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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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繋ぐ手 2

 別の客間に通され、勧められるままに革張りのソファに腰を下ろすと、マホガニーのコーヒーテーブルにタクトケースが置かれてあるのが分かった。

 母親は正面に座って物寂し気な表情を浮かべている。


「葬儀の後、日を改めて桜小路先生…如月さんのお父様が弔問に来てくださったの」

「…えっ?…そうでしたか…」


 初耳だった。


「あの子が生前、桜小路先生のファンで、何度もお宅にお邪魔させていただいていたでしょ。いつも『楽しかった』と言って帰って来てたのよ」


 それは良く知っている。


「はい。私たち家族にとっても楽しい時間でした」


 次の言葉を探すように母親はテーブルに視線を落として沈黙し、暫く会話が中断した。

 握り拳を口にあてて小さくコホンと咳をして喉を整えると、言葉が見つかったのか、何か意を決したのか、顔を上げて碧衣を見ると一気に話し始めた。


「如月さんのお父様には、佳弥斗が個人的な…とてもセンシティブな、デリケートな悩みや相談事を聞いていただいたようで、私たち家族も知らなかった…というか、恥ずかしながら気付くこともできなかったことを教えてくださいました。あの子が何を打ち明けたのかは、お父様にお聞きくださいね。お友達を待たせているこの時間で語れるような話ではないの」

「あ…はい…」

「それで、お父様に如月さんからも『本当にお世話になりました。ありがとうございました』と伝えていただきたいの。主人がお父様に直接お会いしてお礼を、と申し出たのだけど、遠慮されてしまって…」

ーそりゃあ、橘商事の社長様がお礼だなんて…あの父なら絶対に断るだろうな。


 碧衣は心の中で呟きながら「承知しました」と返事した。

 次に母親が、テーブルのタクトケースを開けると、持ち手がコルクの白い指揮棒が現れた。


「事故の日、如月さんが佳弥斗に好きって言ってくれたんですよね。あの子、多分、誰ともお付き合いしたことがなかったんじゃないかしら。・・・だから、ほんの一瞬でも恋人と言えるお嬢さんがいたんだと思うと嬉しくて…ね。このタクト、貰ってくれるわよね?」


 思いもよらない母親の告白に碧衣は胸がいっぱいいっぱいになって、涙が滲んで視界がぼやける。1度瞬きをすると、ぽとっと膝に置いた手の甲に落ちた。


「はい。いただきます。このタクトは卒業記念コンサートで佳弥斗さんが使われたものですね。私も佳弥斗さんの指揮でピアノを弾きましたから、私にとっても思い出のタクトです」


 タクトケースを受け取って、供え物を包んできた風呂敷に包んで大切に抱きしめた。

 その様子を母親が愛しげに見ている。


「如月さんとはご縁があったかも知れないのに、それを確かめられないのが残念でなりません。・・・どうか、幸せになってくださいね。それから、またいつでも佳弥斗に会いに来てくれると私も嬉しいから、ぜひ」

「はい、ありがとうございます。・・・おばさまも、どうぞお身体を大切になさってください」


 碧衣は義理の母になったかも知れない女性に深々と頭を下げた。

 こんなに柔らかい雰囲気の方だったなんて…佳弥斗から何度も「ウチにおいで」と誘われた時、苦手に思わず来れば良かったと今になって思った。



 帰りは山根が各々の最寄りの駅まで送ってくれ、車を降りる時に俊介から「これ、小倉堂の月見団子」と言って店名入りの紙袋を渡された。そして碧衣には「桜小路先生の分」と付け加えて余分にひと回り大きな紙袋を手渡した。


「ありがとう。明日、実家に行くから渡すね」



 浜松町のマンションに着いたのは日が暮れてから暫くした頃になり、緊張が続いた所為で疲れ切っていた。

 アップライトピアノの上に置かれた碧衣と佳弥斗の写真立ての前に、風呂敷から解かれた若き指揮者のタクトケースを並べて、「形見分けでいただいたよ。あなたが傍で見てくれているようで心強いわ」


 佳弥斗から形が残るような「贈り物」を貰ったことがなかったので、このタクトは心底から嬉しい。そして傍らの写真は奇しくもこのタクトが振られたコンサートで撮ってもらったツーショットだったのだ。

 身体はくたくたであっても、佳弥斗の母親からかけてもらった言葉が碧衣の心を温かく癒してくれていた。


 帰りにマンション隣のコンビニで調達した海老とコーンがたっぷり入った明太子パスタサラダを夕食にして、食後に小倉堂の月見団子を濃いめに注いだ煎茶と味わった。

 小倉堂の月見団子は兎の顔と耳が焼き印で押された白い団子の半分にこしあんを乗せてある。それが5つも並んでいると食べるのを躊躇う程に可愛い。人気の季節商品で、毎年予約開始と同時に完売になってしまうのだ。

 繊月の巫が、この季節は空気が澄んで月が美しく見えるから愛でるのですね、と言う。


「はい。特に満月には兎が月で餅をついていると言われているので、こうして兎の団子がよく作られるんです」


 繊月の巫は、満月の番に聞かせたい話だと思った。


「今年も友人特権でいただきます」


 手を合わせてから1番右の兎から順に3匹を胃袋に沈めた。


 食事の片付けとシャワーの後、スマホ片手にソファで寛ぐ。画面には3日前に届いた直紀からのメッセージが表示されていて、その日のやり取りを思い返した。


   ”今日はたずねてくれたのに、フェアの片付けでゆっくり話せず申し訳なかった。自己紹介をする。 東条直紀 34歳 ジュエリーデザイナーで「TO-J」の代表”


 ここまではチラシで知っている。


   ”あの事故で妻の環を亡くした。30歳だった。神子によると、既に門を潜ったらしい。こちらの神子は次の繊月の日(10月3日)、そちらの神子と一緒に祈りたいと言っているが可能だろうか。”


 実にシンプルな文面であった。

 碧衣は繊月の巫に読み聞かせて、どのような返事にするか相談する。


   ”ご連絡ありがとうございます。私も自己紹介させていただきます。

如月碧衣、11月10日生まれ22歳です。ERABLE HOTEL で月、水、金、土にロビーラウンジでピアノを弾いています。”


(次の繊月の日は一緒に祈りましょう、と書きましょうか?)

『お願いします』


   ”10月3日、一緒に祈りましょう、とこちらの神子様も言っています。その日は金曜日ですので、19時から21時はホテルでピアノを弾いています。お会いできるのはそれ以降になります。時間と場所はまた相談させてください。”


          *          *          *


 碧衣からの返信を見て直紀は早速スケジュールの確認をする。

 18時から19時までインドの宝石オーナーと、ガーネットとアメジストの商談がウェブである。21時までに ERABLE HOTEL に着けるが、場所をどうするか、が悩むところである。

 祈りは静かな環境が必要なので、ホテルの1室を予約すれば良いのだが、相手は22歳の女性でなのだ。


(ホテルで2人って…若い女性だからなぁ…)


 21時からできるだけ早く祈り始めるとして、終わるのが23時頃か。 

 直紀は眉間に皺を寄せていくつかの案を思い巡らし、最終的にこれがベターだと結論づけてメッセージを打つ。


   ”祈りの場の件だが、21時までにホテルに迎えに行くので、如月さんの仕事が終わったら一緒に移動しよう。貴方の希望はあるかな?こちらは男性なので夜遅くなるのは構わないが、貴方は宜しくないと思う。ERABLE HOTEL 近くのホテルを2室予約することを提案するが、如何だろう。”


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