忘れない 6
「いつ神子」をいつも読んでくださってる方、この小説を新たに見つけて下さった方、ありがとうございます。明日から更新時間が21時10分(最終話まで毎日)に引っ越します。
この章からヒロインとヒーローの時間が動き始めています。
「分骨してダイヤモンドにすることを許してもらえるでしょうか」
環と同じく優しい雰囲気の両親が顔を見合わせて頷き、「私たちは環を側に置きたいと言ってくれる直紀君に感謝してるよ」と快諾してくれた。
その流れで9月末に49日法要をし、遺骨の3分の2を奈良県内の先祖の墓に納骨、3分の1をヨーロッパに送ることを確認した。
直紀と環の間に子どもがいなかったことと、結婚してまだ4年という短い結婚生活だったことで、環の両親が東条の墓ではなく奈良の墓に納骨してほしいと頼んできたのだ。
直紀の34歳という年齢を考えてもいずれ再婚するであろうし、その後子どもを授かればその家族のことだけ考えてくれたら良いのだ、とも言ってくれた。
それに何より、東条家の墓はアメリカにある。この義両親が環の墓参りのたびに渡米するのは大変だろう。
分骨に関しても義両親は反対する理由がなかった。そして、ジュエリーが大好きだった娘が美しいダイヤモンドになって、常に彼の腕に添えられるのを喜ばないわけがない。
夕方近くまで環の実家に居て、再び近鉄特急で名古屋に向かった。
直紀は夕方の混雑した駅弁売り場に行って、繊月の覡に声をかけた。
(夕飯は駅弁にしようと思ってるんだ。駅弁っていうのは、列車の中で食べる弁当のこと。・・・お前が選んでくれると一緒に楽しめるんだけど?)
『任せてください!』
覡の弾む声が直紀にも心地良い。些細なことではあるが、直紀に頼られると覡は嬉しそうにしている。そして、意外にもこの神子は選ぶことが好きなのだ。
選びやすいように視線をゆっくり往復させると、『凄くたくさん種類があるのですね』と独り言ちながら真剣に悩んでくれている。
すると、『止まってください。このいろいろおかずが入っているこれ、これが良いです』と言って、夕食が決まった。
覡が選んだのは、鶏飯に海老フライ、あんかけスパゲティと味噌カツなど、名古屋名物がぎっしり詰まった「人気ナンバー1」とポップが貼られた駅弁だった。
(なかなかセンスあるなぁ)
丸1日かけての日帰りの旅も繊月の覡のおかげで気分が軽く、寧ろ楽しいものになっている。
駅弁を美味しく食べた後は疲れもあって、終点の東京まで眠りについてしまった。
(悪い。帰りは景色を見せてやれない)
『お疲れでしょうから、ゆっくり休んでください。終点に着いたら起こしてあげますから』
(お前がいてくれて良かった…)
眠りに落ちる寸前の言葉はしっかり覡に届いた。
『ああ、この方の魂を奪うことはできないなあ……』
彼と心の距離が縮まるほど、天界への距離が遠のく気がしたのだった。
東京の自宅マンションに帰り着いたのは21時を少し過ぎた頃になった。
近鉄特急を待つ間に駅のホームで買った「TO-J」スタッフと雅孝への土産の「赤福」をキッチンの涼しいところに置いてから、雅孝にメールを送る。
「明日、ミーティングの後、相談したいことがあるから時間取って欲しい」と送信すると、直後に「OK.。一緒にメシを食おう」と返ってきた。
2週間後に迫ったブライダルフェアの準備でてんてこ舞いなのだが、フェア終了後に行う49日法要で分骨し、直ちにヨーロッパに送る手筈は今日義両親から許しをもらったことで進められる。
それから、メモリアルダイヤモンドの話を雅孝には事前に耳に入れておいたが、数珠ブレスレットにあの琅玕翡翠を使うことはまだ話していない。
