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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?【甘く切ない溺愛関係は終わらない】(全104話)  作者: 静林


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サヨナラ 3

 ゆったりとした広さのラウンジには産科クリニックらしく、ウレタン素材のソファと角が丸いテーブル、それと兄姉が退屈しないようキッズスペースには

大きなオモチャの箱が置いてある。

 2人はぶつけても痛くないソファに腰掛けて「美味しいコーヒー」を飲みながら、昨日の見舞いの際に聞いた出産時の様子を直紀から聞いていた。

 「安産だった」とは言え、やはり大変だったのだなぁと話していた時、見覚えのあるサメのぬいぐるみを持った忍と雅孝がやって来るのが見えた。


「もう着いてたんだ。如月さんも来てくれてありがとう」

「この度は、ご出産おめでとうございます」


 雅孝に挨拶すると、忍が持つジンベエザメのぬいぐるみがどうしても気になって「これって…」と尋ねた。

 碧衣が直紀に「忍に渡して欲しい」と頼んだ沖縄土産のジンベエザメのぬいぐるみを、忍が殊の外気に入ったとは聞いていた。だが、今目の前で忍が持っているものは碧衣が買ってきたものよりうんと小さいのだ。


「いやぁ、如月さんから貰ったぬいぐるみ、忍のお気に入りでどこに行くにも持って行きたがったんだよ。布団の中でも抱きついてるから、外出用に持ち歩きしやすい大きさのをオンラインショップで買ったってわけ」


 喜んでもらえたのは嬉しいが、買い足す事態になっていたとは、複雑な気分である。

 碧衣が忍と目の高さが同じになるようにしゃがみこんで「こんにちは」と声をかけると、忍は手に持つぬいぐるみを「ベエ」と彼女に見せびらかすように突き出した。


「いいねぇ」


 嬉しそうに見せてくれる忍に、ニコッと笑って返す。



 そんな挨拶を軽く交わしてから再度、友香里の部屋に戻って、授乳のタイミングで直紀と碧衣はクリニックを出たのだった。




「翠ちゃん、可愛かったですね」


 彼女を送る車内でごく普通に感想を伝えたのに直紀から反応がない。不思議に思って隣の彼を見ると、真剣な眼差しで真っ直ぐ前方を見て運転に集中している。


ーもしかしたら仕事のことを考えているのかしら。


 大きなイベントを控えているのだから、頭の中は常にそのことでいっぱいだろう。それならば、と碧衣は会話を諦めて、彼と同じ景色を黙って見ることにした。

 その直紀は、碧衣が翠の顔を愛おしそうに目を細めて見入っていたのを思い返して、自分が将来彼女の隣には立てないことを苦しく感じていたのだ。

 残り2週間で永遠の別れがやって来る。

 何度も何度も彼女の白く細い手に触れてきた。

 仕事の目途もついて、彼女と過ごせる時間も多少取れるようになった。それなのに、これ以上思い出を増やすのが怖いのだ。

 最後の最後になって自分の決心が揺らぐかも知れない。

 ハンドルを握る手に力を込めて「次、いつ会える?」と口から突いて出そうになるのを堪える。

 結局、車内の貴重な空間で大した会話もせず、碧衣を彼女のマンションの駐車場で降ろして「じゃあ」と車を発進させた。

 そんな直紀とは対照的に碧衣は半日、大好きな彼と一緒にいられたことで幸せだった。


          *          *          *


 その日を境に、直紀が再び ERABLE HOTEL のロビーラウンジに姿を見せるようになり、以前と同じように演奏を終えたピアニストと指を絡めたり、手を重ねたりして語り合うのが見られるようになった。

 ホテルスタッフの間でも「仲が戻ったみたいね。良かった」と温かい噂が流れ、再び遠巻きに見守られたのだった。


 そしてあと1週間で繊月の番が天界へ帰るという日も、いつも通り直紀はホテルのロビーラウンジで碧衣と向かい合ってアイスティーを飲みながらひとときを過ごしていた。


「今月25日からジュエリーフェスがビッグサイトで開催されるから、できれば足を運んで欲しい」

「はい。もちろん伺いますよ。日本で1番大きなジュエリーのイベントですよね。凄く楽しみにしているんです。東条さんは忙しいでしょうから、会えるとは思っていませんが、ブースにいる時間が決まっているのでしたら教えてください。その時間に覗いてみますから」


 暫く会えなかったのは、彼がこのイベントの準備のために飛び回っていたからだと知っている碧衣は、その成果をついに見ることができるのだと目をキラキラさせている。

 イベントが始まる時にはもう繊月の番は天界に帰っているので、直紀から「もう会う必要がない」と言われるかもしれないと思っていたのに、「イベントに来て欲しい」と誘われて嬉しくてたまらない。

 しかし、直紀は自分がその時にはもういないのだから、彼女に必要以上の期待をさせるわけにはいかない。

 ただ、「うん」と微笑むのが精一杯だった。


「俺がいなくても雅さんが案内してくれるよ。翠ちゃんに因んで翡翠のジュエリーがいくつか出展されるんだ。それらは非売品だけど『翠コレクション』なんてコーナーをつくって、この先展開していくことになると思う」


 今回出展されるジュエリーは愛娘が成人するときに渡すつもりらしい。


「私もそれまでお友達認定していただけたら、一緒にお祝いしたいです」


 あの可愛い翠が素敵なレディになって、成人する場に居合わせることが許されていたとしたら、きっと直紀との繋がりも続いているだろう

 。そうでありたい、そうでありますように、という思いを込めて彼に笑顔を向けた。


「一緒に見守ることが出来れば素晴らしいことだな」


 そう言って碧衣に返す笑みが心なし翳っているように感じたが、フェスの前で疲れも溜っている所為だろう、と深く考えなかった。


          *          *          *


(ねえ、センゲツの神子様。今夜の東条さん、何かいつもと違うように見えたんだけど、どう思います?単に疲れが溜って、体調悪いのでしょうか。私の思い過ごしだといいんですけど…)


 自宅に帰ってから、先ほどまでの直紀とのやり取りを振り返ってみると、やはり彼の様子が変だったのは間違いじゃないように思って、巫に尋ねたのだ。

 いつもならすぐに返って来る巫の声が聞こえない。


「神子様?」


 直紀といい巫といい、今夜感じる違和感が益々大きくなって、これを見過ごしてはいけないような気がして、問い詰めるように声に出して巫の逃げ場を失くす。

 すると今まで1度も聞いたことがない、痛苦の思いを絞り出したような声が彼女の心に刺さった。


『アオイ…少しだけ…時間を…決心する時間をください』


ー何を?そんなに苦しんで決心しなければ話せないことって何?


 1週間後には天界に帰る。それに関することだろうが、全く思いあたることがない。 

 だとすれば、自分には聞かせてもらってない「何か」が存在して、その「何か」に不安を越えて怖さを覚えた。

 ただ、巫が「時間をくれ」と言っている以上、碧衣は待つしかなかった。


 碧衣に真実を明かす決心がつかないまま日付けが変わった。

 繊月の巫を急かすことも問い詰めることもせず、宿主の静かな寝息が聞こえてきた。

 さすがに待ちくたびれて、着替えもせずベッドに横たわって眠りについてしまったのだ。


次回から、いよいよ碧衣が全てを知ることになります。


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