残したいもの 2
「センゲツの神子様、とても美しいです」
碧衣は完成した繊月の巫の姿絵を食い入るように見た。
多少、覡の胡麻摺りが入っているのかも知れないが、それを差し引いても十分美しい神子であることが伝わってくる。
『そうですね。ワタシの顔は概ねこんな感じだと思います』
本人のお墨付きをもらったのだから間違いない。
この絵姿を見る限り、以前送られてきたピンクの像とは随分かけ離れている。が、今更蒸し返す話ではないので、碧衣はその言葉をぐっと飲み込んだのだった。
生き返って以降、碧衣の心を支え続けてくれる繊月の巫はこんな顔をしているのか、と慕うように目を細める。優しさだけでなく、芯の強そうな瞳が印象的だ。
「センゲツの神子様、お会いしたかったです」
碧衣は直紀に触れていないもう一方の手を胸に当てて、「ここにいるんですよね」と感慨深くその存在に届くよう気持ちを掌に込めた。
その温もりは確かに繊月の巫に届いたのだった。
次に覡の姿絵を描き始めた。
今度は巫が覡の風貌を語る番である。
『繊月の覡はまだ若いのですよ。女の神子は卵形の顔が多いのですが、男の神子は少し面長なのです。・・・眉は責任感が強いことを表しているような太くて長い眉です。二重瞼に大きくパッチリ目で瞳は月も星も出ない夜空のように真っ黒です。鼻は…そうですねえ。愛嬌たっぷりの団子鼻。厚い唇に大きな口はこちらの世界風に言えば「スポーツマンタイプ」でしょうか。・・・そうです。そんな感じですね』
繊月の巫は直紀の手元を見ながら覡の特長を次々に伝えている。
覡と巫は直紀と碧衣が触れていても声しか伝わらないはずである。にもかかわらず、まるで相手の姿を見ながら特長を口にしているようにスラスラ出てくる。
「もしかして、センゲツの神子様はお互いの姿が見えているのではないですか?」
『いいえ。声は通じていますが、姿は見えていないです』
「あまりにもお互いの容姿を滑らかに話すので、もしかしたら見えているのかと思ったんです」
それを聞いて直紀の手が一旦止まる。
「あ、俺も描きながら不思議に思ってたんだ。微調整まで入れてくるんだから」
やはり彼も同じことを疑問に感じてたのだ。
『ワタシにも繊月の巫様の姿は見えません。ですが、番の姿はどんなに離れていても、目を瞑っていても心に焼き付いているので分かります。それほど番の絆は強いのですよ』
巫の言葉を補うように覡が言う。
その後も巫は覡の黒髪がショートで前髪を6対4に分けていることや、がっちりとした筋肉質風の体躯であること、白衣に紫色の袴姿であること、そして巫と同じように大きくて美しいフワフワした尻尾も付け加えて、ついに覡が完成した。
直紀は自分が描き上げた覡の姿絵をまじまじと見て「お前ってこんな男前な神子だったんだな」と感想を口にする。
『そうなんですよ。ナオキどのに負けないくらい男前の…』
そこまで誇らしげに言ったところで、覡は吹き出してしまった。
『男前の神子って…。天界では女の神子は美しいとされますが、男の神子は清いと言われることがあっても男前とは…』
笑いながらそう言う覡だが、碧衣と直紀にはどこに笑うツボがあったのか理解できない。
ただ、巫にはわかるようで、『天界に帰ったら、「繊月の覡は男前の神子だ」と言いましょう』と言って覡と一緒に笑った。
家に帰ってから巫が『実は天界でも男の神子の顔は話題になるのですよ。男前とは言いませんが、端正な顔とか、凛としている顔とか、涼しげな顔とか…男の神子たちは知らないでしょうけどね』と教えてくれたのだった。
完成した繊月の姿絵をコピーせず、碧衣は巫のものを、直紀は覡のものをそれぞれ保管することにした。
姿絵とは言え、恐れ多くも神子様の姿をコピー機にかけるなど許されない行為だと思ったのだ。それに、自分の中にいる神子の絵だけがあれば十分である。
