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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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忘れない 5

 直紀は30階の自宅に戻ると、キャビネットに置かれている「環」に「ただいま」と真っ先に声をかけることが習慣になっている。

 リビングテーブルにタブレットとシステム手帳、そしてデザイン画の入ったドキュメントファイルを置いて、電気ケトルをオンにする。ここまでがルーティーンである。

 食品ストッカーに買いだめてあるいろんな種類のカップ麺を選ぶことなく取り出すのを見て、繊月の覡が『またそれですか?』と苦言を呈する。

 下界に降りて人間の食生活を学んだのだが、直紀が口にするのは殆ど湯を注ぐだけで完成する代物だ。

 都心のタワーマンションの周囲には多種多様なレストランがあるし、コンビニもある。調理するのが面倒ならは食べに行けば良いだろう、と毎日覡が言っているのだ。


(仕事があるから)


 毎回帰ってくる言葉決まっている。


『明日はまた中華を食べに行ってください。約束しましょう』

(わかった。わかった。・・・お前は環と同じことを言うよな)


 繊月の覡の姿は見えなくても、環のいない寂しさを幾分埋めてくれている。

 それが有り難かった。


『あのタマキどのの遺骨は49日経てば墓の中に入れると言っていましたが、なぜこのまま置いておかないのですか?』


 カップ麺に湯を注ぎながら「お墓には先祖が眠っていて、一緒に眠ってくださいって言う願いから…だな」と声に出して答える。


『魂は天界に昇っているのに、遺骨まで手離してしまうと手元にタマキどのが残りませんが、寂しくないのですか?』


 カップ麺の蓋を押さえたまま直紀は黙り込んだ。


「そうか…。俺が次に死んでも環と同じ墓には入れないんだよな」


 そう呟いた瞬間、ひとつの考えが閃いた。


ー分骨!カケラでも良いから、手元に置くことができるじゃないか!

「神子さん、ナイスだ!」


 直紀がカップ麺の蓋から思わず手を離すとパカッと蓋が捲れ上がったが、それを気にすることなく嬉しそうな顔で環の遺骨を満足そうに見て、何度も大きく頷いた。


「よし、明日は中華を食べに行こう!」



 その夜早速、ケント紙にデザインを描き始めた。

 まずは、環が目にすることができなかったあの琅玕翡翠を前に置いてイメージを膨らませていく。次に「環」を包むメインストーンにこの琅玕の最も質が高い部分を使用することが決まった。この原石は幸いにも量が十分あるので、デザインで妥協する必要が無い。

 そして環への気持ちが一気にデザインを完成させたのだった。


 数日かけて満足のいくデザインが描けたところで、環の両親に電話をかけて日曜日に奈良に行くと伝えた。


『遺骨を分けもらえるよう頼みに行くのですね』

(ああ。反対されることはないだろうけど、準備が必要だから予め話をしておくのが筋だよな)


 今日も無事に定時刻で仕事が終わり、繊月の覡の好きな回転寿司を食べて帰ることにした。

 値段によって違う皿に乗せられた寿司が目の前を流れていくのを見るのが楽しいのだと言う。直紀は好き嫌いなく食べるので、覡が選ぶ皿をレーンから取って食べていくことにしているのだが、黄色が好きな覡は「玉子」を指名することが多い。「玉子」が連続でも直紀は覡の選んだ寿司を喜んで食べる。

 ふたりで食事するのが楽しいのだ。


 店を出て、夜空を見上げると糸のように細い月が見える。

 都会の街の灯りが明々と輝く空。星の輝きは消されても、その細い月はかろうじて見つけることができた。


(今夜だな。祈りたいと言ってよな)


 2日前に繊月の覡は直紀の仕事が終わってからで良いので、1時間程度夜空を眺めて欲しいと頼んだのだった。当番の日に祈りを捧げる役目を担っていると聞いていたので、自分も環が生まれ変わって幸せになるよう一緒に祈ると言った。

 部屋に帰って、ワイングラスにシャルドネの白ワインを注ぎ、灯りを消して窓の外がよく見えるソファに腰を下ろす。

 今夜も環が好きな東京タワーが綺麗だ。

 グラスを目の高さに上げたのを合図に、直紀と繊月の覡が祈りを捧げる。どこかで繊月の巫も祈っているだろう。


 その夜は日付が変わるまで、静かな時間(とき)が流れた。



 そして日曜日。午前中に奈良の環の実家を訪問できるようにマンションを出た。繊月の覡は新幹線で名古屋まで、そこから近鉄特急に乗り換えて大和八木駅までの4時間の列車の旅を楽しんだ。直紀は覡が車窓の眺めを堪能できるように外の景色に目を向ける。

 都心のビル群を過ぎると「あれが1番高い山なんだ」と富士山を教え、山を越え、川を渡り、様々な風景を説明を添えて「ふたり旅」をする。


『下界は本当に美しいですね』


 何度も感動を吐露し続けた。


(いっぱい土産話を持って天界に帰れるな)


 環の実家は近鉄を降りて徒歩15分程の旧家が並ぶ1角にある。この地区は昔の町家が保存されていて、国の重要文化財や古民家をそのまま利用したカフェもあり、ちょっとした観光コースになっている。

 大型車がすれ違うにはギリギリの道幅の両側には格子構えの窓と板壁や漆喰仕上げの塀の家が並んでいる。店の看板も鋳物や木製で統一され、ガスメーターやエアコンの室外機までもが木格子で囲われているのだ。


 環の実家の戸口も木製の格子戸である。その引き戸を開けると土間が奥の中庭まで続き、右側が土壁、左側に居宅がある旧家だ。土間に足を踏み入れて、「直紀です」と少し声を張ると直ぐに「ようこそ、いっらしゃい」と環の母親が『みせのま』ー通りに面した1番目の間ーにある障子衝立のむこうから現れた。

 みせのまに続く『なかのま』には絨毯を敷いて、リビングセットを置いている。直紀は手土産として持ってきた鳩を象ったサブレを渡すと、2人掛けのソファを勧められた。

 母親が飲み物を用意する間に、父親が「よく来たね。もう身体は大丈夫なのか?」と気遣いながらやってきて、義息子の前の1人掛けソファに腰かけた。

 その後、義両親が揃ったところで、直紀が急遽会いたいと言って訪ねた目的を話し始める。直紀は、手元に環を感じられるものがなくなるのが辛くて仕方ないのだと正直に打ち明けた。


「つまり、環の遺骨を分けて、直紀君が身に着けられるように加工したい、と言うことだね?」


 直紀は頷きながらドキュメントファイルからデザイン画と琅玕翡翠の写真、そして急いで印刷した資料を取り出してテーブルに並べた。


「はい。3分の1程度分骨していただきたいのです。まず、ヨーロッパの専門企業でダイヤモンドにしてもらいます。それからこの翡翠を使って数珠ブレスレットを作ろうと思います。数珠にすれば常に身に着けられますから」


 環の両親はデザイン画と翡翠の写真を手に取って「綺麗な翡翠ねえ。デザインも素敵だわ」と言い合い、納得したように数珠ブレスレットの画を撫でている。

 その義両親の様子を見て「我が儘言ってすみません」と頭を下げた。


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