松永の歩調が急に速くなった。俺も負けずに追いすがる。

「なんでそんなに嫌なんだよ。俺が弱いからか? だったら俺、松永のために強くなるから。な?」

「…………」

 今度は無視を決め込むってか。でも、俺だって負けてらんねぇ。

「俺、松永のクビレとか長い足とか大好きなんだよ。白い肌も最高だし、一日中舐め回してたい――あ、間違えた眺めてたいんだ!」

「っ!」

 松永はブルッと身震いして走って逃げた。わざと間違えたんだけど、やっぱキモかったかな。いまいち、どこからがキモいかわからん。まず、ないと思うけど、ゴリ押ししてOKされても話が進まないしな。まぁ、彼女が出来るのは嬉しいけど。

「まぁ、今日はこの辺でいいか」

 このまま追うことも出来るけど、明日の手筈を整えなきゃいけないしな。次に説得しなきゃならないのは意味不明に怒ってる二人だ。ある意味、松永よりも難しい戦いかもしれない……



 家に帰ると、入奈と加奈子がムスッとした顔で俺を待っていた。どこにも見当たらないと思ったら、もう帰ってたのか。

「ただいま。お前ら早いな……」

「「…………」」

 俺が帰ってきてるのをわかるはずなのに、一切反応を返してくれない。よくわかんねぇけど、やっぱめちゃくちゃ怒ってるのは確かみたいだな。こりゃさっさと理由を説明したほうがいいかも。

「わかったよ。きちんと事情を説明するから聞いてくれ」

「「…………」」

 相変わらず、二人共体がピクりとも動かない。ただ視線だけが俺のほうに向いた。これは聞いてくれるって意思表示と取っていいんだろうか。

 気にしてても仕方ないから、俺は話を始めることにした。嫌だったら、なんか言ってくるだろうしな。

 まず初めに、松永に纏わる噂やネットで調べた彼女のインタビューのことからだ。

「へ~。そげんことが……」

 加奈子が少し反応を返してくれた。入奈はやっぱりある程度知ってるのか、無反応のままだったけどな。

「んで、昨日の夜二人が帰ったあとで考えてみたんだけど、松永の性格を利用するのが一番いいんじゃないかって思ったんだ」

 実際には今日思い付いたんだけど、そこは脚色してもいいだろ。俺が松永を好きだって噂も流れたってのも都合が良いしな。

「俺があいつに好意を持ってるってのを外堀から埋める。それも出来る限り気持ち悪くな。で、それが事実だと肯定して、ギリギリまで追い続ければ、絶対に俺に対する嫌悪感が強くなるはずなんだ」

 そうすればこっちのもんで、松永の性格上、勝負を持ちかけてくると踏んだ。そのために霧崎先生にも協力を求めてある。かなり嫌な顔してたけど……

「そいで、あげな変な噂を自分で流したと?」

「あぁ、ストレートに好意を伝えちまうと悪い気はしないだろうけど、あれだけ湾曲した好意の伝え方すれば、普通は気持ち悪がるだろ?」

「そりゃそうばい。あげなこと言われたら引くったい」

「ははは……」

 思わず乾いた笑いが出た。たぶん一人だったら泣いてるレベルだぞ。つか、俺の発言ってそんなに女受け悪いのかな? 俺に彼女が出来なかった理由ってこのせいなのかな……。

 ま、まぁ、これで今までの発言が全部嘘に出来る。入奈は腑に落ちてないみたいだけど、加奈子は納得してくれてるみたいだ。

「で、最終日でもある明日は二人にも協力を求めたい」

「なんばい?」

 加奈子は身を乗り出して訊いて来た。入奈も頷いてるから、一応は聞いてくれるみたいだな。

「……俺の彼女になって欲しい」

「「あぁ、うん……ってはぁ!?」」

 二人共まったく同じ反応だ。まるでステレオ放送みたいで面白い。

「そ、そそそそそそそんなこと急にも言われても、心の準備が出来てないし」

「に、入奈は何を言っとんばい! コータローはうちに言うとんたい。入奈は関係なか!」

「違うよ! あさピーは私に言ってんの!」

「いや、俺は二人に言ってんだけど……」


「「……ふざけんなっ!!」」


「ふ、ふざけてねぇよ。マジで言ってんだって」

 ステレオだからかスゲー迫力あって怖い。そりゃいきなり好きでもないやつに彼女になってくれって言われても困るだろうけど、そこまで怒らなくたっていいのに。俺だって傷付くんだぞ?

