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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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碧衣のキモチ 2

 大きな住宅地の中を何回か曲がると、広い敷地を囲うように槙の木が植えられている一軒家の駐車場に車を停めた。

 団地の一角ではあるが、1番奥の端で、建て物の更に奥が雑木林になっているためにそこだけ異質な雰囲気が漂っている。

 生け垣と同じ槙の木が植えられたアプローチを進んで直紀が呼び鈴を鳴らす。今時珍しくインターホンではなく、押せば「リンリン」と鳴るチャイムを採用しているのは、この家が雅孝の祖父のもので、譲り受けた当時のまま使っているからだと直紀が説明する。

 何度かリフォームを重ねて設備は最新なのだが、妻の友香里が「呼び鈴のほうが風情がある」と言い張って譲らなかったのだそうだ。

 端とはいえ、団地内の他の家々と雰囲気が違うのは、この家だけ歴史を感じさせるものだからであろう。


 碧衣は直紀の後ろに立って玄関扉が開くのを待つ。


「直紀です」


 呼び鈴を押したのに、結局叫ぶのかーい、と心の中で突っ込みを入れる碧衣。呼び鈴が意味を成していないのでは?・・・そんなことを口に出すほど非常識じゃない。


「どうぞー。入ってぇー」


 これまた家の中から女性の叫ぶ声。友香里である。

 「こんにちは」と言いながら直紀が慣れた手つきで引き戸を開けると、左手の和室から男の子を片手に抱いた友香里が、無垢の式台に降りてきたところだった。

 直紀に続いて玄関の三和土に入り、「こんにちは。はじめま……」のところで碧衣と抱かれている男の子の視線がバッチリ合ってしまった。

 碧衣の口が「ま」の形のまま、男の子が泣き出すのではないかと身構えたが、数秒置いて小さな天使がニコーッと笑ったのである。

 碧衣は挨拶が途中だったことも忘れて満面の笑みを天使に返した。


「はじめまして。安達友香里と息子の忍です」


 男の子の後頭部に手を添えて軽く頭を下げさせた。

 碧衣は年下の自分から名乗らなければいけなかったのに…と、初っ端でしくじったことを焦る。


「はじめまして。如月碧衣と申します。本日は東条さんに誘っていただき、お邪魔させていただきました」


 手土産の半熟カステラを「これ、どうぞ」と言って持ちやすいように紙袋のまま手渡した。友香里が紙袋の店名を見て、「キャッ」と声を上げる。


「ありがとう。『デリシャス・ママン』のカステラよね!私も忍もすっごく好きなの」


 友香里は息子に「良かったねぇ」と顔を覗いて相好を崩す。

 手土産の選定は成功だった。ホッとして直紀の顔を見れば、彼の目を細めた優しい表情とぶつかり、刹那、胸がキュッと締まった感覚がした。


「雅さんはアトリエだから。如月さんを案内してあげて」


 友香里が直紀にそう言って「コーヒー用意するけど…如月さんはコーヒーと紅茶、どっちが良いかしらねぇ…」と独り言ちながら身を翻して和室の奥に姿を消した。

 呆気に取られて友香里が消えた方向を見ていると、「賑やかな女性(ひと)だろ。あの明るさにいつも助けられてるんだ」と穏やかな口調で言って、アトリエに行こうかと碧衣の背中に触れた。


ーあっそうか。服の上からの接触では神子様たちが会話することはできないのね。


 改めて認識する。


(センゲツの御子様、のちほどオトコミコ様とお話できるようにしますから)

『ありがとう、アオイ』


 玄関から奥のアトリエまで三和土が敷かれ、土足のまま歩き回れるようにしてある。


 友香里が言ったとおり、アトリエで雅孝はカーブの付いた細い金属ーおそらく18金ーを溶接していることろだった。

 直紀が碧衣に向かって「今は声を出さないで」と人差し指を自分の口に当てて無言で伝えてきた。とても緊張を要する工程なのだろう。

 碧衣は声だけでなく息をするのも最小限にして、クラフトマンの手元を直紀の背中越し、遠巻きに見た。

 それは数分であったが、雅孝が肩の力を抜いて「よし」と息を吐き、溶接を終えたリングを作業机の上に置くまでピーンと張り詰めた空気が漂っていた。

 そして振り返る。


「お待たせ。安達です」


 温かみのある声だが、三白眼が厳しい職人であることを物語っているようだった。


「はじめまして。如月碧衣です。本日は見学させていただけるということで、楽しみにしてきました。よろしくお願いします」


 2人の挨拶が終わると直紀が雅孝の紹介をする。


「俺たちの間では雅さんって呼んでる。今風にクラフトマンなんて格好つけて西洋風に言っているけど、本業は『錺職(かざりしょく)』の伝統を引き継ぐ職人なんだ」


 錺職とは金属を加工して細かい装飾品ー装身具や家具、建物につける装飾金具などーを作る職業である。雅孝の祖父が伝統工芸職人で、かんざしや帯留めを作り、後を継いだ父親は加えて髪留めも手掛けたのだという。

 そして雅孝は指輪やネックレスなどの装身具を専門にしている。


「錺職人なんて名乗るとすっごい熟練のじいさんだと思われそうだから、カッコ良く聞こえるほうを選んでるんだ」


 雅孝が古い木製飾り棚のほうに歩いて行き、碧衣に「こっちに来て」と手招きする。

 棚の中にはかんざしや帯留め、髪飾りなどと一緒に衣装家具に取り付ける引手や蝶番、縁金具が美術館の展示物のように整然と並べられている。


「すごい…」


 思わず溜め息が零れた。

 金や銀の細い金属で美しい透かし模様が描かれている。その模様は花や唐草などが表現されて、真珠がついているものも見られた。緻密な細工は文字通り「伝統工芸の芸術作品」以外の何物でもない。


「これって、ひとつひとつが手作業ですよね」


 ガラス戸に顔がくっつくほど近づいて食い入るように見ている。

 直紀は碧衣を挟んで雅孝とは反対側に立ち、太腿辺りに下げた彼女の手の甲にそっと自分の手の甲を当てた。その接触に一瞬目を見開いた碧衣だったが、それは繊月の番にもこの芸術作品の感想を伝え合わせてやろう、という彼の気遣いだと直ぐに察した。


『巫様、これは美しいですね』

『本当に…天界の神子たちにも見せてやりたいですね』


 番同士で感心しきっているのが伝わってくる。

 繊月の巫は自分が次の朔様になれば大御神に、下界の美しい物を具現化していただけないか、恐れ多いことではあるが頼んでみようか…など黙考した。

 天界に帰って罰を受けるとしても、この貴重な体験を少しでも伝えたい。だから次の朔様になれなくても、いや、その資格は既に消滅しているであろうが…朔様に大御神にその思いを伝えてもらえるようお願いしてみよう。

 「自分が天界に帰ったら…」と考える時点で、既に帰る気になっているのだということに一抹の寂しさがある。覡を下界で消滅させるわけにはいかない、それは当然のことだ。

 それでもあれだけの覚悟をして下界に降りたというのに、一体何のために降りたのか…自分がやったことは意味がなかったのか…少しずつ外堀を埋められていく感覚に虚しさを感じていた。

 そんな巫の気持ちを知ってか知らずか、覡は美しい物を目にしてある意味「はしゃいでいる」。

 そんな若い神子の興奮を感じて「まあ、覡が下界で経験することが、これからの天界の役に立つのならば、ワタシが下界に降りた意味があったのかも知れない」と自分を慰めたのだった。

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