神子が来たワケ 3
いつの間にかすっかり「多重人格説」が薄れてしまい、神子の話にのめり込んで聞いている。
「では、ホテルで会ったあの娘がお前の番の神子が抱いて降りた魂の持ち主ってことか……」
ー彼女も1度死んだのか…。
『そうです。そうなんです』
直紀は覡が語る話を咀嚼しながら、あの事故から今までを時系列に整理していく。彼が書くメモは、環=死、自分=死→生き返る、男=死(肉体なし)、女=死→生き返る、となった。
天界というのは、自分たちが「天国」とか「あの世」と呼んでいる所なのか?大御神とはどの神かは分からないが「神様」のことだろう。
そして、自分は別人格に乗っ取られるのではなく、1度死んで、魂が身体から離れ、この神子のおかげで生き返った…と。
ただ、環は天界で生まれ変わるためにトンネルに入ってしまった。
「そうなんだな」
メモに書かれた文字をいちいちペンで指しながら覡に確認していく。
『それで間違っていません』
神子は直紀が理解し始めたことに安心した。
分かってもらえなければ繊月の巫に再会することは叶わない。
直紀は自分が書いたメモで「自分」の後にだけ「生き返る」とあるのを見て、自分だけが生き返ってしまったことを環に申し訳ないと思った。何ひとつ落ち度がないにも係わらず不貞を疑われたまま逝ってしまった妻が可哀想だと思い、何故、環は生き返れなかったのか尋ねる。
繊月の覡は、直紀が雅孝から生前、環に起こった不幸な出来事を聞かされたとき一緒に聞いていたのだ。だから、生き返れるならもう1人の女性ではなく、環を選んで欲しかったと思うのは当然だと思った。
「あのとき、3つの黄金色の光霊と1つの瑠璃色の光霊が昇ってきました。並んだ順は、タマキどの、ホテルの女、ナオキどの、瑠璃色の光霊でした。その中で最も明るい光霊はホテルで会った女のものだったので、巫様はその光霊を選んだのだと思います。この時点で、タマキどのの光霊は既に門を潜っていました。そしてワタシは、覡なので男の光霊しか抱くことができないのです』
「そうか…」
やはり環は生き返ることはできなかったのか…と納得せざるを得なかった。
「環は生まれ変わって幸せになれるんだよな?それは確かなんだよな?」
『ワタシたち神子は、全ての光霊の幸せを祈って門へ導きます。タマキどのの魂も幸せになると信じて祈りを捧げました』
リビングのキャビネットに置かれている環の遺骨と遺影を見ながら「ここに彼女の魂はいないのか…」とぼんやり感じて、それでもこの先も環と共にいたいと思った。
「ホテルでお前が探していた片割れを見つけたんだよな。その片割れを天界に連れて帰りたいと」
『はい。下界に降りた神子が存在できるのは354日間です。それを過ぎると消滅してしまいます。・・・・・・・・・それから、「片割れ」という言い方ですが、「繊月の巫様」と言っていただけないでしょうか。大切な神子様なので』
そりゃそうである。神子に対して「片割れ」はないよな、環のことを「片割れ」扱いしたら俺もブチ切れる…と反省した。
「センゲツのオンナミコ様はちょっと長いから、オンナミコ様でもいいか?」
『ありがとうございます。そのように呼んでいただくと心が落ち着きます』
「お前もオトコミコ様って呼んだほうがいいのか?」
『いえ、ワタシは神子に成りたてなので、お前で構いません』
了承を得てたので、「お前」となった。
「そのオンナミコ様があのホテルで会った女性の魂を抱いて、こっちの世界に降りた理由を教えてくれ。お前が追いかけて来たということは、オンナミコ様は寿命が近づいたから降りて来たわけじゃないんだろう?」
繊月の覡の話が真実であり、自分も複雑な事情に巻き込まれたのだと既に自覚している。
『繊月の巫様が下界へ降りたのは…………』
覡は繊月の巫が次の朔様に指名されたことから語り始める。
朔様になれば、想い合っていた先代の繊月の覡と番を解かれてしまう。それを悩み苦しんだこと、そしてなかなか受諾すると返事できずにいると、繊月の巫の迷いを無くすために先代の覡は下界へ降りたのだと語った。
「それだけ愛していたのなら、どうしてオンナミコ様は先代のオトコミコを追わなかったんだ?お前はオンナミコ様を追って降りて来ただろう?」
『ワタシは運が良かったのです。ワタシが新しい番として繊月の巫様の元にきたときから、巫様が下界へ降りようとしているのではないか、と予感させられることがあったので、心の準備ができていました。そして、最も運が良かったのは、同じ事象で天界へ昇ってきた複数の光霊の中から選んで降りてくれたことです。巫様を探しやすいですから。ところが、先代の覡様はその日最後の光霊を抱いて降りたのです。三日月の神子様の当番日に変わると、他の神子は光霊を抱くことはできません。次に光霊を抱けるのは30日後にやってくる繊月の日なのです。・・・繊月の巫様と親しい十六夜の巫様から、どれ程巫様が悲しみ苦しまれたか聞きました。ご自分が覡様を追い詰めたのだと悔やんで、その姿は痛々しかったと話していました』
「だいたいの事情は分かった。オンナミコ様も辛い思いをしたんだな」
メモは既に文字と矢印で複雑になっている。それでもこのメモに書かれた人間と神子がそれぞれ悲しみ、苦しんでいるのだ。
直紀は愛する人を失う苦しみを痛い程理解している。
愛する者のために消滅覚悟で光霊を抱いて下界に降りた覡と、それを追えない巫。天界を空想できずとも、離れ離れになった番のことを思うと涙が滲むのだった。
「ホテルで会った女性は俺と同じ事故に遭った人だろうから、調べればすぐにどこの誰だか分かるだろう」
それを聞いて覡が安堵の息を漏らした。
「ただ、その女性に会ったとして、オンナミコ様は『はい、帰りましょう』と言ってくれるのか?それ相応の覚悟をして降りて来たのだろう?」
痛いところを突かれたのだろう。直接その姿を見ることができなくても、言葉を詰まらせているのが分かった。
「お前がこっちに降りて来たことをオンナミコ様は知ったわけだ。向こうもあの女性にお前のことを話すだろう」
そう言いながら、自分と同じように心の中に神子を住まわせている人間がもう1人いると思えば少し気が楽になる。
「オンナミコ様が天界へ帰るのを拒んだら、お前は1人で天界へ帰るのか?」
『いいえ。必ず繊月の巫様と共に天界へ昇ります』
覡はきっぱり、そして即答した。
今はそれだけしか言えない。巫と覡が一緒でなければ帰れないし、帰るためには下界へ降りるときに抱いた光霊が1つ必要なのだ。
「天界へ昇るので、直紀の魂かあの女性の魂が要ります」・・・即ち「我々のためにどちらか死んでください」ということである。
下界に降りる前に朔様とそのことは話して、それは仕方がないのだと了解しているつもりだった。それでも、実際に直紀の中で彼の生活と感情に触れてしまうと「魂をいただきたい」と軽々に口にすることはできなくなってしまった。
繊月の巫を説得するのと同じくらい難題であると、覡は額に皺を寄せる。
「そうだよな。お前もオンナミコ様を連れて帰るんだ、と覚悟を持って降りて来たわけだから、1人で帰るなんて無様な真似はできないよな。・・・よし、こっちも作戦を練るとするか!」
ひとまず直紀の協力を得られたことで、第一関門突破である。
難題は繊月の巫を説得してから巫の知恵に縋ろうと、今はその荷を下ろすことにした。
『よろしくお願いします。ナオキどの』




