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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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直紀 事故前 1

 来月21日から3日間開催予定のフェアの事前打ち合わせを、会場となる都内のホテルで4時間ほど行った後、東条(とうじょう)直紀(なおき)は地下駐車場に預けた三又槍のエンブレムを鼻先に付けた高級外車に乗り込んだ。

 180㎝近くの贅肉のない引き締まった体躯をサッビアレザーのシートに深く沈め、両手をハンドルに置いて、それに額を乗せる。


 有名デザイナーのブライダルコスチュームとのコラボは久しぶりであったが、顧客を新たに獲得するためには絶対に成功させたいイベントである。そのために新作ジュエリーを数多く作っているのだ。

 いつもなら今回のような胸を躍らせる企画の打ち合わせで疲れを感じるようなことはなかったが、ここ最近のイライラと寝不足で心も身体も疲弊していた。


 直ぐにエンジンを始動させることなく暫くそのままでいると、直紀の前を通り過ぎる車のヘッドライトにビアンコアルピの車体が照らされて虚ろな瞳で顔を上げる。


 左手薬指に嵌められた七宝焼きの花弁を埋め込んだプラチナリングは直紀がデザインしたものである。5年前、29歳の直紀が4歳年下の(たまき)の前に膝をついて「結婚しよう」と贈ったピンクダイヤモンドの指輪も直紀のデザインだった。


 環は大学を卒業して、直紀のジュエリー制作会社「TO-J」にアシスタント見習いとして就職してきた。

 成人の祝いで両親から「TO-J」ブランドのエメラルドピアスを贈られたときから直紀のジュエリーに惹かれ、就職は「TO-J」という強い希望が叶ったのだ。

 肩甲骨より短くしたことがないという環の髪は入社当初から腰の位置まで伸ばし、おさげ三つ編みにして、彼女が走るたび、振り返るたびにくるんくるんと踊るさまがとても可愛かった。


「私も東条社長のようなジュエリーデザイナーになりたい」


 環は素直で真面目、スタッフたちからの評価も高く、仕事態度も満足できるものだったため、直紀は忙しい仕事の合間や休日を使って指導した。そして乾いたスポンジが水を吸うが如くぐんぐん成長し、3年経つ頃には直紀の正式なアシスタントとしてクライアントとの打ち合わせや商談にも同行できるレベルに達していた。


ー惚れたのは俺のほうが先だよな。


 1点1点作品が完成するたびに瞳を輝かせて、「幸せを届けてくださいね」とジュエリーケースに入れながら語りかけ始めたのを、スタッフ一同温かく見ていたが、気が付けばいつの間にかそれが験を担ぐ儀式のようになっていた。


 環は色白で鼻筋が通り、くりくりした大きな眼が特長で、ニコッと笑うと右頬にだけえくぼが出来る。本人は片方だけのえくぼが気に入らない様子だが、直紀はそのくっきりできる窪みが大好きだった。

 ジュエリーの発表会や展示会に彼女を同行させると、後日、必ず環宛てにメールが届く。その殆どが食事の誘いであった。環はそれらを喜ぶでも困惑するでもなく、誰にも相談せず事務的に断りの返信をしていた。

 直紀は環から好意を寄せられていると早くから自覚していたので、昨日今日現れたような新参者に彼女を搔っ攫われる前に、「好きだ」と交際を申し込んだのだ。

 満面の笑みで右頬にえくぼを作って、「私も好きです」と色好い返事をもらうと、時を置かずして直紀の部屋で躰を重ねた。


 精神も肉体も結ばれると、ジュエリーのデザインにもシナジー効果が現れ、「TO-J」の作品がブライダル情報誌や飛行機の機内雑誌、百貨店のギフトカタログなどに採り上げられ始めたのである。

 そして大ヒットした恋愛ドラマのプロポーズシーンで採用されたことで「愛する人に贈るジュエリー」として一気に若者層に知れ渡るようになった。


 環が隣にいることが直紀にとっての当然であり必然であった。「もう離れられないし、離したくない」との想いが身を焦がし、ピンクダイヤモンドの指輪を手にして彼女の前に跪いて嬉し涙を零させた。


 結婚式は、親戚と身内同然のつきあいをしている友人だけを招待して皇居外苑を望む東京駅前の名門ホテルで挙げた。

 アーチ状のガラス天井から燦々と降り注ぐ光を浴びて、永遠の愛を誓ったチャペルでの挙式とは別に、招待客からの祝辞と緊張を含んだ笑顔に包まれた披露宴。

 「TO-J」の顧客には芸能人や上場企業の役員夫婦、政治家などもいるため、結婚式と結婚披露パーティーを分けて執り行ったのは正解だったと思う。結婚式ではアットホームな温かい雰囲気だったのに対し、披露パーティーは堅苦しく、招待客同士で名刺の飛び交う異業種交流の場にもなり、環も緊張の連続だった。

 結婚式も披露パーティーも同じホテルを選んだのは、環が学生時代から「結婚式はこのホテルで挙げるのが夢」と憧れを持っており、直紀も迷わずその夢を叶えてやらなければ…と思ったからであった。


「結婚記念日には、このホテルでディナーを食べよう」


 そう約束して、手配する役を直紀が引き受けた。

 リビングのカレンダーには毎年7月7日の記念日に真っ赤なハートマークが環によって書かれていて、勿論、今年も早々とその日には真っ赤なハートマークが最重要予定として書かれたのだった。


 結婚記念日の2日前から直紀は商談で北海道に出張することになっていたため、当日はホテルで会おうと決めていた。帰宅するのを待っていたら、予約した時間に間に合わない。


 ディナーの予約は午後6時だが、直紀が到着したのは10分前だった。先に環が来ているだろうとレストランに向かうがまだ姿はない。


「自分のほうが早かったか。それとも何か仕事が入ってきたのかな?」


 6時を過ぎても環は来ない。

 スマホを見ても着信履歴もメールも入っていない。

 直紀はバッグからタブレットを取り出して彼女のスケジュールを確認する。スケジュールは環と共有しているので、予定が変更されたり追加された場合、すぐにお互いが把握できるようになっているのだ。

 午前中、宝石バイヤーの店に行く仕事が入っているだけで変更はない。

 その宝石バイヤーとは何度も取り引きをしていて、今回はメレーダイヤモンドと呼ばれる小粒のダイヤモンドとイエローサファイアの原石の買い付けを依頼しており、今日はそのうちメレーダイヤモンドの受け取りのみで、時間がかかるような仕事ではない。仮に不都合が生じたならば、アシスタントとは言え環では対応できないので、直接直紀に連絡がくるはずである。


 環は少しでも遅れるときは必ず連絡してくる。


 今日は結婚記念のイベントで彼女も楽しみにしていた。それなのに電話もメールもなく来ないという現状に、次第に不安が過った。

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