「頼むっ! 明日一日で良いんだ。終わったらきちんと責任取るし!」

 俺は顔の前で両手を合わせて頼んだ。これを了承してもらわないと威力が半減するんだ。

「「責任っ!?」」

「お、おう」

 ここまで息がピッタリって、絶対こいつら仲良いだろ。それにここまで協力してもらってんだ、飯くらい奢るし、俺が出来る範囲でならなんでも責任取るよ。

「せ、責任取ってくれるんならいいかも ……イヒヒッ」

「責任……ウヘヘッ……そ、そんなんまだ早かっ!」

 なんで二人共、頬赤らめて不気味な笑い方してんの? 可愛い顔が台無しだよ? まぁ、でもやってくれるみたいだし良いか。


                   ▽


 だが、事態はそう簡単には進まない……

「なんでだよ。なんで来ねぇんだ!」

 早朝五時に起きてから即登校し、校門前で松永を待ってるんだが一向に来ない。すでに一時間目が始まるチャイムが鳴っているのに、だ。始業前に念のため、入奈に電話してみたけど、やはり登校していない。

 すでに校庭に残ってる生徒は俺一人だ。

「…………残念だけど、そこで待ってても来ないと思うわよ」

「っ!」

 気が付くと、背後に霧崎先生が立っていた。こ、この人なんで毎回、気配を消して近付くんだよ。でも、そんなことよりもだ、

「先生、それどういうことですか?」

 来ないってどういうことだよ。

「あのね、今朝電話が来たんだけど、彼女――松永さんはフランスに帰るそうよ」

「な……」

 今、先生はなんて言った? 唐突過ぎて思考が追いつかない。

「お父さんから左腕のメンテナンスも兼ねて、帰ってくるように連絡があったそうよ。松永さんは帰ってくるつもりらしいけど、お父さんがどういう手に出るかわからないし、帰ってくるとしても数日後って言ってたわ」

「…………」

 残念そうに眉を顰めている霧崎先生を見ると、嘘を言ってる風には見えない。松永が今日、学校に来ないということは、今日しかない俺にとっては完全にリミットオーバーだ。

「……先生。退学したあとで松永に勝ったら復学とかっていうのは」

「それは校長に確認してみないことにはなんとも言えないけど、訊くにしても校長も今出張中だから帰ってくるのは放課後になるわよ」

「そう、ですか。じゃあ、最悪それをするとして、それまでに何か別の案を……って言っても松永がいないんじゃどうしようもないか~」

 急に足の力が抜け、俺はしゃがんで校門に寄り掛かった。

 あれだけ無理言って、入奈や加奈子、それに霧崎先生にまで協力してもらう手筈を揃えたのに、全てが無駄になってしまった。

 仕事があると言って先生が校舎に戻ってしまったから、俺もトボトボと昇降口へと向かった。

「入奈たちとどんな顔して会えば良いんだよ……」

 教室に着くと、霧崎先生が手配しておいてくれたのか、遅刻したにも拘らず、お咎めは特になしだった。隣に座ってる加奈子の視線をチラチラと感じるものの、彼女から離しかけてくることはなかった。

「松永さん、来なかったの?」

「あぁ……フランスに今朝帰ったんだってさ」

 入奈と加奈子が事情を訊きに来たのは、一時間目終了後だった。

「そいだとどうすると?」

「わからん。もう校長も放課後まで帰ってこないらしいし、相手がいないんじゃ手の打ちようがない」

「空港まで行って、連れ戻すとかは?」

「っ! それはありかもな。ちょっと霧崎先生に訊いてくる!」

 俺は即座に席を立って、階段を駆け上った。入奈と加奈子の止める声が聞こえるが、教務室に向かうよりも屋上に行ったほうが早い。

「霧崎先生!」

『……はいはい?』

 やはり、先生は地下施設にいた。

「聞いてたと思いますけど、松永を連れ戻しに空港に行こうと思うんです。それでフライトの時間とかわかりますか?」

『わかるけど、間に合うかな……まぁいいわ。一二時ちょうど発よ』

「ありがとうございます!」

 先生に礼を言って、階段を跳び下りた。足にかなりの衝撃が走る。でも立ち止まってる暇はない。現在の時刻は一〇時半だ。空港までは約一時間半。間に合うかはギリギリだった。入奈から金を借りてタクシーに飛び乗った。


