繋ぐ手 4
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「私で良ければ話を聞くから、いつでも来てくれていい」
碧衣の父、泰道はバースデーコンサートの後、ポツリと「こんな家庭に生まれたかった」と溢した佳弥斗が気になって、こっそり声をかけたのである。
「えっ」
泰道が口にした言葉の意味が分からず、きょとんとしている。すると泰道は「気楽にお茶でも飲みに来るといい」と優しく微笑んで頷いてみせた。敢えて言葉の意味は言わなかった。佳弥斗がどう捉えようと構わない。
「ありがとうございます」
恐らく羨ましそうに眺めていた表情を泰道に読み取られてしまったのだろう、と決まりが悪かった。
その日から半月ほど経った頃、碧衣が佳弥斗を連れて帰って来た。
「お父さんの仕事部屋を見たいんだって」
碧衣は大学で人気者の佳弥斗を独占していることを露骨に喜んでいて、父親から見ても小っ恥ずかしい顔を晒している。
「丁度、雑誌のコラムを書いているところだから、仕事風景も見てもらえる。おいで、おいで」
この日以降、もう1度だけ碧衣と佳弥斗が揃って帰って来たのだが、すぐに碧衣が一緒でなくても泰道を訪ねてくるようになった。
佳弥斗が来ると泰道は必ず仕事部屋へ招き入れ、小説の話、大学での話、指揮者になりたいという話など、佳弥斗が泰道に話したいことを自由に好きなだけ語らせてやったのだった。
そしてついに泰道が佳弥斗の信用を得た日、長く踠いてきた胸の内を吐露し始めた。
「僕は橘の両親の実子ではないんです」
俯いて、消えそうな声で漏らす。
「父の妹の子で……本当の父親はわかりません。僕を出産したときに生みの母は亡くなったそうです。母子手帳にも父親に関する記載がなく、手掛かりはありませんでした。今の母が、その少し前に流産していて、医師から次の妊娠は望めないかもしれない、と告げられたそうです。それで6つ上の兄の『スペア』として養子になりました。ところが2年後、母が妊娠して無事に弟が生まれたので、僕が『スペア』でいる必要がなくなったんです。正統な血筋である弟がその位置にいるべきです。だから、叶わないと諦めていた音楽の道に進んで橘から離れようと決心しました」
まるで台本を読むように淡々と語る。
「いつ頃、実子でないと知ったんだい?」
「中学に入学して、予防接種を受けるときに母が橘家のかかりつけ医にこっそり母とは違う名前の母子手帳を渡したので、帰ってから母に聞いたんです。そしたら、どうせいつかは知ってしまうのだから、と言って隠すことなく教えてくれました。・・・あ、別に僕が冷遇されているとか、嫌われてきたわけではないんです。ちゃんと僕の居場所があって、『次男』として扱ってくれています。兄や弟と同じ量の愛情をいっぱいもらってきました。・・・父親の分からない義妹の子を、本当に大切に大切に育ててくれたことを感謝しているからこそ、橘を離れて違う世界で父と母の誇れる息子になりたいんです」
「ご両親は君のその思いをご存知なのかい?」
佳弥斗は首を横に振る。
「父は僕が会社に入らないことに腹を立てているし、母は結局本当の親子になれなかったのか…と泣きました」
「ちゃんと伝えれば分かってもらえるんじゃないか?」
「いいえ。大学卒業までは橘の次男として甘えさせてもらいますが、卒業後は金銭も含めて自分の力で生きていきたいんです。だから、怒られても泣かれても、今はそれで良いと思っています。本心を伝えたら、あの両親は間違いなく最大の援助をしますからね」
佳弥斗の葬儀後、橘家を訪問した泰道は、母親に彼が伝えられなかった両親への感謝の気持ちを代わりに伝えた。
母親は泰道の前でも構わず慟哭した。
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直紀は、ヨーロッパのメモリアルジュエリー製作会社から「遺骨を受け取った」というメールを確認している。
航空便で送ることに抵抗があり、自分で運ぼうと思っていたところ、「TO-J」の専属クラフトマンである秋元夫妻が「届ける」と申し出てくれたのだ。
大きなイベントが終わると毎度、海外旅行するのが慣習になっていて、偶々今回はヨーロッパだったので寄り道してもらった。そして1泊分のスウィートをその礼に受け取ってもらっている。
手元にあった遺骨が数か月間離れるだけでも寂しい。だから、全てを納骨しなくて正解だった、と今更ながら思ったのだ。
(お前のおかげだな)
『綺麗なダイヤモンドで帰ってくるのですね』
(ああ、そうだな。待ち遠しいよ。・・・ところで後3日でオンナミコ様に会うのだけど、今回は祈る時間しかないと思ってくれ)
『分かっていますとも。繊月の日はワタシと巫様にとって特別な1日ですから、祈りを捧げる時間をいただけるだけで十分です』
碧衣の仕事後一緒にいられるのは2時間程度だろうと覡に話してある。
22歳の若い女性とホテルの1室で、しかも夜が深まる時間に、祈る間身体のどこかが触れ合っているという通常考えられない状況だ。万にひとつの間違いが起こらないよう、繊月の番を天界に帰すときまでアシストに徹すると心に刻んで…いる。
だからメールの文面も簡素にし、一切の感情が湧かないよう努めなければいけない。
「冷たい。硬い」人間だと烙印を押されるくらいで丁度良いのだ。
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待ちに待った仕事復帰の日、碧衣は少し早めに ERABLE HOTEL のスタッフルームに足を運んで「今日からまた宜しくお願いします」と挨拶をした。
その後、ホテルウエディング担当のスタッフと10月、11月分の結婚式でのピアノ演奏の日時確認をする。ロビーラウンジでの演奏を月曜日、水曜日、金曜日と土曜日に担当しているため、結婚式の仕事は月3日ほどが丁度良い。
担当者と一緒にパソコンモニターを眺めながら確認していく。
「10月は19日、23日、29日で、11月は16日、27日と30日ですね」
碧衣のスケジュール帳と照らし合わせると「あっ」と思わず声が出た。
「間違ってますか?」と即座にスタッフも慌ててモニターを見直す。
「いいえ、大丈夫です。全て11時30分から14時の昼の部ですね」
11月30日には繊月の日の印が付けられてあったため、少々焦ったのだが14時お開きだと祈る時間はたっぷりあるだろう。
スケジュール確認を終えると、更衣室で仕事用のドレスに着替える。今夜は紺のミディ丈ドレスを選んだ。前身頃から続く広めのリボンを首の後ろに回して結ぶホルターネックというデザインで後ろ姿も美しい。歩くたびに揺れるたっぷり生地を使ったシフォンのスカートがピアノを弾く碧衣をより優雅に見せるのだった。
「さあ、今夜も素敵な夜を届けにいきましょう」
更衣室の鏡でメイクを確認し自分に微笑む。
次回、いよいよ「2人と神子様たちの時間」が動き始めます。




