サヨナラ 4
ーもう限界です。ナオキどの。申し訳ない。これ以上アオイに何も教えないまま天界に帰る日を迎えることはできません。約束を破ることを許してください。
『アオイ。・・・アオイ』
透き通るような美しい声で、眠りの浅い意識が直ぐに覚醒する。
真夜中に巫が彼女を起こすということは、そしてあの苦しそうな声ではなく、いつもの美しく響く声に戻ったということは、碧衣に全てを打ち明ける気持ちが固まってのだと理解した。
(センゲツの神子様。何か私に隠していることがあるのですよね。そしてそれを全部話してくれる決心がついたのですよね)
碧衣は身体を起こして枕をベッドヘッドの背当てにして座った。
巫が覚悟を決めて話してくれるのだから、その重大性を鑑みて彼女も心して聞かなければ、と姿勢を整える。
『今から話すことはナオキから天界に帰る日まで、アオイには明かさないよう頼まれていたことです』
ーん?
(ちょ、ちょっと待って!)
繊月の巫が漸く決心してくれた話なのだから、できることなら口を挟まずに聞くつもりであったが、初っ端から聞き捨てならない言葉に確かめずにはいられない。
(そんな話、私は知らないですけど。いつ東条さんとそんな会話しました?)
そりゃぁそうだ。
相手の神子と会話するには宿主同士が触れていなければいけない。そして、相手の神子の声は両方の宿主には聞こえている。
碧衣は自分の記憶の中でも直紀と触れ合っている時に、そんな内容の会話はなかったはずだし、もしあったならば覚えているはずだと思った。
『アオイがシュンスケの求婚を断って、ナオキの家に走った夜がありましたよね。そのときアオイは泣き疲れて眠ってしまいました』
(・・・っつ!)
言葉に詰まる。
ーあった。確かに眠ってしまった。
あの夜のことを鮮明に覚えている碧衣は、自分の記憶に空白があることを知った。
(では、あの日、私が寝ている間に東条さんが私に触れて、神子様と会話したのですね)
泣き疲れて眠ってしまった碧衣は朝まで目が覚めなかった。直紀に会えて安心しきってしまったのだ。
その間に直紀と繊月の番は、碧衣が知らないほうが良い「隠し事」を作ったということか。
そういうことだったんだ…と腑に落ちた。
『アオイに聞かせていない大切なことが3つあります』
それ以上、碧衣が追及してこないと判断した巫が本題を切り出した。
『まず1つめ。繊月の覡が下界に降りる時、ナオキの光霊を抱いて飛び降りました。それは話しましたね。その際、覡の尻尾がナオキの光霊の後ろに並んでいたカヤトの光霊に触れてしまったのです』
思わぬところで佳弥斗の名前が出てきて驚いたが、話を途切れせさせたくないという思いから、碧衣は頷いて巫に先を促す。
『その尻尾にカヤトの光霊の1部…カケラ程度の大きさの光霊をくっ付けて下界に降りてしまいました。光霊が割れるなど、ワタシたちも聞いたことはありませんが、恐らく勢いよく振られた尻尾によってこそげ取られたのでしょう。その状態で覡がナオキの身体に入ったので、今、ナオキの中にはナオキ自身の魂とカヤトの魂のカケラがあります』
直紀の中に佳弥斗の魂があると知らされてさすがに口を挟む。
(佳弥斗くんもいるんですね?彼と話をすることはできるんですか?)
碧衣はピアノの上に飾ってある佳弥斗の写真を見ながら尋ねる。
『残念ながら、カヤトの魂はいますが、意識も記憶もありません。如何せんカケラが小さ過ぎるのです。カヤトの記憶は天界にある、残りの大部分の魂が持っています。ただ、どういう理由かアオイに最初に会った時、ナオキの左眼から涙が流れました。あれはカヤトがアオイに自分の存在を知らせたかったのか、会えたことが嬉しかったからなのか、ワタシにも説明が出来ません。もしかしたら、カヤトの最後の想いがそうさせたのかも知れないですね』
ーそうだ、そんなことあった。ERABLE HOTEL で最初、転びそうになった私を支えてくれた時、東条さんが泣いているのを見て不快に思ったんだわ。あれは佳弥斗くんだったのね。
『カヤトの光霊の大部分は天界にあります。ただ、ほんの少し欠けているために浄化の門を潜ることができていないはずです。ですから、ワタシたちが天界に帰る時、ナオキの中にあるカヤトの魂のカケラを持って帰ります。・・・これがアオイに話していなかった大切なことの1つめです』
繊月の巫は佳弥斗の魂のカケラが直紀の中にあることを彼女に教えなかったのは、そこに魂があると知っても既に彼の記憶はなく、会話することも叶わないのに、碧衣を戸惑わせるだけだと判断したから、と告白した。
碧衣も「佳弥斗の魂も降りている」と言われたところで佳弥斗の肉体に戻ったわけではなく、直紀の身体、それも左眼にいるのなら、教えられた今でも実感が持てない。
だから「教えて欲しかった」と巫を責める気持ちも湧いてこなかった。
それでも、とっくに浄化の門を潜って長いトンネルも抜けて、生まれ変わっているだろうと信じていたので、魂が2つに分かれて天界と下界で彷徨っているのだと聞かされ、その様子を想像すると胸が締め付けられるようだった。
(2つに分かれた魂は、神子様が天界に持って帰ってくっ付けば、浄化の門を潜ることができるのですよね?)
これは重要な点である。
『そう信じています。なにせ、ワタシも光霊が2つに分かれたなど聞いたことがないので、ワタシたちがカヤトの魂のカケラを持って帰って1つに戻るのかどうかすら分かりませんが、必ず大御神が戻してくれると信じています』
それ以上、碧衣は追及するのを我慢する。
『大切なこと、2つめは……ワタシと繊月の覡が天界に帰るために、魂が1つ必要だということです』
(1つ…佳弥斗くんの魂を連れて帰るってことですね)
1つめの大切なことが2つめの大切なことに繋がっているのだと理解する。
話の流れとしては分かりやすいのだが、碧衣に隠さなければいけない程の内容だとは思えない。そして、直紀の関わりと言えば左眼に佳弥斗の魂がいることだけだ。
その魂を連れて帰るというのなら、もっと早く碧衣に打ち明けても良かったはずだろう。
嫌な予感がする。
『カヤトの魂でワタシたちが天界に帰ることができれば良いのですが、あまりにも小さいのです。・・・これから話すことが3つめの大切なことです』
ここからが1番碧衣に聞かせたくなかったことだと直感で分かる。
ごくりと唾を飲み込み、続く繊月の巫の言葉に身構えた。
『カヤトの魂を使って天界に帰るように覡と協力して、タイミングを計ってやってみるつもりです。もちろん持っている知識全部を使ってやります。・・・やりますが、上手くいく可能性は決して高くないでしょう。・・・いえ、はっきり伝えたほうが良いですね。ちゃんと話すと約束したのですから。・・・あの小さな魂のカケラで天界に昇れる可能性は限りなくゼロに近いと思っています。天界と下界を繋いでいるのはあくまでも光霊で神子は光霊に導いてもらっていると考えてください。カヤトの魂のカケラには意識も記憶もない、文字通り「カケラ」なのです。ワタシたちを天界に導くほどの力があるかどうか…』
次回、全てを知った碧衣が取った行動とは…