                   ▽


「あ、あさピー帰ってきた!」

「…………」

「無理やったみたいやね」

「あぁ」

 頑張ったけど、空港に着いたのが一二時ちょうどだった。空港の窓からフランス行きの便が飛び立つのが見えた。帰りの予算はなかったから電車で帰ってきた。

「もう放課後やけど、どうするったい」

「時間切れだろ。あとは校長が来るのを……ん?」

 遠くから聞こえてきたエンジン音と共に、一台のタクシーが校門前に止まった。

「なっ!」

「っ! な、なぜ貴方がここにいるのかしら?」

 時間的なタイミングで校長だとばかり思っていたけど、相手はなんと松永だった。彼女も俺が校門のところにいるとは思ってなかったらしく、切れ長の目を見開いていた。

「お、お前こそフランスに帰ったんじゃ……」

「お前って呼ばないで!」

「わ、悪い」

 とっさに呼んじまったけど、そういやそうだった。松永はフンと鼻を鳴らして顔を背けた。

「……急にパパのほうが来るとか言い出したからなくなったのよ。私が住んでる環境を調査しておきたいとか言ってたけど、実際は世界一になったタワーを見たいとかそんな理由でしょ」

 誰もそんなことまで聞いちゃいないんだが、松永は憎悪の篭もった言葉で吐き捨てた。よほど自分の父親が気にいらないらしい。ネットに書かれてたことは事実なのかもな。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。一時はどうなることかと思ったけど、帰ってきてくれたのならこっちのものだ。

「……松永」

「なによ……っ!」

 彼女がこっちを向いた瞬間に、顔を真っ赤にした。俺が目の前に寄ってるからな。急いで乗ってきたタクシーに戻ろうとした松永だったけど、すでに料金の支払いは済ませていたのか、タイミングよく去って行った。これだけの状況を逃す手はない。

「松永、俺の女になれよ」

「……そ、その気持ちだけありが――」

 松永が一歩後ずさった。これが絶好のチャンスだ。彼女に見えないよう後ろに手を回し、入奈と加奈子を手招きする。

「ね、ねぇ、あさピー。本当に松永さんとも付き合うの?」

「う、うちと入奈だけじゃ飽きたらないの?」

 二人共気付いてくれたはいいけど、かなり微妙だ。入奈たちの演技はかなりぎこちない。特に加奈子なんて標準語もどきになってるレベルだ。

 でも松永はそんなこと気にしてないようだった。そんなことよりも二人の言葉が衝撃的過ぎるらしい。俺は追い討ちを掛ける。

「別にいいじゃん。松永も可愛いし、世界じゃ一夫多妻の国だってあるんだぜ? なぁ、松永。松永だって気にしないだろ、そんなこと」

「…………」

 松永はゆっくりと俯くと、プルプル振るだした。

「どうした? 感動して涙が止まらなくなったのか?」

 念のため言っとくけど、さすがにそんなわけないことくらい俺にもわかってるからな? 日本にはそんな文化ないし、フランスだって同じだろう。自分のことを愛してるとまで言った男が、他にも二人女を連れてるなんて知ったら怒って当然だ。堂々と三股宣言してるんだからな。

「騒がしいと思って来てみたんだけど、どうかしたの?」

 そこへタイミングよく霧崎先生が校庭に出てきた。どうやらグラウンドにも監視カメラ的なものが設置されてるらしい。

「あら、松永さん、フランスに行ったんじゃ――」

「先生! この破廉恥で汚らわしい男を退学にしてください!」

 あっさりと先生の言葉を遮った。よほど怒ってんだな。霧崎先生もかなりビックリしてる。

「……た、退学? あんまり穏やかな話じゃないわね。どうかしたの?」

「二人の女性と付き合ってるのに、三人目に愛の告白する理由が私にはわかりません! こんな男と同じ空気を吸ってることすら耐えがたいです!」

 松永はこれでもかっていうくらいに嫌悪感を露にした。まさか、ここまで上手くケリが付くとは思ってなかったけど、こちらとしては好都合だ。先生が俺のほうをチラリと見た。俺もアイコンタクトで懇願する。先生はそれを受けて大きなため息を吐いた。

「ん~。でもさすがに私の権限で特待生を退学には出来ないし……どうせなら生徒同士で決着着けてみたら? 勝負して負けたほうが勝ったほうの言うことを聴くみたいな感じで」

 松永の視線が俺に向く。ギロリと音がしそうなくらいに鋭い。ちょっとビビッたけど、俺は外国人がするように笑って肩を竦めて見せた。

「俺はそれでも構わないぜ。まぁ、勝つのは俺だけどな」

「……いいわ。そこまで言うならレベルの違いを見せ付けてあげる」

 松永は足のケースからラケットを抜き放つと、ビッと俺に向けた。

「朝槻幸太郎。私と勝負しなさい!」

「あぁ、受けて立つ」

 こうして何もかも俺の思うがままに進んだ。

 だけど、問題なのはここからだ。俺が松永に勝てる見込みは万に一つもない。先生が言ってた理由もまだわかってないからな。

 でも――

「絶対に勝つ」

 憎悪の眼差しで俺を見る松永の目を、逸らさずに見つめ返した。


                   ▽


 アネット・キャロライン・松永と朝槻幸太郎の勝負は、品本高校の中でもかなり注目を集める試合だった。勝負内容も去ることながら、二人の行く末が見たいという野次馬根性が主だろう。もうとっくに放課後だというのに、かなりの数の生徒が集まった。一度帰った生徒までこの試合を見るためだけに帰ってきたほどだ。

