思い出作り 6
水族園では繊月の番がクラゲの水槽の前で『ちょっと待って下さい』とお願いしてきた。
半透明の傘がフワフワ開いたり閉じたりしながら泳ぎ、傘の中央にある花びらのような模様がピンク色に光っている。暗い水槽の中で光を発する姿はとても幻想的である。
碧衣と直紀は番が満足するまで足を止めてやった。
次に足を止めたのは、この水族園の目玉であるドーナツ型の巨大水槽「アクアシアター」だった。
この水槽にはクロマグロが群泳していて、運良く餌やりの場面に立ち会うことができた。水槽上部からアジやイワシが大量に撒かれ、それを食むために一斉に集まって来る。自然界でも実際にこういうことが起こっているのだろう。あっという間に撒かれた餌が無くなる。圧巻の光景だった。
「美味しそうだな」
直紀が碧衣の耳元で囁いた言葉に思わず吹き出す。
「実は私も同じことを思ってました」
茶目っ気たっぷりな笑顔で囁き返す碧衣に、直紀は胸が熱くなった。
ーか、可愛い!
笑い合っている間にクロマグロの餌やりショーが終了し、見学者たちがぞろぞろと次の水槽へ移動して行く。
「俺たちはレストランに行かない?少し早めのほうが空いているだろう」
「賛成です」
館内の階段を上ったり下ったりして最短コースでレストランに直行した。
ランチタイムには少し早い時間だったが、それでも8割ほどの席が既に埋まっていた。考えることが同じ人はいるものである。
2人はセルフサービス式のレストランでメニューをじっくり眺める。周りを見渡すと大半の人は「まぐろカツカレー」を食べていた。
「やっぱり『まぐろカツカレー』でしょうか」
「そうだな。美味しそうだったから、俺も同じのにするよ」
碧衣と直紀の頭の中で先程のクロマグロが泳いでいる。恐らくここにいる「まぐろカツカレー」組の頭の中も同じ魚が回遊しているのだろう。
ライスに乗せられた大きなまぐろのカツは揚げたてサクサクで期待通りの美味しさだ。カレーもスパイシーでメニュー選びは大正解だった。
数分で間食して、少し辛みが残った口内を水でさっぱりすると、直紀がバッグから小さな紙包みを取り出してテーブルに置いた。
「これ、タイ土産。ソープカービングなんだ。なかなか良い香りだから洗面所にでも置いてもらえたら」
碧衣は包みの上部を開けて中を覗き、2つの固形物を取り出した。
ソープカービングとは専門のナイフで石鹸を彫刻するタイの伝統工芸である。
バラやカーネーションを立体的に彫り、アクリルケースに入れてインテリアとして飾る人も多い。また、香り付けされた石鹸を彫った物はインテリアとしてだけでなく、芳香剤の役割りにもなる。
直紀が土産に選んだソープカービングはピンクとクリーム色の石鹸で、カーネーションが美しく彫られていた。
「わあ、綺麗ですね。ピアノの上に飾ります」
石鹸はビニールでぴっちりとラッピングされているが、鼻を近づけて嗅いでみると甘い香りがする。
「んー。私の好きな香り。ありがとうございます」
「気に入ってもらえて良かった。俺も環の写真の横に赤いのを置いたんだ」
その言葉を聞いて、彼女の表情がぱあっと明るくなった。
「環さんとお揃いなんですね」
碧衣は自分が環と同じものをプレゼントされたことが嬉しかった。環に対して嫉妬もないし、彼女がかつていた場所に納まることを望んでもいない。
ただ、今日のように手を繋いで同じ景色を見て、共通の話題で笑い合えれば十分満足なのだ。だから、お揃いを贈るに値する女性として扱われて舞い上がってしまった。
そして直紀も、彼女が「環とお揃い」と言う表現を使う優しさに余計惹かれていった。
昼食後、再び手を繋いで公園内を散策しながら、タイから送ってきたピンクのガネーシャ像の意図を尋ねた。
「センゲツの神子様が『ワタシに似ていると思って送ってきたのだろうか』と不思議がっていましたよ」
それは事実なのでしっかり伝えると、碧衣が言い終わると同時に『まさか!』と覡が叫んだ。
『違います。誤解です。・・・巫様はとても美しい神子です。卵型のお顔にパッチリ大きな丸い瞳。そして美しく輝く腰までの黒髪。・・・あの像とは全く違います。・・・巫さまぁ~』
べそをかく覡を庇うように直紀が言葉を引き継いで説明する。
「あれを送ったのは、単に喜んでもらおうと思ったからなんだ。それ以外の意図はないよ。ピンクの像って見るだけで気分が明るくなるだろう?オンナミコ様がこっちに降りてきた経緯を聞いているから、天界に帰る日が近づいて不安になっているだろう、ってコイツが気にして…」
「センゲツの神子様、そういうことみたいですよ」
『ワタシを気遣ってくれたと言うのなら、礼を言わなければいけませんね。・・・それに覡から「美しい」と言われたらそれ以上何も言えません』
碧衣は自分と巫が持つモヤモヤが解決してスッキリした。
「そういえば、俺も如月さんも神子様たちの姿を見ることはできないんだよな」
そうなのだ。
碧衣も繊月の巫の姿を見れたらどれだけ良いだろう、と何度も思った。思い浮かべたこともあるが、途中でバランスが崩れてしまうのだ。かといって絵心がないので、容姿を訪ねながら描くことも出来ない。
それならば!!
「東条さんなら似顔絵を描くことはできませんか?・・・私が描くと多分、ピンクの…みたいになる可能性がゼロではないので」
絵姿でもあれば繊月の番が天界に帰っても懐かしむことができる。声は届かなくなっても語りかけることはできる。
「そうだな。俺も見てみたい」
そういう話の流れで、次の繊月の祈りも直紀のマンションですることが決まり、その日に似顔絵を描くことになった。
「センゲツの神子様にお会いできるのを楽しみにしています」




