繋ぐ手 7
翌朝、碧衣が目覚めたのは7時で、もしかしたら直紀と一緒に朝食を食べられるのではないかと期待して部屋を出ると、既に隣の直紀の部屋はドアが開いてクリーニングのワゴンが入っていた。
ー挨拶くらいしたかったな。
昨夜で距離が縮まり、親しくなれたと感じていただけにちょっぴり心寂しい。
ー結局、センゲツの神子様たちの祈りのために会うだけの関係ってことか。
朝から拗ねる宿主に見兼ねて、居候が声をかけた。
『アオイ、そんなにガッカリする必要はありませんよ。回数を重ねると見方も変わってくるものです』
(べつに、ガッカリなんて…そんなんじゃないですからね)
そう言って唇を尖らせた。
* * *
10月中旬のこの日、碧衣は兄、旭陽が描いた絵本の原画展の手伝いで、青山の絵本専門店「回転木馬」に来ていた。
ポスターには4日間の日程と書かれており、今日は旭陽本人による絵本の読み聞かせとサイン会がある。父のサイン会と違って事前予約方式ではないため、参加人数がどれくらいになるか読みにくかったが、少し前にバラエティ番組で絵本特集のコーナーがあり、そこで旭陽の絵本が紹介されたこともあって、予想を上回る数の親子連れが来てくれた。
イベントの記念品として用意していた絵本のワンカットが描かれた栞も足りなくなるのではないか、とハラハラしたほどだ。
今回読み聞かせに選んだ絵本は「がんばれ、ひめさま」。迷路に迷い込んだ姫様と愛犬ビーグルが出口を探しながらお宝を集め、出口で王子様に出会うという少しばかりロマンチックな物語である。
途中に仕掛けてある宝箱を開けると、宝石だと当たりなのだが、ハズレだとお化けが飛び出してくるのだ。
通常なら姫様と愛犬が魔法や武器で戦って倒すのであろうが、この絵本に出てくる姫様と愛犬はそのお化けたちとは一切戦ったりはしない。ひたすら逃げる回るのだ。が、夢中で逃げ回って角を曲がるものだから来た道を見失い、さほど広くない迷路をぐるぐると歩かされてしまうのである。
その宝箱を開けるたびにページが捲られるのだが、捲った先がお化けであれば観客の子どもたちは大喜びする。
そして、姫様と愛犬が逃げているのを表現するために、動きが出るようにスライドさせるパーツが仕掛けとして施されているのだ。
旭陽は子どもたちが期待した以上に良い反応を見せてくれたのが嬉しくて、読み聞かせ後に行ったツーショットの写真撮影にも最後まで快く応じた。
読み聞かせとサイン会は大盛況で、計4日間の原画展は無事に終了し、店側から「また次回も」と頼まれたのだった。
その数日後、碧衣が結婚式のピアノ演奏の仕事を終えてひと息ついていると、スマホの通知音が鳴った。画面には「東条さん」の表示。
”お久しぶり。今、アンティークジュエリーの買い付けで、イギリスからオーストリアに移動中。先日、ジュエリー製作に興味を持ってもらえたようなので、実際の作業を見に行くというのはどうだろう?帰国は22日。また連絡します。”
いつもながらシンプルな文面だなあ、と字面を眺めて「フッ」と微笑んで温かい気持ちになった。
心が和んだ理由の答えは出すべきではない、と瞬時に首を横に振る。
次の章から、一歩ずつ交流が深まります。穏やかな一歩です。