 先生たちは高速戦闘が予測されると霧崎からの連絡を受け、急遽巨大モニターまで設置された。幸太郎の超音速もあるため、今回はハイスピードカメラを持ってして判定するんだろうな。

「…………」

 アネットは周囲の喧騒など無視して、一人卓球台の前に立っていた。目の前には二人の女子に挟まれた幸太郎の姿がある。

 ――あそこまで腹が立つ男、見たことないわ。なぜあんな男に会うために日本に来てしまったのか。こんなことになるなら、フランスにいたほうが何倍もマシだったわ。今ほど自分の決断を呪ったことはないわね。

 実際には大した実力もないのに、自分と同じく中学無敗という情報に踊らされた自らすら恨んだ。同時に自分に告白しておいて、他の女とも付き合おうというのも信じられなかった。

 ――才能があるかもしれないのに能天気なところ。私を「お前」って呼ぶところまでパパにそっくり。

 アネットは自分の父と幸太郎を重ねていた。アネットの父親――ウイリアムは母親が亡くなる前から女性関係が緩かったので、余計にそう思う。アネットは父親が大嫌いだった。自分の名声だけを気にして、家族のことはまったく省みない。そのくせ、自分がミスをすれば激怒して体罰を与えてくる有様だ。

 アネットは幸太郎を見て、そのことを思い出して幸太郎に憎悪の念を抱いていた。

「コータロー、これ読むとよか」

「おっ、サンキュー。加奈子、愛してるぜ」

 アネットの怒りを更に掻き立てるような言葉が耳に飛び込んできた。表情には出さないものの、奥歯をギリッと噛み締めた。

「そろそろ始めたいんだけど……」

 勝手にそんな言葉が口から漏れていた。物心付いた頃から自分の感情を殺して、父親にしごかれて来たアネットは、自分にもこんな感情をあらわにすることがあるのかと驚いた。

 だが、幸太郎はそんなこと気にもせず、ニッと白い歯を見せて笑った。

「おっし、やるか。でも松永、そんな怒ってる顔も可愛いよ!」

「……戯言はもう十分。それより貴方、本当にやるつもり? 入学式の段階で私たちの力の差は歴然なのは、貴方だってわかってるはず」

「だったらなんだよ」

 ここまで言ってわからない鈍感さにも腹が立つ。

「だから許してやろうって言っているのよ」

「は?」

「今なら頭突きで体育館の床を割るくらい土下座してくれたら許してあげるわ」

 アネットは無理矢理、眉一つ動かさずに言った。そうでもしなければ、自分の感情に飲み込まれると思ったのだ。それにそのまま退学してくれれば、ムカつく相手とはいえ、二度と立ち直れなくなるレベルで潰すようなことをしなくて済む。アネットは父親に強要されてやる魔卓球が好きではなかった。出来ることなら辞めたいほどだ。

 だが―― 

「バカ言うな。あんときの俺と今の俺は月とスッポンレベルで違う。お前のほうこそ、裸になって『抱いて!』って言うなら許してやらんこともないぞ。あ、でもスカートは着たままのほうがエロくて良いな。そうしよう」

「…………」

 幸太郎は怯まなかった。アネットは彼を睨んだ。そこまで絶望を望むのであれば、自分の全力を持ってして叩き潰すと決めた。

 ただ幸太郎の見せている余裕は、入学式のデモンストレーションで無様な負け方をしたはずの男が見せる余裕ではなかった。Aクラスの生徒との試合を少し見たこともあったが、それすらもアネットからすれば赤子の手を捻るレベルで勝てる。

 アネットはなぜか、朝槻幸太郎という対戦相手に苛立ちだけでなく、なんとも言えぬ焦燥感も覚えていた。

「あさピー頑張って~!」

「コータロー、負けたら許さんけんね!」

「おう!」

 アネットは声援を送る入奈と加奈子を見た。彼女には目の前の女たちが、なぜ二股を掛けられて平然としていられるのかわからなかった。後で後悔するのは間違いなく自分たちのはずなのに。

 そんなアネットに気付いたのか、幸太郎が口を開いた。

「どうした? お前もあと少しであの中に加わるんだぜ?」

「……ありえない」

 そんな可能性は皆無だ。自分が負ける要素などただの一つもない。だが、右の掌にじんわりと汗が滲む。

 ――私は何でプレッシャーを感じているの? 規模で言えばフランスの大会のほうが遥かに大きかったわ。観客の数だって比較にならならない。そんな大会で何度も優勝してきたのよ?

