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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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忘れない 1

「碧衣、診察券は持った?」


 忙しなく動き回りながら母が玄関を挟んだ奥の和室ー父の仕事部屋ーから娘に確認するように声を張っている。母は作家である父のマネージャー兼アシスタントをしていて、この日は出版社に出向くことになっているために時計を気にしながら走り回っているのだ。


「うん。先週お兄ちゃんに付き添ってもらったとき預けたんだけど、忘れないように夕べのうちに返してもらったよ。・・・因みに、これ云うの3回目だから!」


 母に向かって大きめの声で言うが、念のためこそっと財布の中を覗いて保険証と診察券が入っていることを確かめる。

 今日は退院してから2回目の診察で、ギプスから解放される日を通知してもらえることになっている。診察にはいつも旭陽が付き添ってくれるのだが、生憎都合が付かないためタクシーになりそう…と3日前の電話で俊介に何気なく話したところ、休日出勤の振り替えをその日に取ると言い、兄に代わって付き添ってくれることになったのだ。


 俊介は碧衣、佳弥斗と共にあの不慮の事故に遭っている。

 佳弥斗は命を落としたが、俊介は奇跡的に掠り傷程度で助かった。運転していたのが俊介だったために、親友を死なせてしまったと自分を責めているのが表情や言葉に出ることがよくある。

 事故後、精神的に不安定になった俊介は専門医のカウンセリングを何度も受けて、漸く落ち着いたのだと碧衣は最近になって聞かされた。そんな状態の中、入院中の碧衣のもとに何度も来てくれていたのだ。

 もっとも、あの事故は誰が運転していても防ぐことはできなかった、と警察も保険会社も一時騒いだマスコミですら共通した見解だったのだが。

 碧衣も俊介に過失があったとは微塵も思っていない。寧ろ、炎上直前に車外に引っ張り出してくれたおかげで肉体が残り、こうして生き返ることができたのだから感謝しかない。


 その俊介が診察の後、ランチに行こうと誘ってくれたので、旭陽と出かけるときよりうんと可愛く見えるように、今日は白いリボンタイのブラウスとブルー系の花柄ふんわりスカートを選んだ。メイクも久し振りに丁寧にした。バッグは斜め掛けができるがま口タイプ。

 残念だが、靴はギプスと松葉杖のために右足だけのスニーカー。

 がま口ポシェットを覗いて忘れ物がないことを確認すると、玄関ホールのテレフォンシートに座って俊介を待つ。


「お母さんは、お父さんの増刷の打ち合わせでしょ?帰りは遅くなるの?」


 オーク材でできたテレフォンシートの小物台に肘をついて姿が見えない母に声をかけると、「晩御飯の支度までには帰ってこられると思ってる」と、これもまた声だけで返ってきた。


「私は俊介くんとランチした後、浜松町のマンションに寄るけど、私も晩御飯の支度は手伝えると思うわ。それまでに送ってもらうから」


 浜松町のマンションとは、碧衣が音楽大学入学と同時に借りた彼女専用の住まいである。完全防音がウリで、多くの音大生やミュージシャンが住み、ピアノ弾きには理想の住まいなのだ。

 父と兄は自宅で執筆しているため、リビングも防音にしている。とはいえ、完全に聞こえないわけではない。1日中ピアノの音が耳に届くと仕事にも差し支える。

 学生の間は基本的に自宅から通学し、執筆中はこのマンションから通うようにしていた。そして卒業と同時に ERABLE HOTEL まで2駅という利便性から、ギプス生活になる前までここで1人暮らしをしていたのだった。


 インターホンが俊介の到着を知らせる。片足だけスニーカーを履いて「う~ん、やっぱり決まらないなぁ」と独り言ちながら玄関扉を開けて「今日はお世話になります」と彼を招き入れた。

 俊介が迎えに来たことを知って和室から母が現れる。


「今日はありがとう。俊介君が一緒だと楽しい1日になりそうで良かったわ」


 意味ありげな笑顔で挨拶する母。


「僕も碧衣ちゃんの回復具合が気になるから、付き添いを頼まれて嬉しいですよ。・・・あ、これウチの9月のお菓子です。兎の練り切りとすすきの流し物です」


 小倉堂の名入りの紙袋のまま和菓子を母に手渡す。小倉堂は俊介の実家で老舗の和菓子屋である。


「ありがとう。今夜、みんなでいただくわ」


 碧衣と母が顔を見合わせて頷いた。


「じゃあ行こうか」


 俊介が玄関扉を開けて、駐車場までのアプローチを歩幅を合わせて歩いてくれる。

 白いワンボックスカーに碧衣が乗り込む際、松葉杖を受け取って、彼女が座席に腰かけてから後部座席に置く。彼女がギプスでも乗り降りしやすいように、俊介の義兄から開口口が広いこの車を借りてくれたのだと言った。 

 事故後、運転を控えるつもりだったが、大木が後方から倒れてきて避けようがなかったということで、誰も俊介の運転再開に異論を唱えなかったし、何よりも空白期間を長引かせることで運転に対する恐怖心を増幅させるのではないか、車好きの俊介が運転したいと思うのであればそうすれば良い、と皆が口を揃えて言ったのだった。

 碧衣は俊介の運転にも彼自身にも信頼を寄せていて、こうやって送迎してもらうことに一抹の不安を抱くことはない。それに、碧衣が俊介の運転する車に乗ることで、彼が抱く罪の意識が薄れるなら喜んで協力したいのだ。


「脚の調子どう?」


 前方から視線を逸らさずに尋ねてくる。


「もうギプスがねぇ…。重いし、脚は浮腫むし、痒いし…。隙間に鉛筆を差し込んで搔いてます、って前回の診察で先生に話したら、『皮膚が傷付いて、そこからばい菌が入っても薬を塗ることができないからやめるように』って言われちゃって…」


 痒みの話をしていると、何となくムズムズしてくる。


「そりゃぁ辛いなあ。でも、予定では来週末には外してもらえるんだろう?」

「うん。今日、レントゲンを撮って、順調だったら来週中には身軽になれると信じてるんだけど」


 碧衣は大袈裟に両手を合わせて祈りのポーズをする。


「俺も一緒に祈ってるよ」


 何気ない会話をしながら、碧衣は俊介に事故関係者である東条直紀について何か知らないか、尋ねようかと一瞬気持ちが揺れてしまった。少しでも早く東条直紀の情報を得たいが、事故に関する話をするのはフラシュバックを起こす可能性もあり、俊介の心を傷つけるだけである。

 それに彼に聞かなくても東条直紀について知る方法はあるのだから、わざわざ辛い記憶を思い出させる必要はない。


 俊介も碧衣の家族でさえ事故のことを話題にしない。皆が大好きだった佳弥斗が犠牲になったのだから、思い出話をすることすら今は辛い。

 彼のことを懐かしく話せるのは、もう少し時間が経ってからだろう。 


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