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金色との出逢い

「……遅刻……だな、もういいや」


俺は走っていた足を歩きに変える。


自宅から俺の通っている大学まで徒歩20分なのにどうやって遅刻するのか。それは即ち、寝坊によるものだ。


一応寝坊してしまったことには理由がある。夜中まで起きていたからだ。


なぜ夜中まで起きていたかというと、これにもまた理由があるんだが……、まあいいや。思い出すだけで頭痛くなる。




俺は高橋準。トーキョーの空ヶ谷区の実家に住む、普通の大学2年生だ。


①服のセンス皆無

②眉毛手入れなし

③小さくて鋭くて人を怖がらせる目

④中肉中背

⑤これといった持ちネタ無し


という、『灰色の青春五原則』を見事にコンプリートしてしまったような男だ。


ついでに言うと、なりたい職業も決まっていない。これにも色々事情があるが……まあいいや。


好きな人もいない。告白の回数=断られた回数、年齢=彼女いない暦。もう女を好きになることをやめようかと諦めが入ってきている。かと言って男色家になるわけでもないが。もう、大賢者への道を進んでもいいかな、って。


そんな感じだから、俺は『将来』に対して夢なんて持っていない。年金やら何やらの社会問題もあるようだし、お先真っ暗だ。




かと言って、通称二次元と呼ばれるマンガやゲーム等のサブカルチャーで現実逃避することもあまりない。そんなの現実に帰った時、虚しくなるだけだ。


だから俺は、ガキの時こそ魔法使いやお化けや正義のヒーローなんて信じていたが、今はそんな非科学的な物は一切信じない。いるわけないだろ、常識的に考えて。


俺がこんなにひねくれちまったのは、小1の時の「サンタ事件(命名、俺)」がきっかけだったように思う。そういえば今日その事件の夢を見た気がする。よっぽどショックだったんだな。


そりゃあ俺だって、毎日の大学への通学中に、「街角で食パン咥えた女の子とぶつからないかな~」とか、「空から美少女降って来ねえかな~」とか、1%も期待してないのかって言うとそういうわけではないが、『世界』はそんなに上手くできていない。まったく……つまらない『世界』だ。