 今まで感じたことのない緊張がアネットを襲っていた。魔卓球の対戦を前に、心臓が苦しくなるほどバクバクと鼓動しているのも今日が初めてだった。フランスの大会ですらここまで緊張したことがない。

「約束忘れんなよ」

「当然よ。私に二言はないわ。貴方のほうこそ守りなさいよ」

「おう。当然だ」

 右の袖を捲り上げた幸太郎がサーブを放った。なんてことのない普通のクロスサーブだ。緊張するほどでもない彼の一打にホッとすると同時に、怒りも覚えた。

 ――下らない。こんな試合さっさと終わらせてあげるわ!

「……一〇〇%」

 視覚を通して伝わる幸太郎のショットを、アネットは最初からMAXパワーで打ち返した。


                   ▽


「……一〇〇%」

「っ!」

 のっけからとんでもない速度の球が、俺の傍を通り過ぎていった。少しそんな気もしてたけど、マジで頭っからトップギアかよ。

「や、やるじゃねぇか。でもリターン取ったからって調子に乗んなよ」

「…………」

 松永は何も答えなかった。いや、答えないというより聞いていないようにも見える。正直、この手の挑発が通用しなくなると、俺の勝機は更に薄くなるから勘弁して欲しいんだけどな。

まぁ良い。今ので松永の一〇〇%が“見えない”速度じゃないのがわかった。俺はニ発目のサーブを放つ。

「…………」

 松永は何も言わずにいつも通り、左腕以外を動かさずに打ち返してきた。

 やっぱり見える。さっきと同じ速度の回転だ。ってことは、何も言わなきゃ同じパーセンテージで打てるってことか。

 俺は即座に正面に移動。意表さえ突かれなければ、打ち返すのなんて造作――

「っ! 重っ!?」

 造作あった。この間の比じゃねぇ……。右腕が折れるかと思ったぜ、マジで。なんとか打ち返したピンポン球は力なく松永のコートに落ちた。

 松永は一切手を抜くつもりがなかった。鋭いスマッシュを同じ姿勢のまま打ち返してきたのだ。

 剛速球がスパーンと俺のコートを貫いていった。

「〇対ニ。サービスチェンジ」

 審判をしてる霧崎先生がコールした。つか、なんだよあれ。強いなんて次元のレベルじゃねぇぞ。

 俺はラケットをコートの上に置いて右手を振った。一発打ち返しただけなのに、もう右腕がダルい。彼女はそんな俺を蔑むようにジッと見ていた。

「…………」

 松永が始めて姿勢を変えた。サーブを打つためだ。そういや、あいつがサーブ打つの初めて見るな。

 松永のサーブはなんの変哲もない基本的な打ち方だ。みんなが遊びとかでやるときの打ち方って言えばわかりやすいかもしれない。

「……重力斧(パソンター・アッシュ)

 彼女はボソッと呟いてサーブを打った。彼女のサーブは自陣コートのライン際。つまり彼女の目の前に着地すると、ギュルギュルと音を立てて高速回転を始めた。

 な、なんだ? こんなサーブ見たことねぇぞ……

 ピンポン球は反発するように真上へと舞い上がった。球の軌道もわからなければ、松永が言った言葉の意味さえもわからない。

 跳ね上がったピンポン球は、静かに降下を開始した。傍から見たら、魔卓球空間を抜け、普通のピンポン球になってしまったかのように見える。ただ仮にもフランス中学最強の松永が放つ技だ。そんな簡単なわけがない。

 ピンポン球は魔卓球空間の力と地球の重力を受け、徐々に加速。あっという間に剛速球へと進化した。でも、そこから更にスピードが跳ね上がる。まるで脳天へと振り下ろされた斧だ。

「いっ!?」

 轟音を撒き散らした球は俺のコートに落下、一緒苦戦に俺へと跳んで来た。とんでもない破壊力なのは見ただけでわかる。でも触れないわけにはいかない。俺は松永に勝たきゃいけないんだ。

「くっ……」

 俺は迷わずラケットをピンポン球に叩き付けた。瞬間、ミシミシッという鈍い音が聞こえ、持ってたラケットが吹き飛ばされた。俺がラケットを離したわけじゃない。ラケットが根元から砕け散ったんだ。

