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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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繋ぐ手 6

 碧衣が下唇を噛んで少し首を傾げている。


「なにか?」

「実は…晩御飯を食べ損ねたのでおにぎりを買って来たんです。お腹が鳴るといけないので…お祈りの前に食べていいですか?急いで食べますから……あ、お急ぎでしたら我慢できます。始めましょうか?」


 メールのやりとりで自分に対して相当に苦手意識を植え付けてしまったか、と反省してニコッと微笑んだ。


「そりゃあお腹空いてるよね。こんな時間だからね。俺は別に急いでるわけじゃないから気にしなくていいよ。お茶を入れるからゆっくり食べて」


 「ありがとうございます。では…」と言ってトートバッグからコンビニで買ってきたおにぎりを1個取り出す。

 直紀は冷蔵庫からお茶のペットボトルとタンブラーを持って来て、ベッドサイドテーブルに置いた。


「ありがとうございます。・・・あのぉ…事故で奥様を亡くされたんですよね。生き返らせてもらった私が言うのも何なんですが、ご愁傷様です」


 椅子に座る前に頭を下げた。


「如月さんのほうは橘商事のご子息が亡くなったって聞いたけど、友達?それとも……」


 おにぎりのフィルムを剥がしながら「友達というか、事故の数時間前に私が告白して、ほんの数時間だけの恋人でした」


 あの事故の日、直紀は環から打ち明けられるはずだった話が聞けず、碧衣は佳弥斗に告白して恋人同士になった…という互いにドラマのような1日だったのに……。


「そっかぁ。俺も生き返らせてもらった分際で言うのも何だけど、お互い大切な人を失って苦しいよな」


 海苔を巻いたおにぎりをじっと見て「そうですね」と切なく同意する。

 俯いてぱくぱく食べる彼女を急かさないように、彼女から距離をとってベッドの端で静かに待った。


ーおにぎり1個で足りるのか?そういえば、環も小食のほうだったな。


 その1個をお腹に収めると碧衣は両手を合わせて「ごちそうさまでした」と小声で締めた。そして僅かなごみをコンビニ袋に片付けると「おまたせしました」と居住まいを正して直紀と向きあったのだった。


「直に接触しないと神子たちは会話が出来ないようだから、君には大変だろうけど握手するのはどうだろう?1、2時間はしんどいかな?」

「いいえ。それで構いません」

「じゃあ、利き手はフリーにしたほうが良いと思うけど、如月さんは右利き?」

「はい」


 碧衣が左手を差し出す。

 確かに握手ならお互いにさほど気を使わなくて済むだろう。碧衣もどうやって接触するのかを考えてはいたが、日常の動作が1番負担が少ない。


「俺も右利きだから…じゃあ」


 直紀が彼女の差し出した左手を握ろうとすると、「あっ」と何かを閃いたように碧衣がトートバッグからピンクのシュシュを取り出して彼に見せた。


「握手しっぱなしは疲れるかと思いますから、これで支えるのはどうでしょうか」


 なんとも可愛いサテン地のシュシュである。


「いいアイデアだな」


 握手した手にピンク色のひらひらしたシュシュを巻くといい具合に固定され、触れ合った瞬間に繊月の番のほうも開通した。


『繊月の巫様、今日の当番日、宜しくお願いします』

『ともに光霊の幸せを祈りましょう』


 今宵の繊月の番の声は薄いグラスが響くクリスタルのようで、頭の中に流れる祈りは心の曇りが消えていくほど心地良い。その美しい声に全神経を集中させて碧衣と直紀もそれぞれの大切な人の死を悼み、幸せな生まれ変わりを願って祈った。

 途中、直紀が用意してくれたスパークリングワインを口にする。


ーあ、美味しい…。


 正面に腰かける男の繋がった手から肘、肩そして顔へと視線を移すと瞼を伏せて祈る見目の良い造形に引き込まれた。ちょっぴり日焼けした面長の顔、二重で切れ長目に緩くパーマがかかった前髪が数本かかっている。

 すると、まさか碧衣の視線を感じたわけではないだろうが、直紀が開けた薄目と視線が合ったのだった。

 碧衣は見つめていたことを悟られないよう咄嗟に、右手のシャンパングラスを少し持ち上げて「美味しいです」と無言で微笑んで、誤魔化してみせた。

 22歳の美しい女性が頬をほんのり赤く染めて微笑む姿は実に魅惑的で、自分が彼女と同年代だったらヤバかっただろうな、と少し焦った。

 大人の余裕で頷くと再び目を閉じて、邪念を払って祈りに傾注するが、暫く高まった鼓動がうるさかった。



 静かな祈りの儀式は2時間程続いて、繊月の巫が「すべての光霊が望む幸福の中にありますように」と告げて幕を下ろした。


『ワタシは覡と話すことがありますから、もう暫く手を繋いでいてください』


 繊月の巫の希望通り、シュシュを巻いた状態で碧衣と直紀も言葉を交わす。


「宝石のお仕事をされているんですね」


 最も当たり障りのない話題を選んで会話を始めた。


「ああ。宝石を買い付けたり、ジュエリーをデザインして商品にする会社を経営してるんだ」

「実は、ブライダルフェアの2日目に行ったんです。どれも素晴らしかったのですが、パールのリングが特に素敵だと思いました。あのパールを飾っていた宝石はルビーですか?」


 碧衣が気に入ったのは、8mm玉のパールの両側にファンシーダイヤモンドと呼ばれるレッドとピンクのダイヤモンドを2石ずつ並べたリングである。


「あれはルビーではなくて、ダイヤモンドなんだよ。パールはデリケートな宝石だから、なかなかカジュアルに使われにくいんだ。カラーダイヤモンドを並べると、例えば『友人とランチ』とか『恋人とデート』などで活躍するシーンが増えると思う」

「ええ。日常で少しおめかしして出かけるときにつけたら素敵だと思いました」

「若い方に分かってもらえると嬉しいな」


 直紀から目を細めて笑みを向けられると、心臓が1度だけドクンと弾かれたのを自覚した。


 ピンクのシュシュで固定された2人が徐々に打ち解けて話が弾み出した頃、繊月の番は彼らとは違って思い空気の中、極力小さな声で会話をしていた。


『アナタも承知しているでしょうが、天界に帰るときの1番困難な選択はすぐに決断できないでしょう?』

『はい。巫様が仰ることは察しがついています』


 番が話しているのはもちろん、どちらの魂を使うか、の件である。


『時を重ねれば情が深まり、益々難しくなるでしょうね。それでも、もう暫く結論を出さずにこのまま過ごさせて欲しいと思っています』

『ワタシと一緒に天界に帰ってくださる、そう捉えて宜しいのでしょうか?』


 思わず声が弾むが、『それも含めて今しばらく待って欲しいということです』と返されてしまった。

 焦ってはいけない、覡はそこで退く。

 それでも「帰らない」「帰れない」「帰りたくない」と言われなかったことで見通しは暗くないと安堵したのだった。


『アオイ、もう手を離しても良いですよ』



 碧衣と直紀は次の繊月の日が11月1日であることを確認し、また連絡を取り合うことを約束する。そして、碧衣は予約してもらった隣の部屋へ「おやすみなさい」と言ってから移動した。

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