サヨナラ 7
このページには性的な描写があります。
デジタル時計が運命の7月18日に日付が変わるのを、碧衣と直紀はいつものソファに寄り添って座り黙って眺めていた。
いよいよ別れの日になったのだ。
事前に打ち合わせたとおり、碧衣と直紀は両手を重ねて握り締め、繊月の番に別れの挨拶をする。神子たちと共に天界へ昇る直紀も、碧衣とほぼ同時に意識がなくなるということで、この場が番と話す最後の機会となるのだ。
「センゲツの神子様。事故に遭って本当なら私の人生がそこで終わっていたのに、生き返らせてくださってありがとうございました。そして、東条さんと出会う機会をくださってありがとうございました。・・・私、精一杯生きますね。絶対に、絶対に幸せな人生を歩みますね」
次々溢れる涙が頬を流れポタポタ落ちる。この1年近くの記憶が走馬灯のように身体じゅうを駆け巡った。
『アオイ、この世界でいろいろな経験をさせてくれたこと、感謝しています。アオイが聴かせてくれた美しい曲を忘れることはありません。どうかこれからの人生、その身体が老いて寿命を迎えるまで幸せに、長く生きてください』
碧衣が次に天界に昇る時、はたして自分は天界の門の広場でその光霊を迎えることができるかどうか分からない。そのことを彼女に最後の言葉として伝える必要がない。
繊月の巫が碧衣の幸せを祈るように、碧衣も巫の幸せを願っていることを知っているのだから。
自分が天界で受ける罰は、碧衣が知らなくて良いのだ。
「それから、佳弥斗くんの魂も門を潜って生まれ変わり、幸せになれるようよろしくお願いします」
そう言って、佳弥斗の魂のカケラが宿る直紀の左眼にも別れを告げる。
「佳弥斗くん、本当に好きだったよ。絶対に幸せな人生に生まれてきてね」
「俺の魂も一緒に天界に行くのだろうけど、こうやってお前と話すのはこれが最後なんだな。・・・楽しかったよ」
環を失って歩き方を忘れたように空っぽになった自分を支えてくれたのは、間違いなく繊月の覡だ。覡がいなければ自暴自棄になって壊れていただろう。
おまけのように貰ったこの1年、碧衣と出会って「最後の恋」をした。
環と一緒に天界の門を潜るはずが、碧衣を生かすために下界でもうひと仕事させてもらえた。そう思うと、自分が生き返ったことに意味があったのだと、左手首の環に「俺、頑張っただろう?」と褒めてもらおうとして笑う。
『ナオキどのの魂を連れて行かなければいけないのは、本当に申し訳ないのですが、ワタシもナオキどのとの思い出を忘れません』
夜が明ける頃までに繊月の番は、それぞれの宿主の身体から抜けて天界に帰ることになっている。
碧衣が直紀と向き合って、その顔をもっと、しっかりと脳裏に焼き付けるように見つめた。
「最後に私の願いを聞いてください」
涙でぐしゃぐしゃになり、嗚咽が込み上げて肩を大きく上下させている碧衣に「何でも言って」とその髪を愛しげにゆっくり掻き上げた。
「神子様たちが身体から離れる少し前から意識を失うと聞いています。だから、意識があるうちに…ちゃんと東条さんを覚えているために…最初で最後…抱いてください。そして私が確かにあなたと過ごし、あなたを好きだった証に子どもを…」
碧衣の勇気はここまでが限界だった。
その続きを察して欲しいとばかりに、髪を撫でる直紀の手に自分のも重ねて瞳の奥から懇願する。
今直ぐにでも永遠の別れになると分かっている時に請われた願いを断るほど薄情な人間ではない。まして自分も彼女を愛しているし、手を触れる度にそのまま引き寄せて抱きしめたいと思ってきた女性だ。
「俺のベッドでも構わない?」
環と抱き合ったベッドでも良いか?という意味。
「東条さんが良いのだったら…。ただ、私…初めてだから、上手くできるかどうか…」
「大丈夫。まかせて」
直紀は彼女の手を引いて、初めて自分の寝室に招き入れた。
カーテンが開けられた窓の向こうに三十日月の細い月が見える。まるで繊月の番の帰還を喜ぶかのように晴れた夜空にくっきりと浮かんでいる。
ベッドサイドの薄明かりが今から「初めて」を捧げる美しい女性の姿を映した。
ー明かりが暗い所為か。
目の前の碧衣が妙に妖艶に大人っぽく見える。そのまま彼女をベッドにゆっくりと倒し、覆いかぶさるように自分の身体を重ねて、瞳に映った自分の顔を見た。
ー最初の男は俺で良い。
「愛してる…碧衣…」
1番聞きたかった言葉を耳にしたその刹那、胸がいっぱいになった碧衣は両腕を直紀の首に回して顔を引き寄せると、唇を合わせる。決して上手くない子どもがするようなチュッチュッという口づけの合間、「嬉しい」「愛してる」を繰り返している。直紀も暫くされれがまま何度も何度も、拙いが最高に想いが籠った口づけを受け容れたのだった。
そして今度は直紀が碧衣の顔をホールドするように掌を当てて、大人のキスを覚えさせる。彼の舌が碧衣の唇を開かせ、激しい口づけに免疫のない彼女の口際からどちらのものか判別できない唾液が溢れた。
もっともっと「愛してる」と伝えたいのに、息をするのが精一杯で、言葉の代わりに直紀の髪をくしゃくしゃと弄って彼の舌を追うように自分の舌を重ねて、同時に気持ちも重ねた。
唾液を啜り合いながら直紀が彼女のパジャマの1番上のボタンを外す。
それを合図に碧衣の細い腕が、男の首元から離れてパタンとベッドに落とされた。
直紀の唇が、熱い吐息を漏らすぽてっとした唇を解放して首筋に移り、チュッと痛みを残してくっきり浮き出た鎖骨に這ってきた。
気が付けばパジャマの前はすっかり開けて、直紀の視線に晒されている。思わず彼が「綺麗だ」と溜め息を漏らした。
時折チクッとするのは、そこに愛された証の赤い花が咲いた痛みだと認識する。




