坂田彩奈は恋がしたい
エアコンの冷風が窓辺のカーテンをさらりと揺らす。その様子を見て、坂田彩奈は身震いをした。7月下旬にも関わらず、ブレザーを羽織って、膝にはブランケットをかけている。酷く時期外れの格好で、それでも尚、寒そうにしている。
しかし、エアコンを付けたのは彩奈だ。
「ふー、今日も寒い」
その言葉を聞いて、深く息を吐き、立ち上がる少女。名を相楽伊織。壁に取り付けられたリモコンのボタンを押すと、また席に戻った。
「バカ」
一言の罵倒と共に。
「え、わたし天才だよ?」
ブランケットを畳みながら、彩奈は首を傾げた。彼女は南志野高校放送部長。何の活動実績もない、幽霊部員だらけの部活の部長をしている。
一応、放送部らしく、マイクなどの機材は置かれているが、四畳半ほどしかない狭い部屋が部室となっている。防音壁になっているため、中で何をしていても外からは聞こえない。おまけにドアに窓はついていない。
「なんで冬服着てきて、クーラー付けて寒がってんの」
伊織は副部長だ。彩奈が来る前にいつも、発声練習をして、外郎売を朗読している、生粋の放送部員である。
また大袈裟に溜め息を吐いて、伊織は彩奈からブランケットを取り上げた。
「だって望月くんが、『ブレザーの女の子って良いよね』って言ってたんだもん」
「今が夏なの分かってる? 熱中症でぶっ倒れたらどうするの」
そう言って指差されたデジタル時計は、年月日、時間、温度、湿度を正確に示していた。
「え〜、その時は望月くんに看病してもらうの!」
足をジタバタ上下に振って、彩奈は口角をにーっと上げた。
「じゃあそのブランケットは?」
「あぁこれ? 望月くんが前にかわいいって褒めてくれたから」
せっかく畳んだブランケットをバッと広げる彩奈。デフォルメされたクマの絵柄が大きく描かれている。伊織はクマの頭に小さくデコピンして、ふーんと呟いた。
「学校どうやって来たわけ? いくらチャリ通でも暑いでしょ」
「いやぁ、これが愛の熱さか〜と思って! もちろん耐えました!」
もう一度、机の上にブランケットを乗せて、彩奈は丁寧に畳み始めた。
伊織は終始、表情を変えないまま。
「好きなの?」
「え、伊織のこと? 好き好き、大好き!」
両手を広げて、伊織の身体を待つ彩奈。しかし、伊織はチラリと一瞥しただけで応えない。
「違うってバカ。望月くんのこと、好きなの?」
「うん」
「へぇ……。見る目ないね」
伊織は一瞬だけ笑った。その笑顔の意味は、彩奈には分からないままで。
「めっちゃイケメンだし、優しいよ。そりゃ好きになるって!」
「彩奈、ああいう顔がタイプなんだ」
伊織はスクバからいつもの外郎売の原稿を取り出して、机の上に置いた。
「違うよ」
「……え?」
ページをめくろうとする手が、止まった。
「わたしのタイプはね、もっと中性的なイケメン! でも望月くんはザ・イケメンって顔してる」
「あっそう」
「そういえばこの間さ、望月くん、伊織のこと美人って言ってた! ライバルだね、わたしたち」
原稿を眺める伊織に、ニコッと笑いかける。
「何が? 私は望月くんのこと、別に好きじゃないけど」
「じゃあ、遠慮せずにわたしがもらっちゃうね〜! ありがと、伊織」
両手をぐっと握ってガッツポーズ。伊織は肩をすくめた。
「どうぞお好きに」
「ふふん、わたしもようやく、彼氏いない歴イコール年齢を卒業できるってわけだね!」
「なんでほんとに付き合えると思ってんの? え、恋愛ナメてる?」
目を丸くして伊織が答えた。彩奈がむすーっと目を細める。
「ちょっと喧嘩腰なのはなんで?」
「あんたモテないじゃん。望月くん狙ってる女子なんてめちゃくちゃいるし、無理でしょ」
ズバッと彩奈を切り捨てて、伊織はページをめくった。紙のペラリという音だけがした。
「最初から無理って言うから無理なんだよ〜。わたし、かわいいから大丈夫」
彩奈は頬に人差し指を当てた。
「でも身長差やばいじゃん。望月くんって、180センチ超えてるらしいよ」
「え〜、身長差ってエモいじゃん! 図書館でね、わたしが一生懸命に背伸びしてるところを、望月くんが後ろから取ってくれるの! キャー!」
自分で言って、自分で騒ぐ彩奈。そんな彼女を冷めた目で見ながら、伊織は口を開く。
「うわ……少女漫画の読みすぎ」
「いくつになっても少女漫画はキュンキュンするの!」
「良かったね」
もはや彩奈に視線を向けることもせず、伊織は答えた。おそらく、内容も半分以上聞いていないだろう。
「どうでもよさげな返事やめてよー」
「実際どうでもいいしね……」
奇跡的に噛み合っている会話を気にも留めず、彩奈はまだ話を続ける。
「それにしても、望月くんってなんであんなにイケメンなんだろ! 成績も良いし、スポーツもできるし」
「遺伝?」
「それはそーだろうけどさあ」
顎に手を当てて、彩奈は真剣に考え込んだ。
「で、いつ告るの?」
「え〜! いつにしようかなぁ。やっぱり、冬休み前の終業式かなぁ」
「その心は?」
ふっと笑って、伊織は顔を上げた。彩奈はそんな伊織の手を取って、笑う。
「クリスマスデートがしたい!」
「今7月でしょ。終業式まで5ヶ月あるけど」
「それまでは自分磨きかな〜」
メイクの練習とか、ダイエットとか!と彩奈は付け足した。
「良かった、明日いきなり告るとか言い出さなくて」
「へ? どうして?」
坂田彩奈は、ポカンと口を開けた。
「だって望月くん、昨日彼女できたばっかだし」
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