「…………」

 体育館中がシーンと静まり返った。誰もが――生徒だけじゃなくて教師までが松永の打った球に驚きを隠せないでいるんだろう。対戦してる俺はもっと驚いてるけどな。ラケットが折れなかったら俺の手が折れるレベルだ。つか、まだ右手が痛いし。もしかしたらヒビくらいもう入ってんのかも。

「はい。朝槻くん、これ使って」

「え?」

 霧崎先生がどこから取り出したのか、新しいラケットを差し出してきた。なんで、俺が代えのラケット持ってないの知ってんだろ。

「ありがとうございます。入奈から借りようって思ってたんで助かります」

 俺はありがたくラケットを受け取った。あんまり新品というのもどうかと思ったけど、入奈の癖が付いてるラケットよりは良い。

「っ! なんだこれ。スゲー手にしっくり来る」

 初めて使うはずなのに、握った瞬間から手にフィットした。俺がさっきまで使ってた奴よりも遥かに良いから驚きだ。

「朝槻くん用に作ったラケットだから当然よ」

「マジッすか!?」

 この学校の設備を使えば、確かに作れそうだからたぶん本当なんだろうな。だが、嬉しいことにこれで思う存分戦える。

「おし、来いよ! 次こそ打ち返してやるから」

 俺はコートに戻ると、不適に笑って見せた。だけど、松永のリアクションはまったくない。俺を無視してすぐにサーブ体勢に入る始末だ。クソッ。バカにしやがって。

「重力斧」

 やっぱ二回目もさっきと同じ必殺技だ。俺がただの強がり言ってるとおもったんだろうな。でもそう簡単にはやらせねぇ。確かにまだ痛みの残ってる右じゃ無理だ。

 俺はラケットを左手に持ち替えた。

「舐めんなっ!」

「っ!?」

 頭上から急降下してくる剛速球に狙いを定めると、おもいっきり打ち返した。多少の重さは感じるけど、俺の左にかかれば屁でもない。

 俺の放った速球は松永の真横を軽々と通り過ぎていった。

「一対三。サビースチェンジ」

「シッ!」

 盛大にガッツポーズを決めた。松永は目の前で起こった事実が未だに信じられないようで、両目を見開いていた。瞳孔が揺れてんのが、俺の場所からでもわかる。

「どうした? もしかして初めて必殺技を破られたってか?」

「…………」

 ギリッと松永が食いしばるする音が聞こえた。どうやら図星らしい。まぁ、確かに普通じゃあれは打ち返せねぇわな。

「だから言っただろ? この間の俺とは違うってよ」

「……つべこべ言ってないで、早く打ちなさいよ!」

「お、おう」

 また無視されるかとおもったら、普通に返されたからどもっちまったよ。よほど必殺技が返されたのが悔しいんだろう。

 俺はまたラケットを右手に持ち替えてサーブを打った。心なしか痛みが引いたようにも思えたのが幸いだ。ただ現状を考えれば、重い球打ったから痺れてただけなのかもしれない。松永の表情が怪訝そうに歪む。

 これが俺の策だった。基本、左手は五分しか使えない。それで勝負が決まればいいけど、一セットマッチとはいえ、そういうわけにもいかないだろう。だからこそそこに頼ってしまっては限界が来たときに負けが確定してしまう。そこで俺はここぞってときだけ左手を使う戦法を取った。

 松永が普通に打ち返してきたから、俺もそれをカットで迎え撃つ。相変わらず重い。でもなんとか力強く打ち返せた。思いのほか右でも戦えそうだな。

 松永の打ったショットが左サイドへ跳ぶ。本来なら右で打てるように球の正面に出るか、バックハンドで打ち返す。でも、俺はここであえてチャレンジすることにした。

 俺は右手に持ったラケットを、左側に投げた。左手でそれをキャッチ。即座に打ち返した。ドライブを利かせた速球がライン際に決まり、これも俺のポイントだ。この戦法、とっさに左手に持ち替えなきゃいけないから少し不安だったんだけど、これならなんとかなりそうだ。

 俺はまた左から右手に持ち替えようとして、止めた。

「……松永も必殺技見せてくれたし、俺のも見せてやるか」

 俺はラケットをクルクルと回すと構えた。体育館にいる生徒ん中には見たことあるやつもいるだろうけど、松永は初見だろう。

「必殺。超音速」

 俺の放った突風が駆け抜け、瞬く間に松永のコートを打ち抜いていった。魔卓球空間を抜け、囲っていた生徒たちの前に転がった。

「三対三。サービスチェンジ」

 霧崎先生の判断に、未見だった生徒たちからブーイングが跳ぶ。先生は仕方ないと言った様子でモニターにスロー映像を流した。

 でも、俺はそんなことよりも松永のほうが気になった。

 ――あいつの右目、俺の必殺技に反応してたな。

 今まで俺の必殺技を肉眼で見ることが出来たのは、俺を除けば霧崎先生ただ一人だ。それをコンタクトを填めてる松永の右目だけが動いていた。、きっとそれだけあの右目の精度が高いってことなんだろうな。