2人とも後日額装して部屋に飾ることにした。
彼が納戸からレザー調のドキュメントバッグを取って来て碧衣に手渡す。
「ここに入れて持って帰るといい。絵が傷まないから」
「ありがとうございます。お借りします」
受け取ったバッグに収める前にもう1度しげしげと見て、繊月の巫の顔を脳裏に焼き付けた。
一連の作業が終わって時計を見ると、既に1時近くになっている。
「ちょっと遅くなったから、外に食べに行こうか」
彼が「外に」とわざわざ言うのだから昼ご飯は用意されていないのだろう。
だとすれば「今から何か作りましょうか」と彼女が申し出たところで材料を揃えるところから始めなければいけない。ここは下手に「私、料理できます」をアピールするよりも、素直に外食を選択するのが正解であろう。
「そうしましょう」
暫く沈黙の時間ができる。どうやら覡と直紀が会話しているようだ。
「覡が回転寿司に行けと言っているんだけど、いいかな」
それは碧衣も大賛成だ。
「良いですね。私はセンゲツの神子様と回るお寿司に行ったことがないので、是非行きたいです」
そう口にした直後、「回る寿司には行ったことがない」などと言えば「高級な寿司屋には行ったことがある」と取られないか、少々気まずく感じて焦った。
「お寿司はスーパーで買ったパック入りのものと、安達家でご馳走になったものだけなんです」
取り繕ったような言い訳で返って妙な空気にならなかったか…。
「そうか。オトコミコが回転寿司屋に行きたがるんだ。最初に「お前が選んだ寿司を食べてやる」と宣言したもんだから、選ぶのが楽しいんだろうな。俺は大変な思いをするんだが…まあ、実際に行くとその意味が分かるよ」
直紀が言う「大変な思い」とは?ハテナな碧衣だったが、それは店に入ってテーブル席に着くと直ぐに分かった。
レーンを流れてくる寿司を「どれにしようかな」と眺める碧衣の前で、直紀が最初に手に取ったのは「玉子の寿司」が乗った皿だった。
『赤い粒がキラキラしているのが綺麗ですね』と呟いた巫のために、イクラの軍艦巻きの皿をレーンから取る。碧衣はたらこやイクラなどの魚卵が好物なので喜んで食べる。
そんな碧衣の前で直紀はまたしても「玉子」。そして次も「玉子」。
ーまさか!!
3皿連続で「玉子の寿司」ということは、つまり繊月の覡が「玉子」ばかりを選んでいるのだ。
それが彼が言った「大変なこと」だろう。
さすがに4皿目はウニの軍艦巻きで、5皿目は海老フライ。そして6皿目は再び…「玉子」だ。
改めてテーブルに並ぶ寿司を見ると、直紀の前には全て黄色系のネタが乗っている。
対して碧衣の前にはサーモンやイカ、マグロにハマチなどカラフルである。
「東条さん。こういうことだったんですね」
好きな寿司を選んで食べるという回転寿司の醍醐味を自分だけが堪能しているようで、申し訳なくなってきた。彼はまるで罰ゲームのように見える。
「決して悪気があってこうなってるんじゃないんだ。オトコミコは本当に黄色いものが好きみたいで、どんなものでも選ばせると高確率でこうなる。ただ、コイツが嬉しそうにしていると俺も楽しくなるから、全部玉子になっても全く苦にはならない」
そう言いながら直紀は目の前の黄色を指さす。
碧衣は自分の中に繊月の巫がいることで、友人と共同生活をしている気分だが、直紀にとっての覡はそれ以上に、環がいない寂しさを埋めるための必要不可欠な存在なのだと思い知った。
1度は愛する妻と共に消えた命。
自分だけが生き返ったと知ったときの罪悪感と孤独な世界。
気力を取り戻して足を1歩前に踏み出させたのは「TO-J」のメンバーだけでなく、常に彼を支えている覡も大きな割合を占めていただろう。
佳弥斗を失ったとは言え、事故に遭う前とほぼ同じ生活に戻れた碧衣とは違って当然である。




