募る想い 6
ここ数日、ほとんど食事を取れていない友香里に休んでもらいたくて、直紀と碧衣は体調が良くなったらまた来ると告げて安達家を後にした。
そして雅孝と友香里も、これ以上十分な持て成しが出来そうにないと判断して引き留めたりはしなかった。
碧衣は初めての誕生日を迎えた忍と、ぬいぐるみやボールで遊べただけで十分だったのに、抱っこをせがまれたり、おやつを食べさせてと頼まれたりして大満足だった。
「忍くん、本当に可愛いですね。ほっぺたがプクプクで大福みたいでした」
ーいつか私もあんな子ども欲しいな。
「そういえば」
思い出したように直紀が次の繊月の祈りの話を振ってきた。
「次に会うのは29日だよね」
「はい。その日は仕事がお休みなので1日中フリーですから、東条さんの都合が良い時間を仰ってください」
ERABLE HOTEL の年末年始はロビーラウンジも正月仕様の飾り付けが施され、グランドピアノが置かれているステージは巨大な門松と生け花に変わるため、ピアノ演奏はなく館内の正月用BGMが雰囲気を醸し出すようになっているのだ。
「それじゃあ昼を外で食べて、俺のマンションで祈るっていうのはどうかな?」
「はい。・・・えっ?」
想定外の提案に思わず聞き返してしまった。
「この前は如月さんのマンションで祈ったから、次は俺のほうかな、って。それと、明るい時間帯から祈るから気を使わなくていいだろう」
なるほど、である。前に碧衣が「センゲツの神子様たちがいるから大丈夫」と言ったのと同じ意味だろう。
碧衣の希望で銀座駅近くのラーメン店で食べてから、直紀のマンションに行くことと、このラーメンの代金は碧衣が払うことがあっさり決まった。ここは直紀も碧衣の顔を立ててくれる。
「東京グルメガイド」にも掲載され、常にランキング上位の店で、1度は食べてみたいと思っていたものの、ラーメン店に碧衣1人で入る勇気がなかったのである。それを話すと直紀は「うちのスタッフも1人で入店するし、そもそも女性1人なんて珍しくないから、恥ずかしがらずにどんどん入れば良い」と言ってくれた。
そのうえで「そんなに人気店なら、俺も食べてみたいから昼食はそこにしよう」となったのだ。
当日銀座で待ち合わせ、30分ほど並んだが、お目当てのラーメンを美味しく食べることができた。人気店で、しかも年末に30分並んだだけで店に入れたのはとてもラッキーだったようで、2人が店を出るときは物凄い列の長さになっていた。それを見て「運が良かったですね」と他人には聞こえないように囁き合ったのだった。
その後は寄り道せずに直紀のマンションに向かった。
年末の都内は人でごった返し、1駅移動のために乗った電車も通勤事と変わらない込み具合だ。
今日は降って来るものがあれば間違いなく雪だろう、と思えるほど寒くマンションのエントランスに着くとその暖かさでホッとしたのだった。
コンシェルジェと「今日は一段と冷えますね」など、2.、3言葉を交わしてからエレベーターで最上階まで一気に上がる。
「このマンションは5階までがオフィス用になっていて、俺のオフィスもそこにあるんだ」
それを聞くと、今日のように寒い日は通勤が楽で羨ましいと思ってしまった。
「エレベーターでの会社往復だから運動不足も甚だしいんだけど、悪天候の日は良いよ」
碧衣の心を見透かされたようで、「ですよね」と笑った。。
最上階から見る景色は「贅沢」の一言に尽きる。高層ビルやホテルのレストランから見るような眺望を自宅に居ながら常時味わうなど、セレブたちの世界である。
「東京タワーが見えるんですね」
ガラス張りの窓際に立って、眼下に広がる都心の流れを楽しんでいる碧衣を、直紀はコーヒーミルで豆を挽きながら見ている。
「そう。会社は事業が軌道に乗った頃から5階にあったんだけど、この部屋が売りに出された時に環がこの眺めを気に入って即買いしたんだ。季節ごとに色を変えてライトアップされる東京タワーを見るのが特に好きだった」
直紀の声に振り返って、壁側に置かれたキャビネットの上の写真に気付く。それに引き寄せられるように近づいて、にこやかに笑う環の顔に見入った。
色白で鼻筋が通り、ぱっちりした大きな眼をした美しい女性がそこに写っている。腰の辺りまで伸ばしている黒髪が肌をより白く見せていた。
「この方が環さんですね」
「ああ。今でもたまに玄関から『ただいま』って帰って来るような気がするよ。随分気持ちは落ち着いたんだけどね」
ーこんなに綺麗な女性を失って、立ち直るのは難しいよね。
キャビネットの上には環の写真立てと、ブレスレットなのか数珠なのか、デザイン画も置かれてある。
「環さんのアクセサリーのデザインですか?」
彼女の写真と共に置かれているのでそう思ったのだ。
ー作る予定だった物だろうか?
