募る想い 4
碧衣は繊月の巫とクリスマスツリーを堪能してから、地下フロアの食品街を歩き回り、最終的に果汁100%ゼリーの詰め合わせを選んだ。
忍が食べても大丈夫な物、というのが絶対的な選考基準である。つぶつぶ果肉入りだから喉に詰まることはないと思うが、念のため店員に確認する。大人が考える以上に幼児の喉は細く、びっくりするほど簡単に詰まらせてしまうので十分気を配る必要がある。
そのことをニュースで聞いて以来「〇歳の子どもにも安全ですか」と遠慮せず尋ねるようにしているのだ。
目当ての品を購入できたので、後は自分の部屋に飾る雑貨を探しに10階の催事場に上がった。このフロアは平日でもさすがに混雑している。
クリスマスマーケットの雰囲気で、見て回るだけでも十分楽しいのだが、そこは百貨店である。購買意欲をしっかり掻き立てられる仕組みになっている。
碧衣も興味を引かれたものを手に取って吟味していく。
そして目を奪われたものが陶磁器のクリスマスツリーだった。20㎝くらいの高さで中が空洞になっている。台とツリーが分離するようになっていて、台の窪みにキャンドルを立てて火を灯し、ツリーに開けられた穴から炎が見えるようデザインされている品物だ。展示してあるものには安全上キャンドルの代わりに電球を仕込んである。
(センゲツの神子様。これは素敵じゃないですか?)
天界には蝋燭が無数にあって、とても幻想的だと聞かせてもらったことがあるので、少しでも懐かしく思ってもらえたら、と考えたのだ。
『これを部屋に飾るのですか?』
(はい。この穴から今は電気の光が見えていますが、本当は蝋燭を立てて、その炎が見えるんです)
巫にもよく見えるように碧衣がツリーの穴から漏れる電気の光を覗く。
『蝋燭を立ててくれるのですね』
(こちらの世界では、親しい人にクリスマスプレゼントを贈る習慣があるんです。だから私はセンゲツの神子様に贈ろうと思います)
『贈り物については天界に昇って来た光霊の記憶で少し知っています。記念日や節目の日に贈り物をするのですよね。下界に降りてそれが嬉しいことだと知りました。だからアオイはナオキから誕生日プレゼントを貰った時に喜んだのですよね』
繊月の巫にはクリスマスや正月などの行事があることを説明してあった。
(はい。クリスマスプレゼントとして蝋燭の炎を受け取ってください)
『プレゼント…』
神子として生まれ、初めて貰った「プレゼント」である。物を贈られることがこれ程胸が熱く、嬉しいものだとは。
『ありがとう、アオイ』
碧衣には見えないが、巫は左手の甲に右手を当てがって胸に置き膝を折る、という最上級の祈りの姿勢で感謝の気持ちを伝えていた。
碧衣は店員にそのクリスマスツリーを2個包んでもらった。
(もうひとつはペンダントのお礼も込めて東条さんとオトコミコ様に)
繊月の巫がこれ程喜んでくれたのだから、良い選択だと確信する。
『ワタシたち神子にとって、蝋燭の炎は特別なのです。寿命500年の間、ワタシたちは天界でその灯火と共に過ごしています。神子は下界の人間のような肉体を持っていません。人間と同じような形をした霊体なのです。大御神から生を受けたときは神子としての知識は戴いていますが、門を潜る前の光霊から洩れ出す様々な感情と記憶で、ワタシたちも純粋な心で祈ることが難しくなります。当番日の祈りの後は藍緑色ーアクアマリンと同じような緑と青の中間色で透明感があるーの蝋燭が灯る清浄の間で心を清めますが、当番日以外の日も少しずつ心に染みついてしまうです。清浄の間には基本的に当番が終わった後にしか入れません。ですから、ほとんどの時間を過ごす門の広場にある白い蝋燭の炎に清めてもらいます。清浄の間の蝋燭ほどではありませんが、それでも随分心が楽になります。・・・そういうわけで、ワタシたち神子にとって蝋燭の炎は大切な灯火なのです』
繊月の覡も必ず嬉々としてプレゼントを受け取りますよ、と付け加えた。
