別れと決意 6
直紀は、碧衣が起きそうにないことを確かめてから、掛け布団から出した右手をそっと羽毛に触れるように握った。
(オンナミコ様。この前の話・・・俺の左眼と橘佳弥斗の魂の1部との関係についての話を聞かせてもらえるだろうか)
今のこのチャンスを逃す手はないと、直紀だけでなく繊月の番も思った。
『覡。ワタシから全て告げます』
繊月の巫のそのひと言で覡は理解した。ついに今夜、死刑宣告のような厳しい話をするのだ。
『はい、お任せします。・・・ナオキどの。何を聞かされても最後まで手を離さずに巫様の話を聞いてくださいね』
(ああ、約束する)
ー今から聞かされる話はこの手を離したくなる程重いのだろうか。
どれだけ重い話であろうと、碧衣が熟睡しているこのタイミングで聞かなければ、次の機会がいつ訪れるか分からない。
『ワタシたち神子が下界で存在できるのは354日間です。それまでに天界に帰らなければ、下界で消滅してしまうことは既に聞いていますね』
(ああ)
『ワタシは先代の繊月の覡を追って下界に降り、先代の覡と同じようにこの世界で消滅するつもりでした。消えることに不安も恐怖もありません。そしてワタシが消滅しても、アオイが再び死ぬことはありませんから、ワタシの覚悟だけの問題でした。・・・ところがナオキどのの光霊を抱いて繊月の覡がワタシを追って降りてきたのです。それもカヤトの魂の1部も・・・おそらく尻尾にでもくっ付けて持って来てしまったのでしょう。・・・ワタシは消滅する覚悟ができていましたが、追ってきた覡を消滅させるわけにはいきません。絶対に天界に帰さねばならないのです。・・・それには条件があるのです。まず、天界に帰るには番でなければ帰ることができません』
(そこまではオトコミコから聞いたよ)
『ナオキどのはワタシたちが天界に帰る方法も覡から聞きましたか?』
ー方法?
(方法なんて聞いたかな?)
直紀は覡から聞かされた話を思い出そうと記憶を辿るが、おそらく「方法」らしきことは聞いていない。
間が開く。
聞かされていない、ということはその「方法」とやらに、言いにくい話の核があるのだと推測できる。
碧衣の右手を握る手に汗が滲んできた。
『ワタシたちが天界に帰るために・・・帰る時に魂がひとつ要るのです』
タマシイ ガ ヒトツ イル ノ デス
直紀には意味が分からない。
(ちょっと待ってくれ。・・・ちょっと・・・まって・・・)
ここまでの話を直紀は必死に整理する。
今の直紀の混乱は当然、巫にも伝わっていて、たっぷり時間をかけて理解できるように静かに待った。
(354日以内に番で天界に帰らなければいけない。・・・そして、帰る時にタマシイがひとつ必要。・・・魂って「命」のことだよな。それがないと天界には帰れない。・・・天界に帰るために魂を差し出したら、つまり死ぬってことだよな)
ーああ、そういうことか。生き返れたのも魂がこの身体に戻ったからで、その魂が抜けるんだから、あのとき死んだのと同じになるってことか。
自分でも不思議なくらい冷静に受け止めている。
(オンナミコ様、魂は1つでいいんだな?)
『はい。1つです。その魂をワタシたち番で一緒に抱いて天界へ昇ります』
(俺の魂か、如月さんのか…だよな?)
巫から返事がない。
(違うのか?)
『ナオキどの、申し訳ありません。ワタシが使わせてもらいたい魂は…ナオキどの、アナタの魂です』
(如月さんに情が湧いてるからってことなのか?それとも彼女のほうが若いから生かせてやりたいのか?)
『そうではありません。ナオキどのの中にあるカヤトの魂のカケラも連れて帰らなければ、天界にいるカヤトの光霊がいつまでも浄化の門を潜ることができません』
ーなるほど。
(もし、俺たちが嫌だと言ったらどうするつもりなんだ。無理矢理奪って天界へ帰るのか?)
『ナオキどのとアオイが納得しなければ、ワタシと覡はあと5か月ほどで消滅します。無理矢理はありません。ただ、ナオキどのの中のカヤトの魂はナオキどのの寿命が尽きるまでい続けます。そして、ナオキどのの寿命が尽きた時、ナオキどのの魂と一緒に天界に昇ってくるでしょう。・・・それから、アオイの魂でワタシたちが天界に帰る場合も、カヤトの魂がナオキどのの中に残ります。・・・当然、ナオキどのには選ぶ権利があります。カヤトの魂のカケラがナオキどのの中にあるので、アオイより先にこのことを伝えるべきだと思っていました。・・・次の繊月の祈りの日に、アオイにも全てを伝えようと思っています。2人で話し合って決めてもらうのが良いでしょう』
* * *
碧衣が眠る客間を静かに出て、リビングのソファにドサッと腰を下ろす。
(なあ、魂を差し出すのはどう考えても俺…だよな)
左手でそっと左の瞼に触れ、「ここに居るんだろう?」と意識のない佳弥斗の魂に語りかける。
すっかり情が移ってしまった直紀の魂を使って天界に帰るという選択肢しかないのか、繊月の覡は考えて、考えて…そして、考えた。
ー自分はナオキどのの魂を奪うことに賛同できないし、巫様だってアオイどのの魂を奪うことに躊躇するだろう。どちらかの魂…どちらか?
その瞬間、目の前がぱぁっと明るくなる。
ーあるじゃないですか!あとひとつ!
覡が僅かな希望を閃き、直紀に叫ぶ。
『ナオキどの。もう1度巫様と話をさせてください。もしかしたら何とかなるかも知れません。アオイどのが目を覚ます前に、早く!』
覡の勢いに圧倒され、再び客間のドアを音を立てないように静かに開けて、碧衣がまだぐっすり眠っていることを確かめる。
彼女を起こさないように、鳥の羽が落ちるのを真似るようにそっとその手に触れた。
(大丈夫みたいだ。熟睡してる)
直紀からゴーサインをもらい、覡が口を開いた。
『巫様。もう1つの魂があるではないですか。カヤトどのの魂を使って天界に帰れば、ナオキどのもアオイどのも下界で生きていくことができます』
覡は興奮しているが、碧衣が目覚めないよう囁き声で、それでもはっきりと巫に訴える。
『カヤトどのの魂で天界に帰りましょう。それで全て上手くいくじゃないですか』
これ以上の妙案はないとばかりに胸を張っているのが、直樹にも伝わってくる。
(そんなことが可能なのか?)
暗闇に差し込む一条の光が見えた気がして直紀も冷静ではいられない。
ふーっと息を吐く巫。
『もちろん、それも考えましたよ』
弾む声の覡と直樹に対して、泰然自若としている巫だった。




