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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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募る想い 2

 いつも通り互いの左手を握ってピンクのシュシュで固定すると、否応なしに直紀が嵌めている薬指の結婚指輪が目に入ってくる。今は亡き妻からの警告が碧衣を冷静にしてくれた。

 まだ1歩も踏み出してないのだから今のままで良い。

 直紀に対する気持ちは、少女が大人の男性に憧れるという少女漫画そのままである。流行り病を患ったようなものだから、病が治ったらそれで終わり。

 碧衣は静かに目を閉じて、繊月の番の美しい祈りの声に集中して数時間だけだった恋人の幸せをいつものように願う。


(佳弥斗くん。あなたは今、トンネルのどの辺りにいるのですか?)


 佳弥斗に届くようにいつもより強く祈ると、直紀の左眼が再び熱を帯び、眼底が痛んだ。


「うっ」


 直紀は眉間に皺を寄せて右手で熱い左眼を押さえる。彼に碧衣の心の声は聞こえないが、左眼が反応しているということは彼女が佳弥斗への想いを乗せて祈っていることを表しているのだ。

 記憶も意識もない魂のカケラが彼女の祈りに応えている。

 碧衣が直紀の結婚指輪で引き返せるように、彼も自身の左眼がちゃんと現実を教えてくれた。


ー無意識に環のいない寂しさを、自分に懐き始めた若い女性で紛らそうとしたのか?だとしたら最低だな。


 繋いでいる色白で細い指を見て、神子が天界へ帰った後、次の恋が始まるのを見届けたいと思った。どんな男と恋をするのか、それを確かめるくらいは許されるだろう。

 自分の中にある佳弥斗の魂がちゃんと幸せになれるよう、そして碧衣も幸せな恋ができるよう、今夜の直紀は多くを祈ったのだった。


 繊月の巫と覡はそれぞれの宿主の心の変化を既に感じ取っている。

 そもそも彼らの心の声は神子たちに筒抜けであるが、神子が宿主に必要以上の話しかけをしないため、「神子に聞かれている」という感覚が徐々に鈍っているのだ。

 それと同時に「神子になら聞かれても構わない」という信頼も育っていた。


 本日の祈りも無事に終えた。

 本来なら天界で1日中祈っているはずだが、こうして数時間でも番で祈ることが出来て神子も慰め程度に気持ちが楽になっている。

 天界に帰っても、再び繊月の番としてあの門の前で祈りを捧げることを許されるか定かではないが、役目を解かれるその瞬間まで、責任を少しでも果たそう、と巫は改めて大御神に誓った。



「今日は疲れてない?」


 いきなり不躾な言い方になってしまい、直紀は内心焦った。


「前回、うたた寝をしてしまって申し訳なかったです。ですが、今日は昼間のお仕事だけでしたから、体調は万全でちっとも眠くありません」


 そう言って右手でガッツポーズをして見せた。


ーいやいや、今日も眠ってもらって構わない。・・・寧ろ寝て欲しいんだが…。


 直紀は「それは良かった」と笑ったが、心の内を明かせるはずもなく、今夜は繊月の巫の話を聞くのは無理だな、と諦めたのだった。

 彼女には悪いと思いつつ、少しでも自分の左眼に関することを聞きたいがために今夜のシャンパンはほんの少しアルコールの入ったものを選んでいた。

 もしかすると碧衣はアルコールに強いのか?と思って訪ねると、「いいえ。少しでもすぐに酔って赤くなります」という返答。強くないのなら彼女にしんどい思いをさせるだけに、あまりキツイ酒を勧めたくない。


ーまた別の方法を考えよう。

『今日は残念でした』


 繊月の覡も巫から前回途中になってしまった話の続きを聞きたかったので、先送りになったのは残念だった。


「そうだ、安達夫妻から来月14日の忍くんの誕生日会に如月さんも来ませんか、って言い付かってきたんだけど都合悪い?」


 忍の名前を聞いて碧衣が目を輝かせる。


「何曜日ですか?」

「日曜日」

「行きたいです!是非行かせてください」

ーあの絵本を渡すにはピッタリの状況よね。


 頭に浮かんだのは、兄のサイン入り絵本である。直紀に頼んでも良かったのだが、できれば忍に自分から手渡したかったので、誕生日会は最良のタイミングである。


「じゃあ、11時にマンションい迎えに行くよ」

「はい、よろしくお願いします」


 2週間後にまた直紀に会える。そう思うと今から楽しみで仕方ない。微かに紅が差すほどに心が躍る。

 この気持ちが恋なのか憧れなのか判別できない。ただはっきりしているのは佳弥斗に抱いた気持ちとは違うということ。

 繋いだ手を通して覡にも碧衣の揺れる心情が伝わってくる。

 碧衣も直紀も愛しい人を失ってまだ日が浅い。そのために次の恋を始める勇気がない。恐らく「自分だけが新たな恋をする」ことに対して罪悪感があるのだろう。

 足踏みせず「心の向くままに進んでも良いのです」と背中を押してやりたい。決して間違った恋でも、咎められる恋でもないのだから。

 碧衣も直紀も幸せになって良いのだと巫と覡は言ってやりたいのだ。が、それを言えないワケがある。

 決して間違った恋ではないが、悲しい恋になるかも知れない。繊月の番が天界に帰るために、どちらかの魂、つまり命を差し出してもらわなければならない。そして、その役目は直紀であろう。

 なぜならば彼の中には一緒に連れて帰らなければならない佳弥斗の魂のカケラがあるからだ。


 残り7か月余りの期限付きの恋が幸せと言えるのか?


          *          *          *


 翌朝、碧衣がホテルで目覚めて隣の客室を覗くと既に直紀の姿はなかった。「やっぱり…」と思いつつ、「おはよう」くらい言って欲しかったと胸が痛んだ。


(結局、東条さんは大人で、祈りの日が続く間だけのつき合いだと割り切ってるのよね。そういうことでしょ?)


 自分の客室に戻ると、やり場のないイライラを枕にグーパンチをして、「神子様だって…」と全く意味のない言葉を吐く。何度かグーパンチを繰り返すと、落胆を不機嫌に変換して巫に当てつける幼稚な自分が嫌になった。


(センゲツの神子様、ごめんなさい。神子様に当たるなんて筋違いもいいところですよね)

『アオイは寂しいのですね。祈りの度に手を繋がなければいけないのは辛いですか?アオイが苦しいなら、繊月の覡とは別々の場所で…』

(それは駄目!)


 繊月の巫の申し出を即座に却下する。


(お願いします。どうかこのまま…このまま続けさせてください)


 両手で顔を覆って俯き、大きくゆっくり呼吸をして気分を鎮めようと努めた。


(でも佳弥斗くんに悪い。環さんにも申し訳が立たない)


 碧衣は顔を覆ったまま心の中で何度も、何度も、何度もその言葉を零した。その姿は罪を犯した者が罰を受けて反省文を暗唱させられているようだ。

 繊月の巫は彼女の煩悶しながら漏らす言葉を何も言わず聞いてやった。

 巫にも碧衣がどの時点で直紀に対する感情が恋に変わったのか分からない。そもそも恋慕事に疎い神子に、碧衣の心情の移り変わりを汲み取ってアドバイスするという難易度の高い芸当は出来ないのである。

 それでも彼女の幸せを願い、自分が彼女の中にいる間は何とか力になりたいと思っている。

 そして碧衣が苦しい思いを吐き出し続けている間、繊月の巫はずっと「碧衣が幸せでありますように」と跪いて祈っていたのだった。

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