繋ぐ手 3
* * *
直紀からの過保護すぎるメッセージの内容に、それが彼の性格なのかそれとも碧衣を子ども扱いしているからなのか見分けがつかない。
彼の妻が苦しめられた卑劣な体験がトラウマになり、無意識に過保護になっているのだということを碧衣が知る由もない。
ーまあ、12コも下だと小娘かぁ。
事情も知らずにちょっと拗ねた。
”東条さんの提案で良いと思います。大変申し訳ないのですが、ホテルの選定と予約はお願いできますでしょうか。”
”自分に任せてもらえるなら、2室1泊で予約して後ほど連絡するので待っていて欲しい。宜しく。”
”ありがとうございます。お待ちしております。”
ここで一連のやり取りが落ち着いたのでシャワーを浴びたのだった。髪を乾かしてスマホを見ると、直紀からのメッセージが届いていることをアピールしている。
”10月3日 南急ホテル 東条直紀、如月碧衣で2室予約完了。”
ーここまでシンプルだと、さすがに嫌々なのかと勘ぐるわ。
少々不愉快に思いながらも「早々のご予約ありがとうございます。当日は、仕事が終わり次第南急ホテルに行きますから、迎えは必要ありません。ホテルの部屋で寛いでいてください」とこれ見よがしに丁寧に返信すると、今度こそやり取りが終わったのだった。
今日までの3日間、碧衣はこのメッセージを穴が開くほど見ている。10月1日にピアノ演奏の仕事復帰が決まっていて、直紀に会うのはその2日後。
(センゲツの神子様、次にオトコミコ様に会われても言い争いは無しですよ。まずはオトコミコ様のお話を伺いましょう、って決めたんですからね)
『よくわかってはいるのですよ。ワタシのほうが年上で、神子としての経験も豊富で、覡を指導する立場なのですから。冷静に振る舞わねば、と弁えているのですが、覡がそこにいるのだと思うと気持ちがどうも押さえられなくて…どうしたものでしょうか?』
(センゲツの神子様なのですからね)
繊月の巫は覡が自分を追って下界に降りてきたからといって、今すぐに天界に帰ると腹を括ったわけではない。消滅してしまう期限までには帰らねば…とは思っているが、覡の身の安全を第一に、その上でどちらの魂を使うか…である、はずだった。
それなのに、覡がもうひとつの光霊のカケラを持って降りてきたのを知ったものだから、頭が痛い難題が増えてしまったのだ。
益々「どうしたものか」、思いあぐねているのであった。
カケラであっても、覡が抱いて降りた「光霊」であることに変わりはない。だからあのカケラを使って天界に帰れるかも知らないが、如何せんあまりにも小さ過ぎる。
それでも、さすが繊月の巫、次期朔様候補である。直紀の左眼の隅に居着いているのを一瞬で感じ取ったのだった。
ーあのカケラだけをトウジョウナオキから剥がすことは出来るのか?
ー一緒にトウジョウナオキの魂を抜いてしまわないのか?
ー剥がせたとして、あの小さな光霊で天界に帰れるのか?
ーそもそも覡は自分が光霊のカケラを持って降りたことを知っているのか?
繊月の巫は頭を抱えて深く溜め息を吐いた。
覡とも会話は碧衣と直紀が接触しているときにしかできない。そして、番の会話は2人に筒抜けなのだ。
あの光霊のカケラのことを持ち出せば、間違いなく直紀の負担になるし、碧衣のショックも大きいだろう。
もし、まだ覡があのカケラに気付いてないのであれば暫くは触れずに、何か方法がないものか考えてから知らせるほうが良いだろう。
繊月の巫は碧衣の頭の中で、ぐったり疲れてへたり込んでしまった。
* * *
翌日、碧衣は小倉堂の月見団子を持って10日ぶりに実家に帰った。昨夜父に電話で、佳弥斗の弔問に友人たちと行って、形見分けを貰ったことと、佳弥斗の母親から彼が打ち明けた話を、父から聞いて欲しいと言われたことを伝えたら、「そうか。じゃあ、明日待ってる」と時間を空けてくれたのだ。
久し振りに家族揃っての昼食かと期待していたのだが、あいにく兄の旭陽は来月開催する「絵本の原画展」の打ち合わせのため、青山に行って今日は不在である。
昼食は頂き物の素麺がまだたくさん残っているから、と少々季節外れの「冷や素麺」であったが、野菜の天ぷらも添えて豪華な食卓になった。
お腹が満たされた後、リビングのソファに座って「佳弥斗の話」を聞くために、まず昨日彼の母親から聞いた話をした。
「佳弥斗くんのお母さんが、お父さんにお礼を伝えて欲しいって仰って、言葉を詰まらせながら私にもありがとう、って言ってくれたの。別室で駿介くんたちが待っているから、佳弥斗くんの話はお父さんから聞いて欲しいって仰ったんだけど、多分、佳弥斗くんのお母さんからは話しづらかったんじゃないかな?そんな雰囲気だったの。・・・佳弥斗くんのお母さんには大学時代に1度お会いしたんだけど、そのときは厳しい方だと思ったのに、昨日は全然違うくて驚いちゃった」
「お母さんは元気にしてらした?」と母。
「うん。辛そうにされてたけど、お元気そうに見えた」
「そう。安心したわ」
次に口を開いたのは父だった。
「これから話すことは、とてもプライベートな内容だから、誰にも、もちろん俊介君にも喋ってはいけないよ」
父のこの言葉を合図に碧衣は姿勢を正し、秘密を共有する覚悟を持って「わかりました」と答えた。
「碧衣たちが大学1年の7月、初めて佳弥斗君と俊介君をここに招待したよね」
頷く碧衣。
「その日、バースデーコンサートを開いたのを覚えているかい?」
再び頷く。
「和やかな雰囲気の中、佳弥斗君だけが寂しそうな、辛そうな表情をしてたんだ」
「えっ、そうなの?」
そんな記憶はない。あの日は父の誕生日と重なって、如月家恒例のバースデーコンサートに佳弥斗と俊介も飛び入り参加したのだ。2人とも笑い合ってとても楽しそうにしていた記憶しかない。
どの場面のことだろう?と思い巡らせても全く浮かばなかった。
「ちょっと気になったから、帰り際に『私で良ければ話を聞くからいつでもおいで』と声をかけたら、ひと月後に1人で父さんを訪ねてここに来たんだ。それからちょくちょく来るようになって、ポツポツと思い煩っていることを打ち明けてくれた」
そういえば、碧衣が不在でも佳弥斗が来ていたことが何度もあったことを思い出した。
「お父さんのファンだから会いに来て、小説の話をしているんだと思ってた…そうだったんだ…知らなかった」
母から晩御飯も食べるように勧められたが、頭を整理したいと言って実家を出た。あまりのショックに落ち込みの激しい娘を無理に足止めすることはしない。
帰りの電車の窓から茜色に染まっていく秋の空を悲愁の思いで眺めていると、つつぅと涙が流れた。慌てて手の甲で拭い、その顔を他の乗客に見られないよう目を閉じて俯く。
何も知らなかった。
父の話は……苦しかった。
次回、佳弥斗が家族に伝えられなかった思いが明かされます。




