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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?【甘く切ない溺愛関係は終わらない】(全104話)  作者: 静林


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サヨナラ 6

 直紀はこの計画を碧衣が知れば、「東条さんが1人で逝ってしまうなんて悲しい」とか「私ひとり生き続けるのが申し訳ない」と言って泣き喚かれると思っていたのだが、今の彼女はとても落ち着いている。

 そして、彼女の行動は予想外のものだった。


「私が東条さんの立ち場でも同じことをするでしょうね。・・・1度は命を落としてますから、神子様たちを犠牲にしてまで生き続けるなんて許されることではないと思います。だから東条さんが決めたことを私も受け入れて、その分私が生きていきます。その代わり、私の我が儘も聞いてくださいね」


 アーモンドのような目で命を捧げる覚悟を決めている男をじっと見つめて、自分も引く気はないのだと訴えた。


「いつもお借りしている客間を最後の日まで使わせていただきます。・・・因みに、東条さんには拒否権がありませんから。・・・おやすみなさい」


 直紀が「良い」とも「困る」とも判断を下す前に、彼女はさっさと自分の荷物を6日間自室となる客間に運んでドアを閉めたのだった。


 繊月の巫の告白からここまでの数時間、じっくり考える余裕もなく本能のまま勢いで今いる場所に到ったのだが、客間のドアを閉めた途端に全身の力が抜けて、ドアにもたれるようにへたり込んでしまった。

 直紀の決意は碧衣が何を言っても覆らないだろうし、それに代わる妙案があるわけでもない。それだけに彼がいなくなった後、「もっと一緒にいたかった」と悲劇のヒロインになりたくない。

 彼の魂が繊月の番や佳弥斗の魂と共に、その肉体を離れる瞬間を見届けるー実際はふたりとも意識のない状態になるらしいがーと決めたのだ。


 少し冷静になると、今度はこれから6日間彼と一緒の家で生活することになるのだと思うと嬉しくなってきた。落ち込んで悲しむ場面かも知れないが、「彼と一緒」という現実に未だ収まらない賑やかな鼓動が、「がんばれー」と応援してくれている感覚がしたのだった。


 何の前触れもなく、いきなりやって来て「全部聞いた」と言い「ここに居る」となって、ドアの向こうに消えた碧衣の行動に直紀は唯々呆然と立ち竦むしかなかった。


『凄かったですね』


 呆気にとられたのは直紀だけではない。繊月の覡も今になって漸く何が起こったのか、理解が追い付いたのだ。

 そして宿主の心が安心と喜びにじわじわ満ちていく様子を感じ取っていた。

 最後の瞬間まで1分1秒でも長く同じ空間にいたいと願っていた相手が、同じ思いで飛び込んで来てくれたのだ。そしてその彼女がドアの向こうにいるのだと考えるだけで、叫びたいほど気分が高揚し、全てを彼女に打ち明けた繊月の巫に抱きついて感謝したかった。


 夜が明けるまで数時間。徹夜のつもりで仕事をしていたが、嬉しい来訪者のおかげで、シャワーや濃いコーヒーに頼らなくてもスッキリ頭が冴えてくれた。


(よし、朝まで頑張るか!)




「おはようございます」


 夕べの勢いはどこへやら、Tシャツとデニムのタイトスカートを着て簡単なメイクで顔を整えてから、碧衣はリビングのドアをゆっくり開けて直紀の様子を探るように室内を見渡す。

 すると目的の人物はソファで炭酸水のペットボトルを持ったまま振り返り、おどおどしている子羊と目を合わせてきた。

 碧衣はバツの悪そうな顔で朝の挨拶をすると、直ぐにペコッと90度頭を下げて「真夜中に突撃してすみませんでした」と素直に謝罪したのだった。


 以前、俊介からのプロポーズを断った後にも駆け込み、その際に「外で待たすことになったら心配だから、必ず連絡してから来て欲しい」と言われていたのだ。碧衣はそのことをすっかり失念していたので、また叱られるだろうと覚悟して彼の次の言葉を待つ。

 フーッと彼が大きく息を吐いてソファから立ち上がり、近づいて来る気配がする。


ー怒られる。ぜーったいに怒られる。もしかしたら「帰ってくれ」って言われる?


