思い出作り 5
俊介と話す気まずさはあるが、拒否する理由はない。
”家にいるから大丈夫だよ。”
そう返信すると、直ぐに着信音が鳴った。
「碧衣です。メッセージありがとう」
溜め息のような切ない吐息が彼女の耳に届いた。
「良かった。ほとぼりが冷めるまで話せないんじゃないかと思ったんだけど、渡米する前にどうしても碧衣ちゃんの声を聞きたかったんだ。・・・鳴き声が最後じゃ、プロポーズしたことをずっと後悔する羽目になっただろうから」
「私もわだかまりを残したままだと、次に会いにくくなるなぁ、って考えてたの。でも、私から連絡する勇気がなくて…。だから俊介くんからメッセージもらえて凄く嬉しかった」
「ホント?」
「うん。その上、こうやって話も出来てるし」
「じゃあ、思い切って電話して良かったんだ。ホントに声が聞きたかったからね。・・・むこうに行くの、ちょっと不安もあって」
「不安?」
「うん。俺は社会人になってまだ1年目だろう?それなのに選抜メンバーに名前が挙がって嬉しい反面、期待に応えられなかったらどうしようって。常に不安が頭にあるんだ」
実際、俊介が働く会社はまだ従業員数も少なく規模も小さい。そんな中でアメリカ行きのメンバーに選ばれたのだから、周囲のやっかみは当然考えられる。
常にホームの環境で周りから温かく接してもらっている碧衣には、彼の不安がどれ程のものか想像できない。
それでも、もうひとり、異国の地でスキルを磨こうとした今は亡き友人がいた。
「大丈夫。俊介くんにはその不安を弾き飛ばす程の実力があるよ。俊介くんと佳弥斗くんはいつも私の前を歩いて、逞しい背中を見せてくれてたじゃない!胸を張ってドーンとアメリカに乗り込んで行って!」
励まそうとした言葉が空回りしていると、彼女自身認識しているが、何か言ってあげたかった。もっとカッコよく励ませたら良いのだけど…と歯痒くなる。
すると電話の向こうから大きな笑い声が聞こえてきた。
「あはははは!なんか良くわからないけど、妙に元気と自信が湧いてきたよ。うん、頑張って来る。帰国したらまたみんなで集まろう」
明るく笑い合って会話を終われたことが嬉しかった。
ー俊介くん、ありがとう。そして、頑張って!
* * *
ERABLE HOTEL での仕事を終えて更衣室で着替えているとスマホの通知音が鳴った。昨日からタイに行っている直紀からだ。4月中旬にバンコクで開催されるジュエリーショーの会場の下見と打ち合わせだと聞いている。
「えっ、何??」
スマホを開くと画面いっぱいに金ピカの仏像の顔が現れた。
『ひゃあ!』
繊月の巫もそのインパクトの大きさに思わず奇声を上げた。
『な、何ですか、これは?』
金ピカ仏像のうっすら見開いた目に少し上がった口角。
(タイのバンコクで有名な涅槃寺の仏像ですね。これ、とても大きいんですよ。確か、50m近くあるんじゃなかったかしら)
その後もこの寺院の写真が数枚送られてきて、最後に「バンコクなう」と一言。碧衣は最後の一言には触れずに返信する。
”無事に到着されて安心しました。仏像の写真を見て、センゲツの神子様、叫びましたよ(笑)。もちろん私も盛大に笑わせてもらいました。この先もお気を付けて。”
そう返すと「笑わせたかったから、大成功だな」と為て遣ったりの文面が届いた。
あのクールな直紀が碧衣を喜ばそうと考えて送ったのだろう。その気配りが嬉しい。
送られてきた写真の中に、夕陽に染まる寺院をバックに彼が映っている1枚を、碧衣の「お気に入りフォルダ」に保存した。
一緒に行っているスタッフに撮ってもらったのだろう。タイトルが「ワット・アルン・ラーチャワララーム(暁の寺)」とある。寺院が川面に映り、とても幻想的な雰囲気を醸していた。
そしてそれは碧衣が手に入れた初めての直紀のプライベート写真である。
翌朝スマホを確認すると、夜中のうちに数枚の写真が届いていた。
”オトコミコがオンナミコ様にこれを送れと言うので送る。”
そう言って送られてきたのは真っピンクな「ピンクガネーシャ像」。
『覡はなぜワタシにこの写真を送るように言ったのでしょうか。この像に何か特別な意味があるのですか?・・・それとも覡の目にはワタシがこれに似ているのでしょうか』
碧衣は繊月の巫の姿を見たことがないが、恐らく似てないだろう。念のため聞いてみる。
(似ているのですか?)
『ワタシはピンク色ではないし、もう少し痩せている。そして、象ではない』
慌てて「ピンクガネーシャ像」を検索してみる。
(願いを3倍速で叶えてくれると言われているみたいです)
『願いを叶えてくれるのは嬉しいですね』
ー次に直紀に会ったら、この写真を送ってきた意図を聞いてみよう。
* * *
直紀がタイから帰国した次の日曜日、約束通りに出掛けた。
東京からJRで20分ほどの葛西臨海公園駅で下車すると、広大な敷地に水族園と鳥類園、そして大観覧車のある芝生広場が見える。
休日の午前中なので多少の混雑も予想していたが、思った程来場者は多くない。
「まずはあの観覧車に乗ろうか」
「そうですね。私は何度か来たことはあるんですが、いつも行列ができていて観覧車には乗ったことがないんです。今日は人出も少なそうですし、乗れそうですね」
手を繋いで目的の場所までゆっくり歩く。乗り場には数組が並んでいるが、規則正しく回転しているので、ほとんど待たずに乗れるだろう。
「待ち時間はなさそうですね。ラッキーです」
碧衣たちの前に並んでいる高校生くらいのカップルがスマホを見ながら、この大観覧車の情報を読み上げる。
「日本最大級の観覧車で、地上117mまで上がるんだって。それで1周17分…って長いねぇ。天気が良いと富士山も見えるらしいよ。今日はいい天気だから見えるんじゃない?」
「17分間も密室なんだ…」
「なに考えてるのよ~」
などと周りの目を気にすることなくイチャイチャしながら話しているのを有り難く聞かせてもらった。もちろん必要な情報だけ。
好きな男性と観覧車に乗ると言うシチュエーションに碧衣は、前のカップルと同じくらいテンションが高い状態になっている。
人生初である。
何度も漫画やドラマで見た「恋人とのデートあるある」だ。
暫く待つと碧衣たちのゴンドラが回って来て、17分間の空中遊覧に出発した。
前のカップルが話していた通り、富士山が綺麗に見える。おまけに先日上った東京タワーやスカイツリー、キラキラ輝く東京湾も一望できて観覧車に乗れたのは本当にラッキーだったね、とお互いに満足したのだった。
繊月の巫はこれほど大きな海を見るのが初めてで、『どこまで続いているのですか?』と覡に尋ね、『どこまでも続いているのですよ。もっと高い空から見るとその広さがよく分かります』と返事をもらっている。
繊月の番のやり取りを聞きながら、碧衣は自分の仕事範囲が狭い所為で巫にいろんなものを見せてやっていないことを申し訳なく思った。直紀の仕事の都合とはいえ、覡は新幹線にも飛行機にも乗っている。
巫は「気にしなくても良い。ワタシは存分にアオイのピアノを聴かせてもらっている」と言うが、2度とこちらの世界に来ることができないだろうから、1度は飛行機に乗る機会を作ろう、と東京湾を眺めながら決心したのだった。