 松永がニヤリと頬を緩めた。

「……超高速のドライブショット。要領は私の重力斧に似てるわね」

「おぉ、一発でわかったか。スゲーな」

 彼女の言うとおり、俺の超音速は早く打つことよりもドライブ回転を掛けることに比重を置いている。回転数を増やすことで、大気との摩擦を上げ加速させてるのが超音速の正体だ。

「お前、そんなに詳しいってことは、よっぽど卓球が好きなんだな」

「お前って呼ぶなって何度言ったらわかるのよ! それに私は卓球なんて大っ嫌いなんだから!」

 ――やっぱりか……でもなんか違う気もする。

 松永が声を荒げた。そこからネットで見た母親の記事が的を射ているのがわかる。だけど、俺の必殺技を見破ったときに浮かべた笑みとか見てると、それだけでもない気がしてきた。

「そうっすか。じゃあ、卓球大好きな俺に大嫌いな“お前”が勝てるわけがねぇな」

 あえて「お前」を強調して、挑発を再開することにした。松永が感情をあらわにしたのを見て効果があると判断する。

 俺の見立てどおり、効果てき面なようだ。ラケットを持った左手がプルプルと震えていた。

「許さない……リミッター解除」

「はぁ!?」

 松永が呟くと、左手の機械部分から蒸気が吹き出た。前言撤回、効果効き過ぎだ!

「私を本気で怒らせたことを後悔させて上げるわ」

「……マジかよ」

 松永はスーッと静かな動作でサーブ体勢に入った。俺はそれを見た瞬間にゾワゾワッとしたものが背筋を走り抜けた。直感的に凄いのが来るとわかった。

超重力斧ハイ・パソンター・アッシュ

 松永の放ったサーブは軌道、すピード、回転――全てにおいてさっきまでの比ではなかった。俺の超音速を超えるパワーだ。さすがにこれは右手じゃ打ち返す力もないし、今後は左で行くしかねぇか。

 俺は覚悟を決めた。

 超高速の回転を続けるピンポン球を真正面から捕らえて打ち付ける。

「ぐっ……」

 鈍痛が左腕を襲った。見れば、ピンポン球のとてつもない回転がラケットのラバーを抉っている。もう球種とか回転の加減とか考えてる余裕はない。俺は力任せに打ち返した。

「っ!」

 渾身の一撃が打たれたのがショックなのか、松永の表情が歪む。が、その後の反応も早い。

 松永の動きが変わった。これまで左腕一本でしか戦っていなかったのに、急に体全体を使って戦うようになったのだ。全身の力をフルに使って強力なショットを打ってくる。俺も全力で迎え撃つことに専念した。

 そのせいか、さっきまで一回、二回で終わってたラリーが急に終わらなくなった。しかも魔卓球空間の中にいる三人以外には見えてない超速の戦いだ。

 ――なっ!? こいつ、右目だけで打ってやがる。

 ふと松永を見たとき、彼女は左目を瞑り、片目でプレイしていた。そりゃ左目しか反応出来ないのかもしれないけど、それだと距離感もわかりづらいだろう――

「ぐわっ!」

 球を打ち返した瞬間、左肘に激痛が走った。対戦相手の心配なんてしてる余裕なかったんだ。つか、まだ五分経ってないのに、なんで……

 左でプレイするようになってから、まだ二分程度しか経っていない。それなのにいつもの痛みが襲ってきた。

 松永はその隙を見逃さなかった。彼女の打った球が俺のコートの右側を打ち抜いた。見えてはいたけど、痛みのせいで反応出来なかった。

「三対四」

 プレイ時間が短縮されるくらいに松永のショットが強力だってことなんだろうか……ただ、辛うじてラケットを持つ左手を握り締められるだけの力はあった。

 ――まだやれる。

 松永は俺の変化に気付いてるようだけど、手を抜くつもりはないようだ。

「……超重力斧」

 また必殺サーブだ。一度見てるにも拘らず、さっきよりも強力に見える。

「痛ぅ~うらっ!」

 なんとか打ち返すも、骨を直接叩かれたかのような痛みと痺れが左腕を支配していく。もちろん球に威力なんて乗ってないから松永は楽々と打ち返してくる。俺も苦痛に耐えながら打ち続ける。相変わらずヒョロヒョロの球しか打てない。もう来た球を打ち返すだけで精一杯だった。

