別れと決意 1
毎年、年明け初日の如月家は各々のスマホとパソコンに届く「新年おめでとう」のメッセージの整理と、父と兄宛に届く年賀状の分類から始まる。
大学関係者は去年の事故と佳弥斗の訃報を知っているので、重傷を負った碧衣には1通も届かなかった。
それでも23年間で知り合った人がいかに多いか、改めて認識させられる1日である。
大変なのは父と兄に届く大量の年賀状の仕分けだ。
父と兄だけでは到底間に合わず、碧衣と母も手分けしてどういう関係者から届いたのかに依って、会社名や人間関係のラベルが貼られた大きな菓子箱に、ひたすら振り分けていくという作業が行われる。
数日後には出版社宛に届いたこの数倍の年賀状が、担当編集者によって如月家に持ち込まれるので、それまでに片付けておかなければいけない。
「ひとりひとり思いを込めて送ってくれたのだから」と言って、父も兄も可能な限り返信したがるので、その宛名書きをパソコンに打ち込む作業に更に数日必要となる。
正月だからと言って家族揃って初詣に行くことも、正月番組を見ながらおせちを突くことも許されない。普段着で年賀状と格闘するのだ。
碧衣に届く新年の挨拶はほとんどがデジタル化されたものだが、2人に届くものは直筆文字が溢れているため、ひと言でも返したくなる気持ちも分かる。
特に兄が受け取る年賀状は幼児からのものが圧倒的に多いので、礼状もあまり気を使わないが、父のほうは「桜小路恭介」の人気が高いことによって、転売目的で返信を得ようとする輩が混じっているから厄介である。
過去にネットサイトで「桜小路恭介直筆年賀状」が出品されているのを碧衣の友人から教えられたとき、何とも言えない複雑な気分になった。
そのため、多少手間は増えるが、一筆の隣に送り主の名前をドーンと入れて書くことに決めたのだ。
正月三が日は家族4人でその作業を行い、その後松の内が終わるまでの間は出版社の担当者が応援に来てくれることになっている。
「今年はお兄ちゃんのファンからのが多いね」
昨年、忍に誕生日プレゼントで贈った新作絵本を発売したことろ、予想以上に反響があった。
それでその絵本に登場する幼虫やカラフルな蝶の絵を描いてくれた年賀状が目立つのだ。100mm×148mmという限られた用紙に子どもたちの思い思いの世界が広がっていて、それは旭陽の絵本作家として得た勲章であり宝物である。
碧衣はそれらにひとつひとつ目を通す。「ホントにどれも素敵だよね。色使いも私には思い付かないものばっかりだわ」と感心しきりだ。
そして半分近く見たところでスマホの通知音が鳴った。
「俊介くんからだわ」
クリスマスイヴからゲームショーの仕事でアメリカに滞在中の俊介からのメッセージは、10日に帰国するので15日に会いたい、という内容だった。
渡米する前日、プレゼントを持って来てくれたのだが、仕事を抜けて来たためにお茶を飲む時間すらなかった。その代わり、帰国したらゆっくり食事に行こうと約束していたので、碧衣は考える必要もなく「OK」のスタンプを返した。
”良かった。じゃあ、15日18時に高島田百貨店の銀の時計下で待ってる”
俊介が指定したのはステーションビル前の「銀の時計広場」と呼ばれている有名な待ち合わせスポットだった。
新橋駅前のSL広場のような感覚だが、銀の時計広場は駅ビル内にあるため、天候に左右されないので人気があるのだ。
その駅ビルに隣接するタワービルディングに高島田百貨店が入っている。わざわざ百貨店の名前を出したのは、その中のレストラン街で夕食を取ろう、ということなのだと理解する。
地下1階の銘店フロアには、彼の実家である「小倉堂」も出店していて親近感がある百貨店だ。
”了解です。気をつけて帰って来てね”
時差を考えると、向こうは真夜中だろうから返信は簡単なものにして終わった。
年始を家族と過ごした後、父と兄に贈られた歳暮と年賀の品々の中からワイン数本と栗やお多福の甘納豆の詰め合わせ、マドレーヌを貰って浜松町のマンションに戻った。
どれも次の繊月の祈りのときに直紀と食べようと思って持って帰って来たものだ。父の友人のワインソムリエが選んでくれたワインなので、直紀も気に入ってくれるだろう。
あれ程流れていた正月のBGMも消え、気が付けばすっかり日常の風景に戻っている。
碧衣も ERABLE HOTEL での仕事を再開して、直紀も21日から始まるブライダルフェアの準備に奔走する毎日だ。
今日も直紀は「TO-J」のスタッフである藤原を連れて高島田百貨店を訪れていた。
ブライダルフェアの会場になるため、搬入経路と来場者の動線の確認が目的である。5日後に催事場へショーケースと首トルソーが運び込まれ、期間内に催されるトークショーと相談会用のコーナーも同時に設営することになっている。それに用いるパーテーションも必要なのだが、それは百貨店側が用意することになった。
会場図面通りに配置し、ジュエリーの展示までを1日で終えなければいけない。
今回のイベントは「TO-J」単独開催なので、変更事項はほとんどなく段取り通り指示を出せる、とは言え人員も限られているため何度も会場を見に来られるわけではない。高島田百貨店の担当者と藤原を残して書類に不備がないか最終チェックを指示して、直紀は9階の催事フロアからエレベーターで地上1階に降りた。
夕方の百貨店は混雑している。仕事や外出帰りに総菜を買って帰る人が多いのだろう。
いつもの直紀ならデパ地下で弁当を買うのだが、年始に貰った「全国有名店カレー食べ比べセット」というレトルトカレーが食品庫に10食もあるので、今日はこのままマンションに帰ることにした。
エレベーターを降りて何気なく横を向いた時、2台向こうの昇りエレベーターに乗り込もうとする碧衣に気付く。
急いで声をかけるために数歩踏み出すと、彼女の背中に手を添える男性が寄り添っているのが見えた。彼女と同じくらいの年齢だろうか。えらく親しげに顔を見合って笑っている。
『アオイどのではないですか?』
繊月の覡も気付いたようだ。
(あ、ああ。・・・そうだな。一緒にいるのは誰だろう)
ー恋人は去年の事故で亡くなっている。その後にできた恋人?いや、誕生日もクリスマスも男性と会っていたとは聞いてない。
恐らく友人であろうが、直紀は自分の知らない男性と一緒にいる碧衣を見て全く面白くなかった。
彼女が男性と乗り込んだエレベーターは既に扉を閉じて上昇しているが、直紀はその場を動けずに閉じた扉と上階を示すランプを見つめていた。
『ナオキどの?』
覡の呼びかけに、ハッとして駅の改札を目指すべく身体を反転させて歩き出した。
繊月の祈りの日に手を繋ぎ、覡が求めればいつでも彼女に触れることができる。彼女に触れることを許されているのは自分だけだといつの間にか思い込み、自分がその1番身近で親密だと自惚れていたことに気付く。
何よりも、心に神子を宿すという特殊な秘密を共有しているため、彼女にとって自分は「特別」なのだと勘違いしたのか。
その秘密も神子が天界に帰ればそこで終わりなのに。彼女に触れる理由もチャンスもなくなってしまうというのに。
ーあの男性のほうが歳も近いし、彼女に似合っているのかも知れない。
今更に10歳以上離れた自分が惨めに感じたのだった。
久しく覚えた嫉妬心を処理できないまま、オフィスに戻るために電車に乗った。




