episode 11
あのメールの日から2週間たった。
実はその後の事は聡は何も言わなかった。
私も何も聞かなかった。
熱いお風呂のように
かき混ぜて余計熱さを感じるような
そんな事をしたくなかった。
私たちは、ぎこちなさを隠せずに毎日を過ごした。
梅雨も本番に入り毎日じめじめした日が続く。
聡の帰宅時間は、毎日毎日巧に会えないような時間帯だった。
日曜日も出かけて行った。
どこに行くの、誰と会うの?
その言葉を口に出せずに
私は聡に背中を向けた。
逃げてる、逃げているのはわかっている。
言いたい事を噛み殺したままの生活。
私たちは頼りない氷の上を歩いているようなものだった。
こんな状態をいつまで続けるのだろう
限界かもしれない、そう思っていた。
その日も、聡は10時半に帰宅した。
帰った途端、シャワーを浴びると言って浴室に消えた。
台所でぼんやりしていたら、あっという間に浴室から
出て来た聡が目の前に立っていた。
「実花、ちょっといいか?」
居間の方向を指さした聡に、心臓が止まりそうになった
何の話だろう、得も言われぬ不安感に潰されそうになった。
足がすくんで動けずにいると、
黙って聡は私の手を取って、引っ張って歩いた。
優しく肩を掴まれて、座らされた。
いつになく真剣な表情で聡は話し始めた。
「この間から、何も言わずにいてくれてありがとう。
責めたい気持ちもあっただろうに、
聞きたいと思っていただろうに、我慢していたんだろう?」
思いがけない話の始め方にびっくりして聡を見た。
「結果から言うと、彼女は田舎に帰った。
ご両親が迎えに来て、カウンセリングを受けさせるって。
会社には退職願を出したんだ。」
思いがけない話の展開に、思わず瞬きを繰り返した。
「辞めちゃったの?」
「他にも問題を起していて・・・・
会社から実家の方に連絡して、そのことで連日いろいろあって、
帰りも遅くなって、実花に説明しようかと思ったんだけれど
半端な状態で話をしても、安心させられないし
実花も黙って信じてくれてるんだからと思って。
これで一応解決したから、安心していいよ。
田舎は青森だから、会う事はない。」
これって解決なの?心にちょっと引っかかった。
その夜、またなかなか眠れなかった。
でも、聡は疲れ切っているようで、あっという間に眠っていた。
月の明るい夜で、電気を消していても
聡の寝顔が見れた。
しばらくぼんやり眺めていたが、おもわずそっと頬に触れてみた。
触っても何の反応もないくらい熟睡していた。
「疲れたのね、聡。」
ぼそっと独り言を呟いた。
聡もあれから一人でいろんなこと抱えていたのだろう。
ほんの少し痩せたように見える。
黙って信じていた訳じゃない。
毎日いろんなことを考えていたの
あなたを信じていると口では言っていても
心の底は違っていたのかも。
そんな罪悪感が湧きあがる。
私はそんな格好良くなかった。
物わかりのいい妻なんかじゃない。
押しつぶされそうな心に耐えきれなくて
眠っている聡にそっと寄り添って眠った。
本当はぎゅっと抱きつきたい気持ちを隠して。
翌日からいつも通りの日々が始まった。
表面は、とりあえず表面だけは。
そのコーティングの下はヒビだらけでも。
聡は巧と幼稚園へ向かい、笑顔で見送る。
夕飯を3人で囲んで、3人でテレビを見て
3人で歯磨きをして、お休みなさいと言う巧に笑顔を送る。
そんな生活に戻った
私の気持ちは、どこかに宙ぶらりんなまま。
代休で休みだと言う早苗が電話をしてきて
2人でランチに出たのは、夏の休暇の前だった。
個室でゆっくり食べられる和食の店のランチに
早苗が誘ってくれたから。
ゆっくり食事をしながら、早苗は話始めた。
「実花、藤田さん、どう?元気?」
意外な切り口に思わず。
「へ?会社で会ったりしないの?」
そう言うと、早苗は話しにくそうに言いだした。
「藤田さん、会社で目立たないようにしているみたい。
相沢があんな噂を流したから居づらいのよ。」
「え?」
「何も、聞いてないの?」
やっぱり聡は何か隠していた
「お願い、教えて。あの人が今どんな状況にあるのか。」
何かおかしいと思っていた。
から元気そんな感じなのだ。でもそこに触れられなかった。
早苗はためらいながらも話してくれた。
相沢加奈が会社で、聡と付き合っていると触れまわった事。
奥さんにばれたから捨てられたと触れまわった事。
会社で聡は厳重注意を受けていたこと
相沢加奈さんは実は他の社員とも同じように
付き合っていると嘘を触れていたため
ご両親が出て来た事と、精神安定剤を飲んでいたこととか
その噂を流された他の社員も、聡と同じく
覚えはないが関係したと言い張られていて
多分、彼女の嘘ではないかと言う話。
「藤田さん、正直今、立場がない状態で、
大丈夫かなって心配しているのよ。」
知らなかった、毎日普通の顔して帰ってきて
普通に会話して辛そうな顔を見せなかった。
私には言えないって思っているのだろうか。
それはそれでまたショックだった。
でも、そうさせているのは、私のせいかもしれない
私の態度のせいかもしれない。そう思うと心苦しかった。
私がもっとしっかり聡を信じて支えるべきだった。
自分の度量の無さが情けなくなった。
だからと言って蒸し返して話し合う訳でもなく、
ただ日々は過ぎた。
夏が終わり秋を迎えようとしていた。