episode 18
お風呂から上がると、巧が聡に電話をしていた。
聡の仕事は結構遅いので、電話は夜9時を回ってからと言ってあるので
9時になった途端に電話をしたのだろう。
リビングから楽しそうな巧の声が聞こえる。
その声を聞きながら静かにキッチンに入った。
冷蔵庫から、ウーロン茶を出してコップに半分入れ、
一気に飲んだ。
「今日は唐揚げだったよ。パパ何食べた?」
ぐっとお茶が喉でつかえた。
良かった、ハンバーグ止めといて。なんとなくだけれどね。
そのままなんとなくキッチンで巧の声を聞いていた。
「ママ、お風呂、うん、長いもんねいつも。」
・・・・・・・・・・・悪かったわね。
なんだか出て行きにくくなっちゃった。
「いつ帰って来る?冬休み入ったらすぐ、じいちゃんと約束してるから
僕だけ泊って来るから、ママ仕事だから。うん。
じゃ、じいちゃんちにパパが迎えに来て。
28日ね、今日は15日だよね、うん。わかった。
じゃ、またね。」
電話を切って、巧はテレビを付けた。
お笑い芸人の騒がしい番組の音がリビングに響く。
今、お風呂から出たかのようにリビングに向かった。
「今、何時?もう10時になるじゃない?
宿題終わってるの?」
そう巧に聞くと、巧は
「もう、ママはお風呂長いなあ、
パパと電話終わっちゃったよ。」
と、聞いた事には答えず、不満そうにそう言った。
「へぇ、電話かけたの?ママの携帯から?」
「うん、28日にパパがじいちゃんちに迎えに来てくれるから
そこまでじいちゃんの所に泊るから。」
聡の実家は静岡の浜松にある。
うちの車は、聡が福岡に持って行ってしまったので
義父が終業式のある22日に車で迎えに来てくれるのだ。
夏休みもそうして浜松に行き、1週間後に帰りも送ってもらった。
なので、福岡からの帰りに連れてきてもらうと
おじいちゃんの手を煩わせずに済む。
「そうね、パパも疲れるだろうから、2人でもう一日泊ったら?」
「そうだね。どっか連れて行ってもらおうかな。あ、俺トイレ!」
そう言うと巧は、トイレに向かって走り出した。
「家の中は走らないのよ。」
その後ろ姿に言ってはみたが、きっと聞こえてないだろう。
なんだか眠れずにいた。
寝室のテレビを付けて、画面をぼんやり見ていた。
その後、メールひとつ来るわけでもないし、私もしなかったし。
テレビから大げさな笑い声が聞こえる。
耳触りで、思わずスイッチを切った。
真っ暗な部屋。こんな夜が一番辛い。
自分が一人だと思い知らされる。
聡と他愛のない話をしたのはいつが最後なんだろう。
携帯のメールの着信音がした。
音は小さくしてあったけれど、飛び起きてしまうくらい驚いた。
つい最近機種変更したら、携帯を開かないと誰からのメールか着信かも
分からない機種になってしまったので、携帯を開いて確認しないと
いけなくなった。
ベッドサイドのテーブルに置いていた携帯を手に取った。
聡からかもしれない、そう思い深呼吸して携帯を開くと。
店長からのメールだった。
「この間はごめん、でも、俺は実花さんが
嬉しそうに笑う姿が一番見たいから。
いつものように笑ってくれて良かった。
明日は会議で店に出るのは午後になります。
そこまで対応よろしく。」
なんだかほっとした。
これで良かったんだよね、いつもどおりに何もなかったように。
それが一番いいよね。
返信しようとすると、突然携帯が着信を告げる。
思わずびっくりして取り落としてしまい慌てて拾い上げた。
画面を見て、ドキッとした。
聡だ。聡の名前が液晶に出ている。
慌ててボタンを押した。
「もしもし、聡?」
電話の向こうから懐かしいくらい久しぶりの声がした。
「実花?ごめん、寝てたかな。」
「ううん、寝てなかった。」
そう言うと、一瞬間が開いた。この間がなんだか居心地悪いのだ。
「今日、巧と話したんだけれど、浜松に迎えに行く話。」
「あ、ああ、巧から聞いたけれど。お風呂入ってたから。」
「ああ、相変わらず長いなぁ、何回洗えばそんなに時間かかるんだか。
それはいいけれどさ、俺も浜松泊ってから帰るつもりだから。」
「あ、巧にもそう言ったのよ、福岡から運転して疲れてるだろうから
パパと泊ってから帰りなさいねって。」
「ああ、もう夕方になるはずだから、そうするから。
実花、仕事は何日までだ?うまく行ってる?
平日しか仕事できなくなって困ってないか?」
なんだか仕事の話なのにドキッとした。
別に店長とは何でもないからドキドキしなくていいのに
今、店長からメールが来たばっかりだし、ちょっと見透かされた気分。
「ん?冬休みのバイトさんがいるから、30日から4日まで休む。
日曜日も学生さんのバイトが入ってくれてるからなんとかなってる。」
「そっか、俺は今回は6日に帰ればいいところまで休み。
夏、休んでないから今回は長いんだ。」
ああ、そうだったなぁ。夏は帰ってきてないから、
もう長い事顔も見ていない。
「お疲れ様。ちゃんと食べてる?」
自分でもあれ?って思うくらいすんなり言葉が出た。
「んー、でも、5キロ痩せたかな。ちょっと腹が引っ込んだ。」
「それは健康的に?」
「健康的にもいいんじゃねえの?」
なんだかまた沈黙。どう言葉を返していいんだか。
離れているとこうも溝は深くなるものなんだ。
実感させられた。痛いくらいに。