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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?【甘く切ない溺愛関係は終わらない】(全104話)  作者: 静林


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サヨナラ 1

 遠くない未来に繊月の巫が自分の中から出て、天界に帰る日が訪れるのだと分かっていた。

 そして何よりも、巫が下界に降りてきた目的通りこのままこの世界に留まって消滅するという道を選ばなかったことに安堵した。

 それでも、その日はもう少し先だと何となく思っていたのだ。ただ、考えてみれば「7月18日」というのは神子たちがこの世界で生きていける354日に限りなく近い日なのだから仕方がない。

 ぎりぎりまで碧衣たちを見守ってくれるのだろう、と自分に言い聞かせるが具体的に日にちを提示されると寂しくて仕方がなかった。


 直紀の家で最後の祈りをしてから1週間経ったが、碧衣と巫の間で1度もその話は出ていない。

 元々口数の少ない巫から話しかけてくることはあまりないが、「天界に帰る」と言ってから碧衣が寂しそうにしていることを知っている。碧衣のほうからその話題に触れようとするが、巫と別れることが辛くて言葉にできないことも伝わっている。

 壁に飾られている繊月の巫の姿絵を見て、切ない溜め息を漏らすことが多い。

 刻々と期限が迫るのだから、避けていないでちゃんと向き合わなければきっと後悔するだろう。

 連絡手段のない異世界に行ってしまうのだから。

 もう二度と巫とは会えないのだから。

 ラグビーボールのような形をした月を眺めながら意を決して碧衣が巫に話しかけた。


(センゲツの神子様。こっちの世界でやって欲しいこと、行きたいところ、見たいものはありませんか?できる限りのことはしてあげたいので、何でも言ってください)


 あの大事故の後からずっと一緒に生活して、巫からお願いされたことは数える程しか記憶にない。

 天界に帰ればこの世界に触れる機会はないと言っていた。下界から昇って来る光霊が持っている記憶が全てなのだと。そしてこの世界のものは何ひとつ天界へ持っては帰れないのだから、せめて思い出を1つでも多く作ってあげたい。


『ありがとう。気持ちは嬉しいのですが、アオイにはいろんな所に連れて行ってもらいました。いろんな物も見せてもらいました。たくさんの人たちとの話も聞かせてもらいました。そして何と言っても、美しいピアノを毎日聴かせてもらいました。天界に持って帰る土産はそれだけで十分です』


 いつもながら美しく透き通る声で優しく答えてくれる。


『いつも通り…普段通りに過ごしてください。アオイには同じことの繰り返しに思うでしょうが、案外違うこともあってワタシには面白いのですよ』


 考えてみれば、こちらの世界にはどこにでもあるものが、天界にはほとんどないと巫は言ってきた。碧衣が当たり前に目にするもの、していることは神子にとってどれも珍しいし新鮮なものなのだ。

 最初の頃は食事をすることすら興味深そうにしていた。

 心身を休めるために眠ることもそう。神子たちも心を落ち着かせたり考え事をするときに、目を瞑ることはあっても眠ることはしないらしい。『もしかしたら目を開いて寝ているのかも知れませんね』と言って、その図を想像して大笑いしたこともあった。 

 そんな生活の中でも碧衣がシャワーを浴びた時、『天界にも清浄の間と言う場所があって、当番日の祈りが終わると藍緑色の蝋燭で囲まれた静かな空間で心身を清めるのです』と似ていることもあるのだと教えてくれた。


 天界に昇って来る光霊が持っている記憶によって、下界の情報やイメージはある程度伝わっていたが、実際に体験してみると思い描いていたものとはあまりにもかけ離れていて、自分が見聞きしたことを実際はこうなのだと天界の神子たちに教えてやりたいと思った。

 しかし、その役目を自分は許されないだろう。自身は罰を受ける身であるから、覡に託したい。彼なら上手くその役目を熟してくれるだろう。そのためにも必ず覡が下界に降りた罪の減刑を嘆願しなければならない。


 先代の繊月の覡を追って消滅するために下界に降りたのだが、天界に帰らなければいけない事態になって、「静かに消える」という当初の計画がおじゃんになった上に、碧衣と直紀のことや繊月の覡のことが伸し掛かってしまい頭が痛い。


(センゲツの神子様がいつも通りで良いと言うのならそうしますが、何か思いついたことがあれば言ってくださいね)


          *          *          *


 それから3日後の早朝に直紀からメッセージが届いた。


   ”雅さんのところに女の子が生まれた!たった今、連絡があった。一緒に見に行かないか?”


 スマホアプリの通知音で目は覚めたが頭はまた起ききっていないため、直ぐに理解できない。

 遮光カーテンの隙間から入る明かりが、既に日の出の時刻が過ぎていることを告げている。

 視点の合わない目を擦って、再度スマホの画面の文字を追った。


   ”雅さんのところに女の子が生まれた!”


「ほえっ?」


 妙な声と共に身体を起こして「センゲツの神子様、生まれたんですって!」と突然沸いた興奮が収まらない。


『そのようですね』


 碧衣は彼からのメッセージを食い入るように見て「良かった」と安堵の溜め息を吐く。


   ”おはようございます。教えてくれてありがとうございます。無事に生まれたのですね。私も東条さんと一緒にお祝いに行っても良いのでしょうか?”


 いくら一緒に赤ちゃんを見に行きたいと思っても、生まれたばかりの新生児と出産直後の母親である。安静が必要だろうし、何より直紀たちとは比べられない程つき合いが浅い自分が行っても良いのだろうか、と不安が過った。

 改めて「退院されてからにします」とメッセージを打ち込んでる最中に、直紀から電話がかかってきた。


「おはよう。朝早くに起こしてしまって申し訳ない。でも、どうしても如月さんに伝えたかったんだ」


 碧衣以上に感情が昂っているのが声の調子から伝わる。


「おはようございます。私にまで教えてくださってありがとうございます。こんなにおめでたいこと、たとえ真夜中でも構いません」


 彼が喜びを共有する相手として自分を選んでくれたことが嬉しくて、すっかり正常運転をはじめた頭で、少しでも彼との会話を楽しもうとする。


「でも、友香里さんも赤ちゃんもまだ体力がないでしょうし、そもそも私は部外者じゃないでしょうか」


 誘われたからと言ってホイホイ「行きまーす」などと言えば常識もなく、気遣いもできない娘だとガッカリされそうなので、そこは遠慮する姿勢を見せる。

 本心では直紀と一緒に行きたくてたまらないのに。


「雅さんの話では、物凄く安産で母子ともに問題がないらしい。それで、短時間なら面会の許可が出てるから、如月さんも是非赤ちゃんを見に来て欲しい、って言ってるんだ。・・・この土曜日に行かない?午前中は仕事入ってる?」


 雅孝が良いと言って、直紀が一緒に行こうと言ってくれているのに、断る理由はもう残ってない。


「行きます!」


 そこは素直に即答。


「良かった。オトコミコがオンナミコ様も人の誕生を見る機会は天界ではないので、良い経験になるんじゃないかって」


 天界に昇って来る光霊は命が尽きた魂ばかりだから、浄化されてこれから生きていく魂を感じることは絶対にない。神子たちが幸せを祈って門を潜らせる光霊が果たしてどのように生まれ変わって、新たな人生を始めるのかを見ることは確かに貴重な経験になるだろう。

 碧衣は消滅するために下界に降りてきた巫が、希望を持って再び天界でその寿命が尽きるまでの糧になってくれれば、と思った。

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