episode 4
昼間、疲れたようで、巧はいつもより30分も早く眠ってしまった。
巧の部屋から居間に戻ると、聡は有料放送でサッカーを見ていた。
「お茶とコーヒー、どっちがいいかしら?」
そう聞くと、画面を見たまま
「コーヒーかな?インスタントでいいよ。」
そう答えた。
黙ってコーヒーをいれた。
2人分のコーヒーを入れ、ソファーに並んで座らず、机の角を挟んで斜めき向いて座った。
コーヒーを置くと、聡は、黙って手に取った。
テレビに見入ったままだった。
昔なら、ありがとうって言ってたかもしれない。
こんな事は日常の当たり前の事になっていた。
それでいいのかもしれない。
でももしかして、それはいけない事なのかもしれない。
自分の分のカップの表面を暫く見つめていた。
話のきっかけが掴めなかった。
もしかしたら、相沢佳奈の妄想の世界かもしれない。
でもそうだったとしても
やっぱり真実は確かめないといけないのかもしれない。
でも、何かが壊れそう。
今の生活が壊れてしまう。
そんなの嫌だ、そんなの・・・。
今の生活を壊したくない。
聡は子煩悩のいい父親で、いい夫で、自慢の夫。
そんな彼を失くす勇気が私にあるのかしら。
でも、このまま、なかった事にも出来ないよ。
「実花」
突然呼ばれて驚いた。
「俺、来週の週末飲み会入ってるから。会社の。」
思わず、昼の事が生々しく蘇った。
彼女の整った顔立ち、綺麗なネイルの指先
新品のように痛んでない靴。
それに引き換え私はどうだろう。
荒れた指先、ちょっと前のバッグに靴。
手入れのいらない髪形。
こんなんだからいけなかったのかしら?
そんな思いに胸がつぶれそう。
「ねぇ、聡。その飲み会に相沢加奈さんはいるのかしら?」
瞬時に聡の表情が変わった。
ああ、本当なんだ。
彼女の妄想とか思い込みでなくて、
何か本当にあるんだ。
私は目を閉じた。
私は、壊し始めてしまった。
この幸せな生活に、石を投げたんだ。
そんな覚悟はあったかどうかわかんないのに。
有料放送のスポーツチャンネルのサッカーの試合。
ゴールが決まったらしく、中継のアナウンサーの声が
静まり返った居間に響いた。
なんかごまかしてくれれば
私だって救われるのに、
そんな表情で黙りこまれたら
もう救いようがないじゃない。