episode 6
昔から、聡の周りに人が集まる光景を目にしてきた。
教育実習で私のクラスに来た時も、
聡の周りには、同級生の女の子が群がった。
私は、遠巻きに見ているだけだった。
会社に入って、やっぱり聡は輪の中心だった。
高校時代の話のおかげで近づけたようなもの。
私はいつも、その輪に割り込んで入れない
でも、そんな聡が好きで、自慢だった。
私たちは夜更けまで話した。
聡にとっては、恋愛感情はなかった、と言う。
ただ、相談を持ちかけられて、乗っただけで、
普段、仲間に対して取っている態度と変わらなかったはずだと。
でも、ぽつりと聡は言った。
「でも、俺の中に、女の子に頼りにされる事に
驕った部分があったのは否定できないし
その俺の態度が、彼女に勘違いさせた部分は
否定できないかもしれない。
そこは俺も認めるよ。ごめん実花。」
今まで、聡は、嘘なんかついた事がない。
いつも、どんな時も、だから信じる。
聡の言葉は信じられる。そう思ってきた。
でも、彼女の姿を思い浮かべると、
なんだかどす黒いものが胸を占める。
午前2時を回って、眠る事にしたけれど。
眠る事は出来ずにいた。
寝返りを打つと、聡の手に触れた。
ドキッとして一瞬離したけれど。
切なくて、
気持ちが切なくて、そっと手に再び触れた。
温かい手をそっと握ると
ぎゅっと握り返してきた。
聡の顔を見たけれど、目を閉じたままだった。
私はそのままそっと目を閉じた。
何かが壊れることがたまらなく怖かった。
私たちは、手をつないで眠った。
その手を離したら、2度と繋げなくなるような気がして。
朝、起きた時、まだ手は繋いだままだった。
どんな事があっても、朝は必ず当たり前のように来る。
このまま手を離したくない、そんな気持ちだけれど。
起きないと、巧を起こしてこないと。
そっと手を離すと、聡は目を開いた。
合わせた目線をどうしていいかわからず
そのまま、見つめていた。
聡も私の目を見つめていた。
最近、こんなにお互いを見た事があっただろうか。
忙しさにかまけ、生活のささいな苛立ちに
目線をそらしていなかっただろうか。
この人の瞳の色を、久しぶりに思い出した。
「実花、おはよう。」
聡が囁いた。
「おはよう、聡。」
どうしていいのかわからない。
立ち上がってカーテンを開けた。
いい天気で部屋がさっと明るくなる。
「実花。」
声を掛けられて、振り返るべきかどうか一瞬迷った。
「俺は、実花と巧が俺のすべてだから。」
分かってる、分かってるのよ。
深呼吸してみた。
心の靄を吹き払いたい。
でも、全部は払えない、でも伝えなきゃ。
「聡は嘘なんかつけないよ。信じてる。」
明るく、出来るだけ明るく笑みを浮かべて、
私は大きな声で言った
「さあ、巧を起こさなきゃパパ。
学校遅刻しちゃうし。」
もやもやは晴れてはいないのに。
私は無理矢理それをなかった事にした。
聡と巧は一緒に家を出た。
パパと学校に行くのは巧の楽しみな日課。
嬉しそうな息子の声が救いだった。
背の高い、スーツ姿の、その後ろ姿を見ていた。
見えなくなるまで、ずっと。
何年振りかに。
朝食の後片付けをしながら、脳裏には昨日の事が
繰り返し再生されてしまう。
今日も会社で顔を合わせるのだろう。
たとえ聡の言う事ばかりが真実でも
あれだけの事が出来るのは彼女の中で
何か思い込めるだけの事があったんだろう。
考えれば考えるほど、信頼すると言ったはずの気持ちが萎える。