七夕の短冊に「世界が面白くなりますように」って子供の頃書いたことがある。でも何も変わらなかった。


神社の初詣で「世界が面白くなりますように」って子供の頃お願いしたことがある。でも何も変わらない。


つまり、織姫彦星も、神様も、そんなのは本当はいないんだ。ヤツらの存在の皆無は、ヤツら自身が証明した。


流れ星はまだ見たことないが……、この路線なら、流れ星が見えている間に願いを3回唱えると叶うという伝説も、結局嘘っぱちなのだろう。


やっぱり『世界』は、過去からもそうだったように、未来までずっとつまらないままなんだろう。




最近、こんなくだらないことを通学中に思うのが「日常」になりつつある。


何度考えたって、『世界』が変わるわけでもないのにな……。




そんなことをしているうちに近所の公園に着いた。この公園を突っ切ることで、徒歩20分で大学へ着くというコースは完成する。


俺はその公園に足を入れた。




その瞬間、風の音や鳥の声が全く聞こえなくなった。人の気配もしない。


まるで、この公園だけ世界と遮断されているかのような……。


少し気持ち悪い感覚だった。身体の生存本能が警鐘を鳴らしてる気さえする。




俺はあまりの無音の恐怖にたじろいで、公園から出た。


そしたら音が耳の中に帰ってきた。人の気配もする。


「一体どうなっているんだ……」


少し怖いが、だんだん好奇心が勝ってきた。


何より、ここを通らないと大学までかなり遠回りになる。




もう一回公園の敷地に入った。やっぱり音が止む。


「この公園って……こんなに静かだったか……?人がいないのはいつものことにしたって、おかしすぎる……まあこれはこれで……」


そんなことを呟きながら公園を突っ切っていたら、





目の前に、上から、女の子が、降ってきた。





いや、正確にはその女の子は着陸した。足の爪先から美しいほどしなやかに、着陸した。


その美しさは、どことなくバレーを彷彿とさせる。


静かに着陸した割には異常なほどの風圧が爪先から吹き荒れた。


「うわっ!わぁああぁ!」


俺は公園の草の茂みの裏側まで飛ばされた。


「いっててて……」


飛ばされた時に枝とかがあちこちに引っかかって、細かい切り傷ができていた。


「さぁ、出てきなさい!」


女の子がそう叫んだ。


一瞬俺に言っているのかと思って、俺は茂みの裏でむしろ縮こまった。


親に0点のテストを隠していたのがバレた時のような心境だ。0点はさすがに取ったことないけど。




だが、その言葉は俺に向けられたものじゃないとすぐに分かった。


空から、なんか黒いモノが4人?4体?その子の四方を囲むようにドサドサッと鈍い音を立てて落ちてきた。


地面からも、同じようなモノが湧いてくるように出てきた。こっちは3体だ。


黒いモノは、ヒトの形をしているが明らかにヒトではない事は、生来のおバカ+寝起きの頭の俺でもすぐ分かった。


表面が墨汁のような真っ黒で、体の輪郭がテレビの砂嵐のようにザーザーしていて、骨や関節なんか存在しないのであろう柔軟な動きをしている。


その正体不明の黒いモノがジリジリと女の子を囲んでいく。よく分かんないけど、なんかヤバイ雰囲気だ。




しかしその女の子は余裕の表情をしていた。


正確にはこっちからは背中しか見えないのだが、その背中がすごく毅然としていて、自信満々な性格であることを物語っている。


「たった7体?全然釣れなかったわねー。いいわ、まとめて相手してあげる」


その挑発を合図のように、黒いモノたちが身体を大きくして、一斉に女の子に覆いかぶさった。


「危ない!!」と叫びそうになったが、声が出なかった。情けないことに、身体も動かない。


「だから遅いって」


彼女はつまんなそうにそう言って、右足で地面を一回踏んだ。


その瞬間、彼女の右手に光が集まり、その光は徐々に形を変え、洋風の剣になった。ロングソードってやつ?よくわからんけど。


彼女はそれを左腰に居合い抜きのように構え、一気に時計回りに薙ぎ払った。


その剣で身体を真横に真っ二つに斬られた黒いモノは、この世のものとは思えない不快な断末魔の叫びを上げながら、蒸発?霧消?とにかく消滅した。


「……よわ……」女の子がぼそっと呟いた。




俺はこの数分で起きた目の前の光景が全部信じれなかった。ありえないだろ、常識的に考えて。


①時が止まったかのような無音の公園。

②空から女の子が降ってくる。

③しかもその女の子は空から落ちてきたのにまるで怪我をしていない。

④意味不明の黒いモノの存在・出現・消滅。

⑤地面を踏むだけで右手に出てきた剣。





……こんな非科学的なこと、無視できるわけないだろ!!





「あー……げふん」


俺は存在をアピールするために、軽く咳払いをした。


「誰!?」


女の子はビックリしたようにこっちを振り返り睨みつけてきた。


俺は念のため、敵意や戦意は持ってませんよアピールの為に、両手を上げながら茂みから立ち上がった。


そして、茂みからではよく見えなかった女の子の容姿を見て、口が開きっぱなしになってしまった。




朝日を受けて輝くさらさらの金髪ロングヘアー。薄くて細い眉毛。綺麗に澄んでパッチリした黒い目。小さく整った鼻。一切の穢れがなく尚且つ健康的な白い肌。柔らかそうな薄ピンクの唇。


服装をよく見たら、俺が通っていた快晴高校の女子制服だった。胸元のリボンが赤なので、3年生だと分かる。


真紅のブレザーの下のブラウスは第2ボタンまで開いており、その胸元から少しだけ覗くアレが、ボタンを開けざるを得ないぐらいの理由を語っている。


更に視線を少し下にずらすと、学校指定のスカートを校則より10cm近く上で履いており、太ももが少し露出した後に、黒地に白の星がいっぱいデザインされたオーバーニーソックスを履いていた。そのオーバーニーソックスは左足の方だけ、一筋の流れ星が星々の間にデザインされているというものだった。




簡単にいえば、超美少女だった。


こんな美少女を俺は見たことがなかった。テレビでも雑誌でも。


今この子が3年生ということは、俺が3年生の時この子は1年生だったはずなのに、こんな美少女が学内にいるなんて噂は聞いたことがない。




「……何よあんた」


女の子が俺を睨みつけたまま言う。


怖い。可愛いのに怖い。だがここでビビりながら引き下がるのもなんか癪だ。相手は年下だし。


「俺はー……通りすがりの大学生だ」


「うそ!!」


「へ?」


まるでトランプのダウトをやってるかのように、思いっきり「うそ!!」って言われてしまった。


「外の人がここに入れるわけないじゃない!あなた何者!?」


「……外の人?」


「とぼけてもムダ!それともなに?あなたもこっち側の人なの?ハッキリしなさいよ!」


なんか出会って数分の年下に責められてます、俺。


「……えっとー……」


「……」


「……わからない」


頑張ったけどこんな回答しか出てこなかった。だって外とかこっちとか言われても意味分からないし。


「……はぁ」


彼女はため息をして、こっちに歩いてくる。


「な、なにを……」


「いいから、ジッとしてて。気が散る」


そう言うと彼女はロングソードを左手に持ち替え、右手の手のひらを俺の胸に当ててきた。そして静かに目を閉じる。


……当たり前だが、距離が近い。俺のこの間合いの中に、「女」が入ってきた事自体が、人生で初めてだ。しかもこんな美少女。


遠くの時は分からなかったけど、身長はおそらく160cmぐらい。高くもなく低くもない頭のてっぺんがちょうど目の前に来る。シャンプーなのかこの子の元々の髪の匂いなのか、とにかくどこか落ち着いてしまういい香りがする。


