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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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碧衣のキモチ 8

 ロビーラウンジの光量が通常モードに戻されるのを待って、碧衣が小走りで直紀の元に来た。


「来てくれたんですね。スーツ姿見るの、初めてで…素敵です」


 思わず口に出してしまい、羞恥を隠すために俯いた。


「この後、何か約束ある?」

「いえ、何もないです」


 もしかしたら直紀が誘ってくれるかも…と期待して即答する。上目遣いで彼の表情を窺うと、期待通りになりそうな予感の直視が向けられていた。


「上のバーで少し飲まない?」


 直紀が人差し指で「上」を指す。それはこのホテル最上階にある「クリスマスにプロポーズすれば100%成就する」という都市伝説付きのバーラウンジのことだ。

 今日はクリスマスでもないし、元より恋人関係ではないのだから意識するのがおかしいのだが…。


「飲みます。着替えてきますね」


 言い終わらないうちにオールドローズのドレスを翻して更衣室に急いだ。


ー良かった。今日はジャガード素材のワンピースにジャケットだからスーツ姿の東条さんと並んでも恥ずかしくないわ。


 鏡でメイクを直し、くるりと回って服装チェックすると、直紀の待つロビーラウンジに早歩きで向かう。

 今夜は1人で過ごすのは寂しいと思っていたので、直紀が誘ってくれたことが嬉しかった。


 40階からの夜景は素晴らしいの一声に尽きる。他にも高層ビルは建ち並んでいるが、このバーラウンジからの景色の中にそれらが映り込むことはない。

 邪魔をするものはない、という意味でも「100%プロポーズ成功」の伝説作りに一役買っているのだろう。実際この夜景をバックに、パカッとリングケースを開けられて跪かれたら首を横に振れるのか…そんな選択肢はないのだと錯覚しそうだ。


 直紀は夜景がよく見えるほうの椅子を碧衣のために引く。そして注文を聞きに来たウエイターにノンアルコールのシャンパンとガトーショコラを頼んだ。その注文に碧衣は「ガトーショコラ…ケーキよね?」と不思議に思ったのだった。


「今日の演奏も素晴らしかった。好きな曲が続いて、2時間があっという間だったよ」

「ありがとうございます。何種類もレパートリーはあるのですが、東条さんが来てくれたのが見えたので、1番お客様の評判が良いのを選びました。楽しんでいただけたのなら良かったです」

「うん。楽しかったよ。また時間を作って聴きに来る」

「そのときはリクエストを事前に送ってください。できる限りご希望に応えますよ」

「それは贅沢だな。考えておくよ」


 そんな会話を続けていると、シャンパンとガトーショコラが運ばれてきて、シャンパングラスにロゼの液体が注がれた。ケーキは碧衣の前に。


「お誕生日おめでとう」


 そう言って直紀がシャンパングラスを持ち上げる。


「えっ、どうして?」


 予想外の出来事に頭が追い付かず目を瞬かせる。


「1番初めのメールで自己紹介に書いてあった」


 そう言えば…と心に浮かんだが、最初から下心があったと勘違いされたくなくて惚ける。


「私、書きましたっけ…。でも、覚えてくれてたんですね。嬉しいです。ありがとうございます。・・・あ、それで、このケーキ」


 目の前に置かれたガトーショコラの意味が分かった。


「ノンアルコールだけど、このシャンパンにはビターチョコが合うんだ」


 碧衣は表面の艶々したチョコレートコーティングをフォークでパリッと割って、そのまま1口パクリ。


「美味しい…」


 さすが高級ホテルの最上階ラウンジで提供されているケーキだ。ほんのりリユールも香ってシャンパンと合うという意味が、アルコールに詳しくない碧衣にも分かる。

 その様子を満足げに眺めてから、直紀は胸ポケットに忍ばせていた四角いフェザーケースを取り出してガトーショコラの隣に置いた。


「えっ?これって…」


 そのケースと直紀の顔を交互に碧衣の視線が行ったり来たりしている。


「誕生日プレゼント。気に行ってもらえると嬉しいんだけど」

ー用意してくれたんだ。・・・これ、どう見てもジュエリーケースだよね。・・・だとしたら、東条さんが作ってくれたの?

『良かったですね,、アオイ』


 繊月の巫にも「プレゼント、贈り物」の概念が分かって来たので、それを贈られる喜びも理解できるようになっていたのだ。


「開けていいですか?」

「もちろん」


 コンパクトのようなケースを貴重品を扱うような手つきで持ち、蓋をそっと開けるとまず薄紙が現れた。それを捲るとシルク布の上に、パールとピンクのカラーダイヤモンドでデザインされたペンダントが入っていた。

 その美しさに息を呑む。


「素敵……綺麗……」


 自分でも情けないくらい単純な言葉しか出てこない。 

 宝石に吸い込まれるように目が釘付けになっている。大きなパールの周りにピンクのダイヤモンドがぐるりと配置されているこのデザインは…。


「ブライダルフェアで君が気に入ってくれたパールのリングと同じコンセプトで作ったんだ」


 覚えてる。

 確かに言った。

 まさかプレゼントしてもらえるなんて…、と恐縮してしまうが、正直、欲しい。それに、遠慮するのは折角作ってくれた直紀に失礼だよね、と都合よく言い訳をして喜んで受け取ることにした。


「嬉しいです。ありがとうございます。大切に使いますね」


 目を細めて喜ぶ碧衣が生前の環と重なって胸が痛くなる。環もジュエリーをプレゼントされたら必ず大仰過ぎる程喜んで、最後に目を細めて「ありがとう」と直紀に微笑んだのだった。

 直紀は「カジュアルに使ってくれると宝石も喜ぶ」と碧衣に言って、亡くした妻とその姿を重ねたことをおくびに出さないようにシャンパンを口にする。


 誕生日を一緒に祝おうと食事の約束をしていた俊介が、急遽仕事で渡米することになって予定がキャンセルされていた。今年は友人からの「おめでとうメッセージ」のみの誕生日か…と寂しく感じていたのだ。

 毎年、友人の誕生日には集まって賑やかに過ごすことが当たり前になっていたため、そうでない年齢になったんだ、と身に染みていたところだった。

 だから、直紀が誕生日をこんなに素敵に彩ってくれたことがとても嬉しかった。

 ラグジュアリーホテルの最上階で、額縁に飾りたくなるような夜景を見ながら、見目麗しい紳士から誕生日を祝ってもらう。

 このシチュエーションで恋に落ちない女性が世の中に存在するのだろうか、と胸が熱くなった。


「本当に、本当にありがとうございます」


 はにかんでガトーショコラを口に運ぶ仕草を見て、「これ以上進んでは駄目だ。今夜は彼女の誕生日だから、彼女の誕生日だから…」と特別な夜を言い訳にしたのだった。

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