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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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神子が来たワケ 5

(それほど想い合っていたのに、どうしてセンゲツのオトコミコ様は消滅する道を選ばれたのですか?)


 碧衣は躊躇わず尋ねた。

 巫はなかなか続きを語ろうとしない。

 恐らくここからが巫のいう「情けなく恥ずかしいこと」なのだろう。


 暫くして再び口を開いた巫の声のトーンが先程までの甘いものからピーンと糸を張ったようなものに変わっていた。


『ワタシが次の朔様に指名されたのです。朔様に選ばれることは巫として最高の誉なのです…ですが…』


 ここでまた立ち止まってしまう。

 本来なら、碧衣に話すつもりがなかったことなのだろう。東条直紀に会ってしまったことで巫の計画が狂い、こうして碧衣に打ち明けることになってしまったのだ。

 すらすらと語って下さいと急かすのは酷である。


 再び話し始めた。


『朔様は大御神の御言葉を直接賜ることができる唯一の神子なのです。そしてその御言葉を神子たちに伝え、天界が常に滞ることなく光霊を浄化させられる状態であるよう気を配っています。朔様は当番以外の日も1人、「朔様の間」という自身の名が付いた特別な部屋で光霊の幸せを祈り、天界の安寧に神経を使っているのです。その唯一の神子が特定の覡に心を寄せ、想いを語り合うなど絶対にあってはいけないのです。・・・それを十分承知しているにも拘わらず、ワタシは繊月の覡に対する気持ちを断ち切ることができませんでした。指名されたその場で「ありがとうございます。謹んでお受けいたします」と返事することができなかったのです。その上、恥ずかしげもなく、返事を待って欲しいなどと戯けたことを朔様に願い出たのです。ワタシの後にやって来る繊月の巫があの大好きな覡の新たな番になるのかと想像すると堪らなく胸が苦しい。そんな情けないワタシが大御神の御言葉を賜るなど許されません。うだうだと返事を先延ばしにするワタシを見兼ねたのでしょう。自分がいなくなれば未練なくお役目を引き受けるだろう、と繊月の覡は下界に降りたのです。・・・最後に「アイシテル」と言い残して』


(片道切符・・・愛する方のためにそこまでできるなんて…)


 繊月の巫が泣いている。

 碧衣も枕に顔を押し付けて嗚咽を漏らした。まだ「好きです」と伝えただけの佳弥斗を失った悲しみですらこの先癒えるのだろうか、と思えるほど辛いのに、100年以上共に愛し合っていた片方が相手を想って消え去る悲嘆は如何許りか。


 暫く放心していたが、涙が乾いてから碧衣は身体を起こしてピアノに向かった。

 自分は恋愛経験が乏しく、言葉で巫を慰めるスキルが無いに等しい。せめてピアノの曲で巫の痛みを和らげてあげられれば、と選んだリストの「愛の夢 第3番」を弾き始める。

 もう消滅してしまったかも知れない繊月の覡にも届くように、丁寧に美しく旋律を奏でる。愛が溢れ、感情が高ぶるとてもロマンティックなこの曲は天界で白い蝋燭の前で寄り添った2人の想いにピッタリだろう。

 次にドビュッシーの「アラベスク第1番」に移る。流れるように続く3連符が見せる景色は、きっと門の両側に立つ番が祈る美しい姿と声の調べに近いのではないか、と思い描きながら弾いた。 

 そして3曲目はリストの「ラ・カンパネラ」。もう会うことが叶わないという愛する番の片方に向けて別れの鐘を響かせる。


 繊月の巫は碧衣が自分と覡のために弾く美しいピアノの調べを聴きながら、覡の消滅がどうか穏やかなものであります様に、と祈った。

 天界の白い蝋燭の前で寄り添い、そっと重ねた200年を1つ1つページを捲るように思い返し、その1つ1つを順々に宝箱に収めていく。

 それと同時に、消滅する可能性があることも覚悟して自分を追って下界に降りて来た若い神子を天界へ帰らせるという使命も突き付けるような鐘の音だった。


 帰る方法は知っている。354日以内に番が一緒に魂を抱けばよい。番と魂が揃っていれば簡単に天界へ昇ることができるのである。

 簡単?

 碧衣という人間の中で数週間過ごしただけで情が湧き、この魂を肉体から奪うことなどもはや不可能である。では、覡が抱いて降りた魂を奪うのか?

 恐らく、それも難しいだろう。

 繊月の巫は自分が消滅することを恐れていない。寧ろそのために下界に降りて来たのだから。

 しかし、覡を消滅させるわけにはいかない。

 朔様の指名に応えず、下界へ降りた恥ずかしい神子が再び天界へ戻るなど、そもそも許されるのか?尊い光霊を弄んだとして、覡まで罰せられはしないだろうか?自分の浅はかな行動で若い覡の神子としての500年を棒に振るかも知れない。

 棒に振られた神子はどうなる?


 ぐるぐると思考を廻らせて顔から血の気が退く。


 まさか煉獄の池行きでは!


 下界で大罪を犯した墨色の光霊が放り込まれる阿鼻地獄、叫喚地獄のあの池にワタシと若い覡も放り込まれるのだろうか!


 碧衣の美しいラ・カンパネラの鐘の音が地獄行きを告げる裁きの鐘の音に聞こえてきて、先代の繊月の覡への安寧の祈りがハタと止まる。

 そうだ、1度に番の神子が役目を放棄してしまった天界はどうなっているのだろう?あと9日で次の繊月の日がやってくるではないか。

 繊月の巫は自分が下界へ降りた後は大御神が新しい巫を授けてくださって、若い覡と共に当番日に祈りを捧げるだろうと安易に考えていたので、番のいない繊月の日が気懸りで仕方ない。

 直ぐに新たな番を大御神は授けてくださるのだろうか。だとしたら、下界に降りた若い覡は天界に帰ってからどうなる?

 自分のことは考えないでおこう。とにかく、若い覡を天界に帰し、煉獄の池行きを自分だけで許してもらえる方法を探そう。


 繊月の巫は、「煉獄の池行き」が決定事項だと思い込み、まさか繊月の覡が朔様の許可と依頼を得て下界へ降りて来ているとは全く考えもしなかった。


(・・・さま・・・神子様?)


 いつの間にかピアノの曲は終わり、碧衣は和室のベッドに戻って腰かけている。


『ありがとう、アオイ。美しい曲に癒されましたよ』


 碧衣はベッドサイドテーブルに置かれたチラシを手に取って、裏面の「東条直紀」の写真を凝視する。

 「会いに行きましょうか」と、そうすべきだという気持ちを込めて神子に尋ねた。


『そうですね。会わなければなりません。・・・ワタシが軽挙をしたばかりに覡に迷惑をかけてしまいました。あの若い覡はワタシと一緒でなければ天界には戻れないのです。ただ、覡に会ったからと言って「では、帰りましょう」と簡単に首を縦に振れない事情もあります。会いに行く前に、ワタシが天界に帰る覚悟と勇気を持てるよう、そして天界に帰った後、覡が安全であるよう知恵を貸してもらえるでしょうか』


 腹を決めて消滅目的で下界に降りたのに、再び天界へ昇るのは余程勇気が要るだろう。


(私にできることがあるのでしたら、もちろんです)


 碧衣は、「東条直紀」の顔を脳裏に焼き付けるように熟視した。


次回からの新章で物語が動きます。

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