「ぐっ……」

 でもそれは俺だけじゃなかった。松永も打った瞬間に苦痛の息を漏らした。見れば、右目からは絶えず涙が流れているし、左腕の機械が燃え盛るように赤くなっている。気付けば周りも騒然となっていた。どうやら俺は自分のことで精一杯で、松永の状態に気付いてなかったらしい。

 ――つーことは、互いに左で打てる球は限られてるってことか……それなら

「次の一打に全てを賭ける!」

「っ!」

 松永の打った球が俺のコートに来た。

「見せてやるよ。俺の完全無欠、最強の必殺技を!」

 これまでの経験から、俺の左手が打てる球はあとニ発か三発。それならば、俺はその全てをこの一打に乗せることにする。

 跳んできた球にラケットのラバーが触れる。まるで掌に直でピンポン球を受けてるかのようなリアルな感触が伝わってくる。

中学最後の試合とまるで同じだ。

 瞳を閉じれば、完璧な感覚が俺の思考と混ざり合う。時間にして一秒にも満たない刻【どき】が、俺にとっては無限にすら感じるレベルだ。

 目を見開き、刹那の速度でピンポン球を切った。勢い余った俺は体を反転させ、卓球台に背を向けた。

「必殺。……まだ名前は決めてない」

 いや、仕方ないんだよ! 初披露までに決めればいいかと思ってたけど、その計画は俺の左腕のせいで水の泡だったんだから。

 なんで急に余裕になったのかって? そりゃ完璧なショットが打てたからに決まってる。まぁ、俺の左腕から感覚はなくなってるけどな。現にラケットを持つ握力もないからとっくに床に落ちてる。

「そろそろか……」

 右手を掲げた。タイミングよくスポッとピンポン球が右手に収まった。

 会場全体を静寂が支配した。誰もが信じられないんだろうな。

 振り返ると巨大モニターに俺の打った球の映像が流れていた。

 俺が振り下ろしたラケットから放たれたピンポン球は、緩い放物線を描いて松永のコートへと跳んでいった。当然、松永はそれを打ち返そうと体勢を整える。

だが、甘い。

 俺が打った必殺技は、松永のエリアに着弾した瞬間、強烈なバックスピンが掛かり俺の元へと戻ってきた。愕然としてる松永の表情までありありと映像に映ってる。

 これがことの顛末だ。

「……四対四 サ、サービスチェンジ」

 さすがの霧崎先生も驚きのあまり、コールが遅れたようだな。

「どうだ、俺の新必殺技。これを見てもまだ続けるつもりか?」

「……当然よ」

「…………マジかよ」

 俺は小声でボソッと呟いた。さっきも言ったけど俺の左はもう使い物にならない。この必殺技を見れば、戦意を喪失するとばかり思っていたからな。ってことはあの怪物じみた機械の左腕と俺は右手で戦わなきゃいけないのか。

 ――さすがにもうダメ、か……


 ドンッ!


 ――って、え?

 急に目の前で爆発音が聞こえて焦った。周りの生徒たちも松永のほうを見て愕然としている。

「な、なんだ? っ!?」

 彼女の左手から機械がゴトッと床に落ちた。真っ赤に爛れた左手は痛々しくて見てられない。右目からは血涙まで流れてる。唐突過ぎて何がなんだか……

「ま、松永さん、大丈夫なの?」

「……平気です。またやれますから」

 松永は近寄ろうとした霧崎先生を右手で制した。そして床に落ちていたラケットを右手で握り構えた。

「そんな姿でもまだやるのかよ」

「当然よ。そういう貴方だって大差ないじゃない」

 松永はフッと微笑を浮かべた。松永の笑ってるところ初めて見たかも。見てる限りじゃそうは見えないけど、俺にはその笑顔が心底、魔卓球を楽しんでるもののように思えた。

「そりゃそうだ。つーことは、ここからは互いに右手で第二ラウンドってところか」

 俺も苦笑を返した。

 俺はなんとか左手にピンポン球を乗せてサーブを打った。

「くっ……」

 当然、右目が使えず利き腕でもない松永が打ち返せるわけもなく、空振った。

 俺も最初の頃はそうだったから、彼女の気持ちがよくわかる。これまでずっと左で打って来たんだし、出来ると思うかもしれないけど、慣れない右ですぐに打てるほど簡単じゃないんだ。しかも片目が使えてないとなれば、なお更だよ。はっきり言って、俺よりも条件が悪い。

 松永は俯き下唇をきつく噛むと、右手に持ったラケットを落とした。

 蓋を開けてみれば俺の圧勝だった。

 俺は松永に勝てたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