忘れない 9
「如月碧衣です。お忙しいとは思ったのですが、どうしてもお会いしなければいけないと思って…」
「東条直紀です」
碧衣の言葉尻に続けて名乗る。訪ねてきた理由は分かっているし、申し訳なさそうに謝る必要もないのだというように直紀が頷いた。
「会いたかった。・・・えっと・・・握手していいかな?話をしたいのは俺たちだけじゃないし」
直紀は右手を差し出し、それに釣られるように碧衣も「もちろんです」と言って右手を出し、その手を握った………その刹那。
『繊月の覡。アナタは何を思ってこちらに降りてきたのですか!ワタシは物凄く怒っているのですよ』
ーオトコミコ、いきなり怒られたぁ!
覡から聞いていた繊月の巫のイメージとあまりにもかけ離れていたので、直紀は思わず吹き出してしまった。
『巫様が降りたからに決まってるじゃないですか!』
ーえっ、言い返すんだ。
碧衣は、もっと重い空気でしんみりとする再会になるだろうと想定していたので、このやり取りは想定外である。そのため、頭の中で描いていた「感動の再会の挨拶」が一瞬で吹き飛んでしまった。
『浄化される大事な光霊を抱いて降りるなど、言語道断、許されない行為で・・・』
『それは巫様も同じではありませんか!だいたい巫様が……』
これはマズイと判断した直紀が握っていた碧衣の手を離した。
繋がりが解かれたことを繊月の番は気付いていないようで、直紀と碧衣の頭の中で神子たちの心に溜まっていた思いが暫く響き続けたのだった。
「申し訳ないのだけど、今日はイベントの撤収作業で、ゆっくり如月さんと話をすることができないんだーーーーうるさい!」
どうやら覡のほうは直紀が手を離したことに文句を言っているようだ。
「承知しています。せめて連絡先の交換だけでもできたらって」
碧衣がバッグからスマホを取り出して、通信アプリのアドレスを表示して差し出すと直紀も同じようにして、無事に連絡先の交換を終えた。
時間的余裕がない直紀は言い訳するように、「今日遅くなるけど、必ず連絡するから」と言って目の前の清楚な女性に目をやる。
すると以前と同じように何故か彼女から目を離すことができない。左の眼球が熱を持ち始めた気がする。カアッと圧迫感が増したので、慌てて左手で瞼を押さえて視界を遮ると、すうっと治まった。
「では、その…失礼します」
「はい。どんなに遅くなっても構いませんから、連絡待ってます」
直紀はピーコックホールに向かって歩き出し、碧衣はその背中が人混みに消されるまで見ていた。
『左眼か……………また厄介なことを……………』
繊月の巫の呟きを碧衣は聞き逃したのだった。
次回からは佳弥斗が遺した思いと、直紀&碧衣の距離が縮まる章に入ります。