「それは環の遺骨の1部を使って作るメモリアルアクセサリーのデザイン画なんだ。今、ヨーロッパでダイヤモンドにしてもらってる」
「メモリアルアクセサリー」というのを碧衣は聞いたことがない。
「ご遺骨からダイヤモンドって作れるんですか?」
「うん。どちらも成分は同じだからね。因みに髪の毛からでも作れるんだよ。・・・原石にしてもらって、雅さんに仕上げてもらうことになってるんだ」
「そうだったんですね。いつも身に着けられると心が落ち着きますもんね」
碧衣は好きな人と早くに死別してしまって想いを断ち切れないときは、こうやって装身具にするのは「アリ」だと思った。遺骨を全部墓に埋葬してしまうと、遠方ならなかなかお参りに行けない。
その点、数珠にすれば一緒にいられるわけだから。
「おれの我が儘なんだけどね。気持ちの整理がつくまでは傍に置きたいんだ。・・・魂はとっくに門を潜ってるだろうけど…」
そう。碧衣と直紀は知っている。
遺骨を傍に置いて慰めに使っても、そこに魂は存在しないことを。抜け殻であっても、形のあるものと生活したいと思うのは自己満足かも知れない。
「我が儘でもいいじゃないですか。魂がそこにいなくても、そのダイヤモンドは正真正銘、奥様です」
「君にそう言ってもらうと、なんだか安心できる」
碧衣は思い出したように言う。
「そうですよね。環さんと佳弥斗くんはもう門を潜ってトンネルを抜けてるかもしれないですね。もしかしたら、もう生まれ変わってたりして…」
希望を持ってそう発言する彼女に、直紀と繊月の番は相槌も返答もできない。
なぜなら環の光霊は確実に門を潜ったが、佳弥斗の光霊の1部は碧衣の目の前にいる男の体内にあるのだから。
この話を長引かせるのは不味いと考えた直紀が「チーズケーキを食べよう。こっちにおいで」とキャビネットから碧衣の興味をおやつに移した。
「クリスマスは仕事だったんだよね」
直紀は話題の変え方が不自然でなかったことに安堵した。
「はい。イブもクリスマス当日も昼間だけですがお仕事でした」
碧衣は、ERABLE HOTEL のクリスマスを思い返す。
いつもよりキラキラしたお姫様のようなドレスを着て、クリスマスメドレーを弾くのだが、いつもは閉じているグランドピアノの屋根を開けてロビー中に響くようにするのだ。そしてピアニストから正面に見える位置に大きなクリスマスツリーがある。
11月から約2か月飾られているのツリーはたった2日間ーイブと当日ーだけLEDが光る。クリスマス期間中はロビーラウンジが「チョコレートビュッフェ」の会場となるため、一般客は遠巻きの見学のみとなって残念がる客も多かった。
その様子をチーズケーキを食べながら直紀に伝えたのだった。




