episode 7
6月に入っても、雨は少なく、今日だってとても良い天気で、
駅に向かう道のりを、日傘を差して歩いた。
なんとなく昨日の場所が近づくと、またいるんじゃないかとドキドキする。
それでいて、あれは夢だったんじゃないかと思う気持ちもある。
「藤田さん、藤田さん。
どうかしましたか?」
ふっと呼ばれて我に帰った。
私、品出しをしていたんだった。
床に膝をついて、段ボールに手を入れたまま、つい考えていたらしい。
開店前とはいえ、こんな失敗を。しっかりしないと。
店長が私を覗きこんでいた。
「藤田さん、どうかした?」
「いえ、すみません、
仲沢店長、来てたんですね。」
あたふたと立ち上がると、
店長はちょっと笑いながらも
「今日のシフト、妙子ちゃんだったでしょ?
彼女熱があるって電話が来てね、
代わりに俺が店に出るから。」
店長の仲沢さんは、実は私より1歳下の28歳で、
チェーン本部から出向してきている。
年下が上司って私も年を取ったのかしら、
と最初はちょっとため息が出たものだ。
「まさか藤田さんも具合悪いとか?」
不安そうな顔の店長に。
「大丈夫ですよ、ちょっと考え事してただけ。」
力瘤を見せるようなポーズでおどけて答えた。
「俺、さすがに1人で店番出来ないし、お願いしますよ。」
ちょっと心配そうに言う店長は、弟みたいに感じる。
「もう開店ですよ。
私はこっち続けますから、レジ開けて下さいね。」
レジのカギを差し出すと、受け取った店長の手が触れた。
店長はドキッとしたのか一瞬手を引っ込めた。
「あ、すみません。」
そう言って、レジに向かう店長は、ほんのり顔が赤いようだった。
あのね、手が触れただけだし。
本当に生真面目なのよね。
思わずクスッと笑いが込み上げる。
不器用なのよね、店長は。
さて、昨日のことは忘れて仕事しないと。
夏物が追加で沢山入って来てるもの。
ハンガーにかけて並べる作業に没頭することにした。
今日は早出だったので、3時に仕事を上がった。
パートで入った仕事だけど、仕入れの管理やら一部任されて、
なかなかやりがいを感じられるようになった。
「じゃ、お先に上がりますね、店長。」
バックヤードでパソコンに見入っていた店長は顔を上げた。
大学卒業まで陸上をやっていたらしく、筋肉質の体つきと凛々しい顔は、
子供服店長と言うイメージではない。
一年間出向して、本部に戻るという話を聞いた事がある。
「お疲れ様でした、昨日は日曜出勤すみませんでした。
明日も宜しくお願いしますね。」
笑顔で堅苦しく挨拶するのももう見慣れた。
「いえ、都合があえばいつでもやりますから、遠慮しないで下さいね。
じゃ、お疲れ様です。」
そう言ってドアを出ようとしたとき、
「藤田さん。」
急にまた呼ばれた。
振り返ると、店長はまた心配そうな顔で。
「なんか元気ないですよ。」
そう呟いた。
思わずその優しさが嬉しくて、
「大丈夫、私頑丈に出来てるのよ。」
そう笑って見せた。
「それならいいけど、無理しないで下さい。」
ちょっぴり泣きそうだった。
「ありがとう。」
そう言って足早に去るしかなかった。
その日、聡は10時を過ぎても戻らなかった。
あえてメールはしなかった。
もしかして、相沢さんと話をしているかも、
そしたら、きっと私のメールに気まずいことになって、
聡はウソつかないといけなくなるかも、とか考えていたら、
メールを打てなかった。
巧は寝る時間だ、パパがいないことに文句を言いながらも部屋に入った。
長い夜がまた来た。
ため息が出た。
胸の中のどす黒い何かは
私の中で増殖する。
信じているのに、なぜ?