サヨナラ 5
(佳弥斗くんの魂で天界に帰れないと分かったときは…どうなるのですか?)
繊月の番と佳弥斗の魂が消滅するのだろうか?
佳弥斗の魂が消滅する可能性がある、ということを碧衣に聞かせたくなかった??
ー東条さんのことがここまでほとんど出てきてない。東条さんと神子様だけの秘密だったということは…。
碧衣は自分の心臓の音が煩い程、胸の奥に痛みが走り始めた。
『ナオキが自分の魂を使ってくれと申し出てくれました』
それが何を意味するのか、瞬時に分かる。
「うそ!」
ー東条さんが死んじゃう!!
何故、自分が知らない間にそんな重要なことを話し合い、そんな苦しい結論が出されたのか。
さすがの碧衣も激しい口調で繊月の巫を責めた。
『アオイは怒るでしょうし、承服もできないでしょうが、ナオキの決断に関してはアオイの意見を聞く余地はないのです』
碧衣の憤る気持ちを抑えるために、巫も容赦なく言わなければいけなかった。直紀との約束を守れなかった代わりに、巫は碧衣から嫌われても仕方がないのだと。
碧衣は怒りが抑えられず、自身の胸を右の拳で叩いて今の気持ちを巫に訴える。
そんな碧衣に巫は優しい口調で諭すように続けた。
『カヤトの魂のカケラがナオキの中にある以上、ナオキの魂を使うという選択しかないのですよ。ワタシと覡が天界に帰らず、354日をこのまま過ぎれば消滅します。でもそうなればカヤトの光霊はいつまでも浄化されません。ナオキの寿命が尽きれば一緒に天界に昇るのかも知れませんが、それが叶わなければ天界にあるカヤトの光霊は永遠に欠けた状態で天界を彷徨うのです。・・・ナオキはカヤトの魂を浄化させたいと言ってくれました』
碧衣は心の整理ができないでいた。
繊月の番が天界に帰った後、直紀と今のように会えるだろうか、触れ合えるだろうか…そんなことばかり考えて、まさか彼がいなくなるなど、露ほども思っていなかったのだから。
佳弥斗の魂のカケラだけで天界に帰れないとき、碧衣は直紀の魂を使うのではなく、自分のを使うことはできないのかを問うた。
『カヤトの魂だけをナオキの身体から抜き取ることができるか、ワタシが知る限り前例がありませんから、やってみないとわかりません』
(上手くできなければ、私も東条さんも死ぬことになるんですね)
『ナオキはアオイの魂を使うことを一切望んでいません。この話を出した時に、自分の魂を使ってくれと迷わず言ったのです。ワタシも覡もその申し出を承服して天界に帰ると決めました』
巫はそうきっぱりと言う。
これは決定事項なのだと、今更変更はできないのだと。
荒い息と大きく打つ鼓動を鎮めるために、碧衣は今、自分ができることを考える。
不思議と涙は出てこない。目頭が熱くなることすらない。
繊月の巫は直紀から「碧衣には最後の最後まで話さないことと、ジュエリーフェスの準備が整うまで待って欲しい」と条件を出されたことも碧衣に明かした。
『アオイに話してしまったので、ナオキとの約束を破ったことを謝らないといけません』
それでも天界に帰る日まで碧衣に黙っていることはできなかった。約束を守らなかったことを後悔しないだろう、と巫は思ったのだった。
(あと6日しか東条さんとの時間がないのだとしたら…行かなきゃ)
両手で顔をパンッと叩いて自身に喝を入れてから、勢いを付けてベッドから出て、衣裳部屋に行って1番大きなスーツケースを引っ張ってきた。
そして着替えやメイク道具、仕事で使う楽譜などを手際よくベッドの上に放り投げていく。
『アオイ、何を考えているのですか?』
碧衣の考えを読み取ろうとしても、今の彼女は無心で動き回っている。
何かに取り憑かれたように、そして時間に急かされるようにただひたすら荷造りをしているのだ。
繊月の巫は、話を聞かされた碧衣はショックで落ち込み、泣き崩れるだろうと確信していたのに、彼女は1滴も涙を溢さないし、落ち込みもしない。
(センゲツの神子様。今から東条さんの所に行きます。だって、会社を経営しているんだから、心残りがないようにお仕事を片付けてるんでしょ?それを邪魔することはできないけど、私だって一緒にいたいんだもの。行くしかないじゃないですか)
巫と会話をする間も時間を惜しむようにテキパキ動き、スーツケースを閉めると、最後に屋外のイベントで使用する電子ピアノを専用ケースに入れて荷物を玄関に纏めた。
そして荷造りをしながら電話で呼んだタクシーが来るまでの15分で着替えと軽くメイクをすると、留守にする6日間分の荷物を抱えてマンション下まで降りたのだった。
* * *
直紀は少しでも碧衣と会う時間をつくるため、連日ほぼ徹夜状態で仕事をしている。
残された6日間、「もうやれる事はないか」と自問自答しながらジュエリーのデザイン画を増やしているのだ。
どうしても碧衣をイメージして描いてしまう。先程まで会っていたのに、もう会いたくなってしまっている自分が可笑しくて仕方がない。
「重症だな」
フッと鼻で笑ってしまった。
少し目を休めようと時計を見れば深夜2時になろうとしている。
もうひと仕事するために、目覚まし代わりにシャワーを浴びようか、と思ったらマンションのコンシェルジュから連絡が入った。
「夜中に申し訳ありませんが、如月碧衣さんが来られています」
会いたいと思った相手が正に今、自分を訪ねて来たなんて出来過ぎだろう、と驚きを隠せない。
嬉しい反面、こんな真夜中に連絡もなしに来るなど、何か緊急事態が発生したに違いないと焦って、「直ぐに上げてください」とコンシェルジュに返した。
以前、環が強姦に襲われた時、彼女の変化に気付きながらも寄り添うことができず、そのまま永遠の別れになってしまった記憶が苦し過ぎて、今も後悔して病まない。
以前、碧依が泣きながら直紀のもとにやって来た時も同じ恐怖が襲ったのだ。
その時の感情が再び甦り、碧衣が酷い目に遭って助けを求めに駆け込んできたのではないかと、鍵もかけずにエレベーターの前まで走った。
程無くして彼の前でエレベーターの扉が開くと、大きなスーツケースと黒く長いバッグを肩に掛けた碧衣が現れたのだった。
直紀が彼女の姿をさっと見て、無事を確認すると、そこでやっと安心の溜め息を吐く。
こんな真夜中に廊下で問答しては近所迷惑だろう。
「とにかく、中に入ろうか」と言って、碧衣の荷物を引き取る。
何度も訪れて見慣れたリビングのダイニングテーブルには仕事中であることを示すパソコンと資料、デザイン画が広げられている。
「どうしたの。何かあった?」
心配そうに彼女の顔を見る直紀を真正面に見上げて、はっきり口にした。
「センゲツの神子様から、東条さんが神子様たちと一緒に天界に行くと聞きました」
予想外の来訪理由に直紀は目を見開いて固まり、次に吐く息が整ってから目を瞑ってゆっくりそれを吐き出す。
そして緊張を解すように唇を舌先で舐めて「うん」と頷いた。
碧衣が彼の腕に触れると透かさず繊月の巫が『ナオキどの。許してください。全部、アオイに打ち明けました』とひと息に謝ってきた。
「オンナミコ様には無理を言ってすみませんでした。如月さんの中にいるのだから、黙っているのはそりゃ辛いに決まってる」
それでも、ここまで約束を守ってくれたことに感謝すると伝えて巫を気遣ったのだった。




