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episode 12

溝を埋められないまま日々を過ごし、

私も仕事に没頭するようになった。

パートの時間を少し伸ばして働くようになった。


元々パソコンに強かったので、店長の代わりに

仕事をすることも多くなった。

「実花さんさあ、正社員になればいいのに。」

店長は不意にそう言った。

「その気があれば本社に話すけれど。」

その店長の申し出に、即座に首を振った。

「まだ、子供が小さいし・・・」

「子供かあ、俺ほぼ同じ年なのに結婚もしてないし。」

そう言う中沢店長はため息をついた。

「結婚したらいいじゃない。」

そうちょっと意地悪く答えると

「相手がいないものは仕方がない。」

ちょっと意外で、私は思わず顔を上げた。

「彼女いないの?うそ!」

「なんか傷つくな。」

わざとらしく落ち込む店長に思わず笑いが込み上げる。

最近なにかと笑いを取ろうとする店長と話すのは楽しい。

「なんで彼女いないのかしら?」

さらにわざと意地悪く続けた。こんなに楽しい人なのに。

店長はふっと笑って

「好きな人はいるんですけれどね。」

そう言った。なんだか複雑な心境になりそうだったので。

「告白できないタイプ?」

パソコンに目線を戻してそう聞くと。

「そんなもんです。あ、実花さん返品処理もいいですか?」

向こうも仕事の話に切り替えた。

なんだか深く聞くのがためらわれたのでほっとした。

私の心の隙間に入り込んでいる店長の存在に

私はなんとなく気付いていたけれど、

それを認めるわけにはいかなった。


10月に入った頃、聡に転勤の話が持ち上がった。

「えええ!!福岡????」

あまりに遠い地名に思わず叫び声に近い声が出た。

「ああ、福岡。北九州だけれど。来年になってから。」

自慢じゃないけれど、私は生粋の東京生まれの東京育ち。

両親だって東京出身。関東を離れるなんて旅行だけ。

「新営業所の立ち上げから関わる事になって、まだ準備室の状態なんだ。」

聡だって関東から離れた事がないはず。

「来週、建設予定地の視察で出張なんだ。1週間。」

「拒否権はないの?」

「ない。行くか辞めるか、どっちか。」

そこでふと気付いた。

もしかしてこれは、左遷なの?

まだ、あの問題が尾を引いているのかもしれない。

会社で、そしてもちろん私の中で。

今もあのメールは消せずにいた。

聡は私の方を見ずに言った

「実花が行くか行かないかは、まだ返事しなくていいよ。

 ゆっくり決めればいい。」


胸の奥を的で射抜かれた気持ちだった。

私の気持ちが聞こえたのかもしれない。

「この話ははっきい決まってからだ。」

そう言って聡はテレビの方に目線をやった。

巧の入学もあるのに、私の仕事もあるのに。

拒否権がないなんて、そんなのあんまりだと思った。

でも、あの事を忘れて再スタートを切るのには

いいのかもしれない、そう思うけれど。


そして私は、結局九州へついてゆく事が出来なかった。

聡は、何も言わなかった。

「数年で戻れると思うから。」

そう一言だけ残して。2月に福岡に本当に行ってしまった。


私と巧の母子暮らしが始まり、巧は入学し、

そして心にわだかまりを残したまま、私たちは9か月を過ごしたのだ。

休日出勤は出来なくなった。

店長に夫の単身赴任を告げた時

「実花さん、本当について行かなくていいんですか?」

そう言われた。

「私は、九州では暮らせないと思う。」

それだけ答えた。私たちの間の微妙な溝は

誰にも知らせなくていいことだから。


聡は九州で、会社が借りてくれた部屋に住み

新しい生活をスタートさせた。

私は一度も行かなかった。

結構立地条件が良く、コンビニもすぐ近くにあって

暮らしやすいとは聞いた。

空港で別れた時、巧は泣いた。

罪悪感でつぶれそうな気持を必死に抑えた。


夏は忙しくて帰れなかった聡が正月に帰って来る。

それだけで胸の中がざわめく。


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