年末年始に開催予定のイベント用のジュエリー製作と個別のブライダルアクセサリーの製作だけでも、休みが殆ど取れないようなスケジュールを組んでいて、雅孝も山ほど仕事を抱えている。
それを知りながら、翡翠の原石から加工してもらう仕事をしてくれ、と頼るのは環のためとはいえあまりにも申し訳ないが、それでも他のクラフトマンに依頼する気はなかった。
ー明日、下げられるだけ頭を下げよう。
そう思っていたのだが……。
「もちろん、喜んでやらせてもらうよ。第一、断ったら友香里にどやされる」
雅孝は詳細を聞く前に即、快諾してくれたのである。
「俺以外のヤツに頼んでいたら怒るところだった」とまで言ってくれたのだ。環を妹同然に可愛がっていたのだから当然の権利だと主張する。
「ありがとう、雅さん。それで、あの琅玕を使おうと思ってるんだけど」
それを聞いて雅孝が大きく頷く。
「それは良いな。タマちゃん、楽しみにしてたのに見てないもんな。・・・うん、あの塊から1番良い所を切り出そう。デザインラフ画は出来てるんだろ?今ある?」
直紀は雅孝に渡すためにB5サイズにプリントしたデザイン清書画を渡した。
「清書まで出来てるのか。ダイヤモンドは原石で、未加工のまま受け取るんだろ?」
デザイン画を食い入るように見て、「なるほど…」と呟きながら工程からのイメージを焼き付けていく。
「ああ。加工は全て雅さんに頼みたい。特別な宝石だからね」
20個近くの翡翠で手首を1周させ、そのうち1玉をメインストーンにして6本の24金製のツメで囲い、翡翠に埋め込んだダイヤモンドを止めるというデザインである。翡翠はグラデーションに並べ、ダイヤモンドを埋めるメインストーンは透明度が1番高い最も上質な部分を使うようにした。
「うん、凄く良いと思う。あの琅玕原石はかなり質の高い石だから、タマちゃんらしい数珠が出来るよ。任せてくれ。最高のものを作るから」
雅孝は自信ありげに親指を立てて仕事を引き受けた。
直紀は目頭が熱くなって、「ありがとう」と頭を下げたのだった。
そこで丁度「アジの開き低定食」が運ばれてきた。鯵の干物と切り干し大根の煮物、小松菜のおひたし、豚汁と五穀米が長角盆に並んでいる。
「ちゃんと食事取ってるか?」
鯵に醤油を垂らしながら雅孝が聞いてくる。
「まあ、できるだけ健康的に食べるようにしている」と豚汁に口を付けて言った刹那、頭の中で『カップ麺が多いです』と茶々が入り、思わずむせ返った。
「ちゃんと食べます」
殊勝に訂正したのだった。
食事中も数珠ブレスレットの話が続き、ダイヤモンドがヨーロッパから戻ってくるまで4か月かかることを契約書を見せて伝えた。それを確認すると「それじゃあ…」と言って人差し指で眉間をトントンと小突いて2、3度頷くと「完成して直紀に渡せるのはバレンタインデー辺りだな」と目途を立てた。
その後数日は寝る暇も、健康的な食事を取る間もない程忙しい日が続いた。
ジュエリー単独のイベントならはスケジュールの変更は限定的で、雅孝を含む3人のクラフトマンとの打ち合わせも隙間を利用したりして余裕があるのだが、コラボイベントはとにかく「ちょっとここを変えたい」とメールが1本入るだけで、流れが大きく変わって予定が狂うのだ。
スタッフも休日返上でオフィスに缶詰め状態である。そんな忙殺期間が続いても、イベントに足を運んでくれるお客さんに喜んでもらって、SNSで嬉しい書き込みがあったり、注文が入ったりすると一瞬で疲れと苦労が帳消しになる。
そしてまたその快感を味わいたくて、コラボイベントを受けてしまう。
この繰り返しで製品の質も知名度もあがるのだ。