そして顔を動かさないで視線だけ下にずらすと、禁断のアレがブラウスからよく見える……が、見ないようにした。紳士として。


それにしても妙に緊張する。


目を閉じればたった今焼き付いてしまった禁断の光景。呼吸をするたびに香る髪の匂い。


100メートルを全速力した後より心臓が鳴ってるかもしれない。その音は胸に手を当てているこの子にも聞こえているはず……と考えると尚更ドキドキして、もう死にそうだ。


一生の運を全部使い果たすかのような、贅沢な拷問だ。




「……なるほどねぇ……」


そう言って彼女は手を離して目を開いた。手を当てられていた所が妙に温かい気がする。


離れてくれたのは嬉しいが、どことなく寂しい感じもした。





「あなた……ドMでしょ」





「!?」


なんで俺は出会って数分の年下の女の子に性癖を見抜かれているんだ!? しかも俺そんな自覚ないし!


「間違いないわね……これほどまでのM値を見たことがないわ。Sは0ね」


「ちょっ、ちょっ、ちょっと待て! 確かに俺はイジられてる時の方が割かし好きだが、だからといってハイヒールで踏まれて気持ちよくなったりとかならねえぞ!せいぜい」


「は?何の話をしてるんですかあなたは」


「へ?」


「あなたの気持ち悪い性癖なんか知らないわよ。私は資質の話をしているの」


「……資質?」


「そう、資質。あなたの資質は、魔法とかをすごく受け入れやすいの。だから私が張っておいた結界にも、身体がすんなり順応して結界内に入れてしまった。でも自分からの発動は不可能。才能ないものあなた。てんでダメ。だからSは0。こういうのを私たちはドMって呼んでるの。わかった?」


「……なるほど、全然わからん」


「……」


いやいやそんな「ほんとにこの人大学生?バカすぎない?死ぬの?」みたいな目をされましても。


だいたい、シロートへの説明にしては一気にまくし立てすぎじゃないだろうか。


そもそもこの子はマジで言っているのだろうか。さっきの非科学現象をこの目で見てしまった俺が相手だからいいようなものの、そうじゃなかったらこの子超頭がイタい電波少女だぞ。


「……でもあなた、Sが0なくせに銃の才能だけは少しあるみたいね。へんなの」


「銃?銃なんか触ったこともないんだが」


せいぜいガキの頃に遊んだ水鉄砲やエアガン、ゲーセンのホラーシューティングで使うアレぐらいなもんだ。しかも上手くないし。どこかの高校生探偵みたいにハワイで親父に習ったりしてないしな。


「先天的な資質の話よ。やっぱりあなた外の人みたいだし」


「その外の人ってのはなんなんだ?」


「こっちみたいに魔法とかを操っていない人のことよ」


「……あぁ」


なんとなく、ハ◯ー・◯ッターの◯グル的なことなのだろうと理解した。




「とにかく、あなたが結界内に入ってこれた理由は分かったから、もうあなたに興味ないわ。解放してあげるから、どこへなりと好きに行けば? あ、そうそう。これらのことは他言無用・禁句・国家機密だから。わかった?」


「なんでだ」


「なんででも。斬られたいの?」


彼女の左手のロングソードが太陽光を受けてギラリと反射する。刃渡りは90センチぐらいありそうだ。よく見ると柄には卵ほどもあるルビーが嵌めこんである。


「脅迫ですか……」


「懇願よ」


「……わかった」


もう、何も言うまい。


「じゃあね、通りすがりの大学生さん。もう二度と会うことはないでしょうけど」


その女の子は振り返って走り去ろうとした。


「あっ、あの!」


本当にもう二度と会えないとしたら、もう一つだけ聞いておきたいことがあった。


「?」


「あの黒いやつらは、なんだったんだ」


「……知らないほうがいいわ。今日のことは、忘れなさい」


それだけ言って女の子は公園から走り去っていった。


女の子が公園を出た瞬間、例の結界とやらが解けたのだろうか、音が戻ってきた。普通の公園になった。




冷静に思い返してみれば、あの女の子の言っていることは意味不明の超電波だし、俺が見た物感じた物も、昨夜の件のせいでストレスが溜まっていて寝不足による幻覚を見たのだと説明をつければ、納得がいく。


そうだ、あの女の子の存在自体が幻だったんだ。


いよいよヤバい。二次元には逃避していないはずなのに、公園で美少女出現の白昼夢を見てしまうとは。


だいたい常識的に考えて、あんな美少女が存在するはずがない。居たとしてもテレビの中だけだ。




俺は頭の中にまた一つ頭痛の種を増やした結果に絶望しながら、公園を出た。


その時に、さっきのことを考えてはいけないと思いながらも、肝心なことを忘れたことに気づいた。




「……せめて名前ぐらい聞けばよかったな……」






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