(では家に帰ったら早速灯しましょうね)
手土産のゼリーとクリスマスプレゼントのキャンドルホルダーが入った百貨店の紙袋を持って、満ち足りた気分で家路を急いだ。
* * *
誕生日会当日、少し余裕を持って駐車場に行くと、既にアルファレッドのイタリア車が停まっていた。車の横に立つ直紀を見つけ、碧衣は小走りで駆け寄って「待たせてしまいました?」と挨拶に続けて聞いた。
「君を待たせたくなくて、少し早く家を出たから、ちょっと早く着いたんだ。大丈夫、ほとんど待ってないから」
直紀は助手席側に回り、ドアを開けてくれる。こうやって自然に振る舞えるのは、多分奥様にもこうやってきたからだろうなぁ、と感心した。
「ありがとうございます」
助手席に乗り込んで、直紀が運転席に収まると早速キャンドルホルダーが入った紙袋を差し出した。
「これ、パールのペンダントのお礼も含めて、東条さんとオトコミコ様へのクリスマスプレゼントです。ちょっと早いですけど…」
直紀が紙袋の中を覗いて「オトコミコにも?」と不思議そうに尋ねる。
『アオイ。覡と話をさせてください』
車を発進させる前に「センゲツの神子様がオトコミコ様と話をしたいと言ってるから」と言って、運転席と助手席の間に備え付けてあるコンソールボックスに乗せている直紀の手に触れた。その瞬間、繊月の番が繋がる。
『覡よ。アオイから贈られた「クリスマスプレゼント」は、ワタシたちにとってはとても特別なものですから、楽しみにしていると良いですよ…ふふっ』
『巫様は知っているのですね。何ですか?教えてくださいよ』
『ワタシが今教えてしまうと、包みを開ける楽しみが半減するではないですか。・・・アオイ、手を離してください』
巫は覡に謎を残して楽しんでいる。
「俺とオトコミコの両方が楽しめる品か…何だろう」
膝の上に置いた紙袋を再度覗いてから碧衣の顔を窺うが、ニコッと微笑まれただけで、やはり種明かしをするつもりはないようである。ただ、「ワレモノなので、丁重に扱ってください」というヒントは得た。
既に手を離しているので碧衣には聞えないのだが、覡は「神子のワタシが楽しめる品とは何でしょうかね」と小声で宿主に問いかける。
(さっぱりだ。・・・よし、帰ったら真っ先に開けるぞ)
秘密のプレゼントを大事そうに後部座席に鎮座させて車を発進させた。
車内で碧衣は先日の南急ホテルの宿泊費を払ってもらった礼を伝える。
「朝早くチェックアウトされたのですね。今度こそ一緒に朝食を、と思ったのですが…」
「すまない。実は泊ってないんだ」
「えっ?」
これは意外なことだ。繊月の祈りの日は日付けが変わる頃まで碧衣の客室で繊月の番と共に話をし、その後別れてすぐシャワーを浴びて寝てしまった。彼が泊まらずに帰ったのなら朝会えるはずがない。
直紀が申し訳なさそうに帰った理由を明かす。
「年末年始はイベントが立て続けにあるものだから、あの日も深夜家に帰って、空が白むまで仕事をしなきゃいけなかったんだよ。直前までは泊まるつもりだったんだ。それなのに、家にある資料を探しながらチェックする案件が入ってきたから…」
「あっ…そうでしたか…」
碧衣は悶々としていた気持ちがサーッと音を立てて引いていくのを感じていた。
彼がホテルから夜のうちに帰ったとしても、メッセージがもらえなかったことに変わりはないが、朝、会おうと思えば会えるにも拘わらず黙って帰るのと、深夜、仕事のために黙って帰るのとでは雲泥の差がある。
少なくとも碧衣にとっては大きな違いがあった。
碧衣は膝の上に重ねた自分の手を見ながら「そうなんだ」とか「そうだったんだ」とか隣でハンドルを握る彼に聞こえないような声でぶつぶつ呟いている。
その声は心なしか弾んでいた。
恋だの憧れだのと悩んだ過日を一旦横に置いて、「お誕生日会、楽しみですね」と相好を崩したまま前方に目を遣ったのだった。




