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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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碧衣のキモチ 7

          *          *          *


 23歳の誕生日を明日に控えて、今日は実家で碧衣の誕生日会を開いてくれた。なかなかスケジュールが合わない家族だが、毎年この日は短時間でも都合をつけてくれている。


「碧衣の22歳は悲しいことがあったけど、23歳は笑って過ごせるよう祈ってるよ。お誕生日おめでとう」


 テーブルに並べられた御馳走を前に父がクレマン・ダルザスの白のスパークリングワインで乾杯の音頭を取った。グレープフルーツや洋梨の果実香が鼻を擽り、まろやかで泡の刺激が爽やかなワインで飲みやすいと兄が評する。アルコールに強くない碧衣は「うん。これなら少し飲める」と言って喉を潤した。


ー東条さんと飲んだシードルのシャンパン、美味しかったなぁ。


 シャンパングラスの泡が水面で弾ける様子を眺めながら「また会いたいなぁ」と不意に沸いた気持ちにドキッとした。


 食後、兄が新作絵本の初版を碧衣に手渡して「これ、今月末に並ぶんだ」と教えてくれた。新作が出る度に父も兄も碧衣に渡してくれる。今ではかなりの量になったが、「大切な碧衣へ」と書かれた初版本はどれも宝物である。

 絵本の表紙に描かれた青空とボールを見て、安達家のあの可愛い忍の顔が浮かんだ。


「ねえ、知り合いの男の子にプレゼントしたいからサインしてちょうだい」


 兄は二つ返事で引き受けて、絵本を贈る相手のことをいくつか質問し、碧衣が答えた。

 それを踏まえて忍へのひと言とボールを持って地べたに座り込んでいる男の子の絵をさらさらっと描いてくれた。


「ありがとう!お兄ちゃんのファンだから凄く喜んでくれると思うわ」


 両手で絵本を持ち上げて満面の笑みを兄に返した。


「これくらいのことで、可愛い妹の役に立てるなら兄貴として嬉しいよ」


 兄妹のやり取りを羨ましそうに見ている父が「新作じゃないけど、父さんのサインはいらない?」と上目遣いに尋ねてきた。


「ん……。今回はいいかな?」


 娘からやんわりと謝絶されてガックリ肩を落とす。

 仕事部屋から母が可愛いクマちゃんが散りばめられている包装紙を持って来て、忍への絵本を包んでくれた。


「どちらのお子さんなの?」


 包装しながらさり気なく聞いてきた。


「ホテルで知り合った宝石デザイナーさんの紹介でアトリエに行ったんだけど、そこの息子さん…。あ、ほら、退院してすぐにお兄ちゃんとホテルに挨拶に行ったでしょ?あのとき、ロビーラウンジで私がバランスを崩して転びそうになったのを助けてくれた男性がいたでしょ?・・・覚えてない?」


 眉間に皺を寄せて記憶を手繰るが、兄は首を横に振って「ごめん、覚えてないなぁ」と言う。


「その助けてくれた方の紹介なのね」

「そう。ジュエリーの製作をされてるの」


 アトリエに行った時の話をする。錺職のことを話すと父が「1度話を聞かせてもらいたいなあ」と興味を示した。もしや、小説のエッセンスに使えると思ったか?

 感心を持たれたのが雅孝のほうで助かった。直紀のことを執拗に聞かれたら、彼も事故関係者だと行き着いてしまう。そのことにはもう触れたくない。


 碧衣はこの話題から離れるために頭をフル回転させる。しかし、上手く切り替えられるテーマを導き出す前に母が「そうそう、小倉堂の和菓子」と声を上げてくれた。


「今日、小倉堂に行って栗きんとんと上生菓子を買ってきたの。みんなでいただきましょ」


 進物箱の蓋を開けると、上部をキュッと絞った形の栗きんとんと紅葉に模られた生菓子が並んでいる。


「そういえば碧衣が俊介君と親しくするようになってから、誕生日ケーキが和菓子に変わったんだったな」


 兄が取り皿に自分の分を乗せて言い、「俺は和菓子のほうに1票だよ」と付け足した。


「明後日、俊介くんの仕事終わりに食事に誘われてるの」


 母が話題を変えてくれたことに気を良くして、碧衣が余計な情報を提供してしまう。それを耳にした家族が目を合わした。しかし、碧衣はそれに気付かない。

 たっぷり練り込んであるざく切りの栗餡を口に運ぶ。


「う~ん。栗きんとん最高!」

「明後日、楽しんできてね」


 母が目を細めて微笑むのは俊介のことを気に入っていることと、娘が次の恋に進むなら彼が好ましいと思っているからである。

 ただ、佳弥斗への想いが残っていることを知っているので、あからさまに俊介を勧めたり冷やかしたりしない.。あくまでも自然な成り行きでそうなれば良いなぁ、と母だけでなく父も兄も期待を込めて温かく見守っているのだ。


          *          *          *


 碧衣がロビーラウンジのグランドピアノに向かって歩いている途中、直紀がラウンジチェアに座っているのを認めて胸がときめいた。初めて見るチャコールグレーのスーツ姿、白いワイシャツにボルドーのソリッドタイを締めている。


ーうわぁ、カッコいい!


 頬がほんのり色付くのを気付かれないよう、ポーカーフェイスを装ってピアノ椅子に着席し、仕事モードに気持ちを切り替えた。


 鍵盤に指を添える前にひと呼吸分目を閉じて鼻から息を吐き、今宵の1曲目「シェルブールの雨傘」を弾き始める。

 ピアノの音が耳に届くとあらゆる雑念が払われた。

 白と黒の鍵盤の上を10本の白く細い指が流れるように滑り、踊るように跳ねる。弦の響きを押さえるためにグランドピアノの屋根は閉じられているが、若くて美しいピアニストの耳朶を擽って心に届き、そこに住まう神子が特等席で聴き入っていた。

 60年代、70年代の映画音楽が流れる。


 1段高いステージに鎮座するグランドピアノにスポットを集中させて、ロビーラウンジのテーブル席の光量は絞られているために、ステージ上のピアニストがあまりに美しく遠い存在に感じられた。

 カベルネソーヴィニヨンの水面が揺れるワイングラスを片手に碧衣を見つめ、少しずつ、本当に少しずつ、亡くした妻への罪悪感が芽生えているのを自覚する。

 ただ自分は10歳以上年上で、若い女性と恋に落ちる資格があるとは思えない。自分は大人なのだから、この女性への思いが恋に変わらぬよう気持ちに蓋をする自信があった。


ー彼女は戦友。


 その言葉が1番しっくりきた。同じ事故で愛しい人を失い、同じく生き返り、ともに神子が宿っている。・・・まさに戦友と呼ぶに相応しいだろう。

 そしてこの関係は神子たちを天界へ帰したとき、終わりを告げるのだ。


 その期限はあと8か月。


 本日最後の曲「キャラバンの到着」を景気良く弾き、パンッと叩いて鍵盤から手を離した。

 飲み干したワイングラスを見て、「タクシーを選んで正解だった」と呟く。アルコールで少し体温が上がり、気分も良かった。

 2時間を堪能させてくれたピアニストに感謝の拍手を送る。」


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