 床に落とした碧衣の視界に彼の足先が入って来た。ドキドキして目を瞑る。


「今、仕事がひと区切りついたんだ。シャワーを浴びてくるから、朝食の準備を頼んでいいかな?」


 拒否されることも覚悟して、血の気が退いた顔で固まっていた碧衣は、彼の優しい声で一瞬にしてぽおっと紅を差したように赤くなり、顔を上げて「はいっ!」と元気に満面の笑みを見せた。


 夕べ家を出る時、キッチンに残っていた食品をスーツケースに詰め込んで持って来たのが役に立つ。案の定、この家には非常食程度のものしかなく、持って来たバゲットとチーズで朝食を用意することができた。


「レタスとトマトでもあれば完璧だったのに…」と独り言ちて、後で買い出しに行こうと予定を立てる。彼と食卓を囲む回数があと僅かだからこそ、ちゃんと作りたいし、美味しいと思ってもらいたい。

 彼がシャワーを浴びてリビングに来るまでに、ほとんど空の冷蔵庫と食品ストッカーを漁って最低限必要な食品と調味料を書いた「買い物リスト」も完成させたのだった。

 ルームウエアに着替えを済ませてすっきりした顔でリビングに戻った直紀が、テーブルに用意された朝食を見て「美味しそうだな」と嬉しそうにして同棲1日目の食卓についた。



 碧衣と直紀に残された1週間はこうして始まり、それはお飯事(ままごと)のように感じる程ぎこちないものであったが、「1つ屋根の下」一緒にいることがこの先も生き続ける碧衣にとって意味のある大切なものだった。

 そんな生活の中でも、一線を越えないことをお互いに暗黙の了解事として寝室を共にせず、これまでと同じように必要以上の接触を避けて、ただ時間を共有することで思い出を遺そうとした。


 碧衣は繊月の巫に聴かせてきたように、直紀の家のリビングでも彼と彼の中にいる覡、そして佳弥斗のために持って来た電子ピアノで毎晩曲を奏でた。

 ジャズやボサノヴァだけでなく、直紀のリクエストにお応じて「パッヘルベルのカノン」や「パガニーニの主題による狂詩曲」そしてショパンのワルツをメドレーで耳を楽しませた。

 彼女がアロマキャンドルの灯りでプライベートコンサートを開いている間、直紀は決まってワイン片手に目を瞑ってこの贅沢な時間を愉しんだのだった。



 こうして1日1日と過ぎる間、直紀は自分の身体の鼓動が止まり、冷たい肉体になった時に、隣にいる碧衣がうまく後処理ができるよう入念に手筈を整えた。

 まず、急死したことを雅孝に連絡することを決めたが、その役目を担う碧衣が不自然に思われないように、雅孝には事前に彼女と付き合うことになった、と伝えた。


「そうか。友香里ともそうなれば良いなぁって話してたんだ」


 心から安心しきった雅孝に本当のことを言えない後ろめたさはあるが、丸っきり嘘ではないのだから許してもらおう。

 直紀の死は「突然」で「自然」でなければいけない。そのために遺書を残すことができない。

 万が一にも碧衣に疑いの目が向かないよう、彼女に対しても遺書めいたものは残してはいけない。

 どこをどのように調べられても大丈夫なように、何ひとつ片付けず、何ひとつ書き留めないよう努めた。ただ、死後に遺品を整理する人たちに迷惑を掛けない程度に、処分できるものは上手く捨てて行った。

 その作業は淡々としたものだが、花びらを1枚ずつ引きちぎるようで気分が沈む行為だったのは間違いない。

直紀の最期の瞬間に傍にいる碧衣まで調べられる可能性を考えて、彼の荷物を自分のマンションに運ぶこともしなかった。


 「完璧に」それだけが2人の合言葉。

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