episode 10
こんなに簡単に信頼とは薄れるのだろうか?
信頼できなくなる私が悪いのだろうか。
人の気持ちは移ろいやすい。
そんな事はわかっているけれど、
私は聡を信頼していたはずなのに。
私は居間のソファーでテレビも付けたまま
うたたねしていたらしい。
ソファーが軋んだ気配で目が覚めた。
聡が隣に座り、私の髪に手を触れていた。
ドキッとしたけれど、ゆっくり目を開けて
「おかえり。」
そう一言呟いたけれど、聡は無言のままだった。
表情は無表情で、でも、顔色はとても悪く見えた。
聡は、私の髪に手を触れたまま。
ほんの30秒ほどだったけれど
そのまま、お互いを見た。
「不安だっただろう。ごめん遅くなって。」
そう私の目を見て言った。
「鈴木早苗ちゃんに協力してもらって、相沢君を
探したんだけれど、見つからないんだ。
とりあえず休みは今日だけ出てたから、
明日鈴木さんが話をするって。
ごめん、怖かったろう。」
そう優しく言われると、涙が止まらない。
「ごめんな、結局俺がいい顔ばかりしていたせいかもしれない。
頼られることにどこか優越感があったのかもしれない。
こんなことになるなんて思わなかった。」
私からゆっくり手を離し、ソファーにもたれかかって聡はため息をついた。
「俺、風呂に入って来るわ。」
聡はゆっくり立ち上がった。
「あ、ご飯は?」
「ああ、食べるよ。」
時計を見ると11時半だった。
立ち上がって、晩御飯を温め始めた。
聡が帰ってきた事に私はホッとしていた。
それあ、もしかして帰ってこないかもしれないって
自分が思っていた事に気がつかされた。
ただ、彼を信じていればいい。
揺らぐことはない。
でも、たったそれだけの事が
どうしてこんなに難しいんだろう。
たったそれだけの簡単なことなのにね。
眠れないまま夜を明かした。
ベットで寝がえりを打つと、同じように
息をひそめている聡がいる。
彼もきっと眠れないのだろう。
でも、そんな聡に、眠れないの?と声をかける気持に
なれなかった。
ひたすら私も寝たふりをしていた。
白々と外が明るくなっていく。
目ざましより早めにベッドを出ようと起き上がった。
その途端、腕を引っ張られた。
ぐっと引き寄せられて、ベッドにまた倒れこむ形になった。
聡の体の上に、引き寄せられて。
ドキドキした。でも、その温かみに
緊張していた心が一気に緩んだ。
声を上げて泣いた。こんな泣き方したのは子供のころ以来。
聡はただ、抱きしめて頭を撫でてくれた。
怖かった、まだ怖い。
でもそれより何より、心の底から信用できていない
自分が嫌だった。
この温かい腕が、誰かに取られるのは嫌。
そんな事も思っている自分に気持ちの整理が出来なかった。
朝ごはんの食卓は、巧がずっとしゃべっていた。
一見穏やかな風景なのに、どこかわだかまりがあった。
巧が歯磨きに行っている間に、聡が
「実花、今日は休んで家にいれないのか?」
そう聞いてきた。
出来ない事はない。でも、家に一人でいるのも嫌だ。
「今日は、休みの人がいるから。」
そう答えた。
「そうか、何かあったらすぐ電話していいから。」
「うん。」
何か、あったら嫌だ。
だから仕事に行くの。なんて言えない。
さすがに寝不足が体に堪える。
それは聡も一緒だとは思うけれど。
伝票をチェックしていると、店長が話しかけて来た。
「藤田さん、なんか顔色悪いですよ。」
ふっと顔を上げると、店長は心配そうに私を見ていた。
「気のせいですよ。大丈夫。」
「でも、なんか元気ないから。」
「大丈夫ですよ、本当に。」
にっこり笑って答えると、店長も微笑んだ。
爽やか系の店長、笑顔は本当にいい男だな。
なんて口には出せないけれどね。
「藤田さん、悩みがあるなら言ってよ。
藤田さんが倒れたりしたら困るよ。」
そう言われると、ちょっと照れるじゃない。
「わかった、そのうちドロドロした悩み打ち明けちゃうから。
首洗って待ってて。」
そう言うと、店長は手をさっと上げて去って行った。
そんなに顔に出てたんだろうか。
疲れたのは確かだけれど。
本当は誰かに打ち明けたい。
でも、打ち明けたら解決するわけでもないし。
所詮、私の問題は私が解決しないといけないんだ。
なんだかこの世で私が一番孤独なような気分になって、
必死に頭の中で打ち消した。