episode 9
あの時、なんだか映画を見ているような、非現実感を感じた。
あの日、私は、巧の保育園の迎えの時間まで
カーテンを閉めた室内で毛布を被ってうずくまっていた。
でも、時間になっても外の出る勇気が出ない。
どうしよう、どうしよう。
でも、足がすくんで動けない。
保育園の迎えは、同じマンションのママ友の美穂に
「どうしても具合が悪くて。」
と帰ってもらった。
美穂は心配そうな顔で玄関の前に立っていた。
巧を部屋に入れ、美穂に礼を言うと
鍵をかけて家に閉じこもった。
様子のおかしい私に、美穂は何か言ったが、
あまり覚えていない。
多分、見てわかるほど動揺していたんだと思う。
聡は、転送したメールを見てすぐに電話をしてきたが、
聡の方も動揺していて、話している事が良く分からなかった。
ただ、相沢さんは今日は会社に来ていないこと。
メールを着信拒否設定にしておくようにということ、
後は、玄関のカギはきちんとかけておくこと。
うちのマンションは一応入口は自由には出入り出来ないけれど
用心しておくようにきつく言われた。
黙って聞いていると、
「実花、ごめんな。これだけは信じてくれ
この間話した事以外は本当に何もないから。」
ため息のような聡のささやきを聞いて
信じたいと言う気持と、何かもやもやした気持ちと
入り乱れる、聡の動揺も手にとって分かった。
それをどう解釈していいのか自分で判断できない。
「うん、分かってるよ。」
そう答えたけれど、本心は自分でもわからなかった。
その夕方、私の携帯が鳴った。
聡かと思って、折りたたみの携帯を開くと
私がまだ、聡の会社にいた頃の同期からの電話だった。
早苗、という文字にほっとし、通話ボタンを押した。
「もしもし。」
「もしもし、実花?ごめん、私のせいだ。ごめん。」
そう言って、早苗は謝った。
「相沢にアドレス教えたの私なの。
実花に世話になったから、お礼がしたいから連絡先が知りたいって、
藤田さんに言うと、そんなのいいよって言われたけれど
気が済まないから教えて貰えませんかって言われて
まさかこんなことになってると思わなくて。
藤田さんが、相沢がいるかって聞きに来たとき、今日もしかして
実花に連絡取っているかもって言ったら、
ちょっと来てって言われて、
話を聞いたんだ。本当ごめん、私が余計なことしちゃった。」
違う、早苗は悪くない。
私だって同じように言われたら教えちゃうかもしれない。
「早苗のせいじゃないよ。」
「あの子ね、半年くらい前に彼氏と別れて、
ちょっと思い込みが激しい所があるの。
かなりその彼氏にも付きまとったみたいでね、
多分、藤田さんはみんなに優しいのに勘違いしているのよ。
私、今から相沢の家に行くから、
本当にごめんね。」
早苗は涙声だった。あのメールも見たのかもしれない。
「早苗、心配掛けてごめんね。」
「こっちこそごめん、後でまた連絡するから。」
そう言って早苗は電話を切った。
胸の中のつかえはそう簡単に取れそうにない。
大きくため息をついても、何かがたまっている感じ。
「ママ?お腹空いた。」
いきなり後ろから巧が話しかけて来た。
「あ、ごめんごめん。
お腹空いたよね。」
「パパ?今日早く帰って来る?」
「まだわかんないなあ・・・・」
電話する勇気が出ない。
話をする気分になれない。
なんか複雑な気持ちが声に出そうだ。
「ご飯作るね、もうちょっと待ってて。」
ご飯の支度をしながら、考えてたら
もしかして巧が狙われたかもしれない。
自分の事でいっぱいいっぱいで、美穂に頼んじゃったんだけれど
もしかして、そこを狙われたかもしれない。
巧を守ることの方が優先だったのに。
そう思ったら、心臓がすごい勢いで鼓動を打った。
この子を守る方が優先じゃないの?
私がしっかりしないといけなかったのに。
目に涙が溢れた。音を立てたように感じるほど勢いよく。
相沢さんのアドレスは着信拒否したので、その後は入ってこなかった。
だからまた来てたのか、本当に来てないのかは分からない
それがまた不安の種になった。
こんなに電話の音に怯えて過ごすなんて、
こんなに電話が怖いなんて考えたことなかった1人で考えていると、
身の置き所に困るくらい不安なのに、聡は10時を回っても帰ってこない。
それどころか、電話もメールもない。
これはどう解釈していいのだろう。
でも、自分から電話をかける勇気もないなんて。