神子が来たワケ 2
家に着いたときにはすっかり冷静になっていた。
次の定期検診で今起こっていることを主治医に話そうと思う。
リビングのコーナーソファに腰を下ろし、ちゃんと「別人格」と話ができるかわからないが、記録を残すためにボイスレコーダーをテーブルに用意する。
これから「別人格」と会話して最悪、身体を乗っ取られるかも知れない。その「別人格」がどんな性格の者なのかかなり不安であるが、とにかく呼び出してみることにした。
フーッと長く息を吐き出してからボイスレコーダーをオンにする。
ー緊張するなぁ。
「俺の中の『人格』、出てこれるか?」と言ってみたものの、これが正解なのか?
すると間を置かずに『はい、いつでも声をかけていただければお話できます』と頭の中にホテルで聞いたあの声の主が現れた。
とりあえず呼び出すことに成功してホッとする。
「お前は何者なんだ…いや、ちょっと待て!いくら頭の中とはいえ、この状態では会話し辛い。・・・環の鏡を持ってくるから待ってろ」
そう言い残して、寝室のドレッサーに置いてある卓上ミラーを取りに行く。
テーブルに鏡を置いて自分を映し、「別人格」を呼び出しても変化がないことを、まず確認した。
仕切り直してもう1度、「お前は誰だ」と鏡に話しかける。
『ワタシは繊月の覡と申します。天界からアナタの光霊を抱いて肉体に入りました』
それを聞いて、直紀は左手で両目を押さえ首を傾げる。
ーこれはまた……………厄介な設定の人格が現れたなぁ…。
オトコミコだの、天界だの、光霊だの、今までの人生で接点が合った単語ではない。あの事故で死にかけたときに三途の川辺りで拾ってきたのか?などと困惑して頭を掻いた。
『理解できないですよね。どのように話せはアナタに伝わるでしょうか』
「因みに俺の中にはお前の他に何人いるんだ?」
『アナタの中にはアナタの魂とワタシ1体だけです』
「変わった言い方をするんだな。お前は1人ではなく1体なのか?」
『はい。ワタシは人間ではなく、神子・・・大御神によって生み出された神子です』
温かくて耳障りの良い声の主が害を成す者ではないと訴える。それでも語る内容はチンプンカンプンで、直紀の頭上にハテナマークが増えていく。
この声の主が人間であろうと神子であろうと、「自分以外」であることに変わりはない。この主が「神子」という設定でいくつもりなら、今はそれに乗っかってみることにした。
「すまない。もう少し…イヤ、もっと嚙み砕いて説明してくれ。お前はどこから来て、どうやって俺の中に住み着いた設定になっているんだ?」
はぁーっと繊月の覡の落胆したような息を吐いたのが分かる。
『やはり下界の人間にワタシたち天界の神子の話を理解することは難しいのですね。そもそも信じてもらえるのか、ということですかぁ……………はてさて、何から話せば信用してもらえるのでしょうねぇ……………』
語尾を引き摺るように独り言ちてシンキングタイムに突入してしまった。
直紀は鏡の中の自分の顔を眺めながら、(時間はたっぷりあるんだ。どんなストーリーでもじっくり聞いてやるさ)と腹を括って、その時間を静かに待つ。
ところが覚悟していた程待たされることもなく、再び神子の声が聞こえてきた。
『できるだけ丁寧にお話しますので、少し長く語ります。衝撃を受ける箇所もあると思いますが聞いてください』
繊月の覡の言い方に「もう十分衝撃を受けているんだけどな」と返したかったがここで反論する必要はない。今は黙って耳を傾けるときだ。・・・じつはこの思いも覡には聞こえていたわけだが…。
『まず、ワタシが生まれた天界について話します』
「ちょ、ちょっと待て!メモだ…メモを取るから」
天界や神子、大御神など1度聞いただけでも難解な言葉がでてきたのである。これから語られる話はさらにややこしくなるだろう。
テーブルにメモとペンを用意して「いいぞ」と促した。
繊月の覡は天界とはどういう空間で、大御神が神子を生み出し、朔様を神子たちの中から要として選び、それぞれがどのような役目を担っているのか説明する。
次に神子の役目を番が日替わりで行い、その番という関係は基本的にどちらかが500年の寿命が尽きるまで続き、寿命が近づくと別れを告げて下界に降りる。欠けた片割れを大御神が新たに生み出してくれるのだと話した。
そして、寿命以外で番を解消する場合があって、それは巫の中から次の朔様を選んだときだと言った。
『ここまでは納得していただけたでしょうか?』
「そうだな…わかったようなわからないような……。ストーリーとしては辻褄は合ってるみたいだな。多分そこそこ理解できてると思う…多分」
直紀は自分の中に別の人格が入り込んでいる状態・・・俗にいう「多重人格」になったのだと思っていたことは間違っているんじゃないかと思い始めた。
今聞いている声の主しか自分の中にいないのなら、ホテルで聞いた別の声の主はどこにいるのか。
繊月の覡はそんな直紀の疑問を解消すべく話を進める。
『では続けますね。ここからワタシがアナタの中に入った経緯になりますが、信じがたい内容であるということを先に言っておきます』
繊月の覡があの事故が起こった日、下界から4つの光霊が天界に昇ってきたと言った。自分の番である繊月の巫がその4つの光霊の中で最も明るい、つまり1番若い光霊を抱いて下界に降りたので、巫を見失わないように自分も次の光霊を抱いて下界に降りたのだと。
そして、自分が抱いた光霊が直紀の魂であり、実は直紀は1度その命が尽きていたのだと明かした。
ーそんな都合の良い、出来過ぎたストーリーがあるか?
直紀は絡まった思考を1つ1つ解くように神子に質す。
「お前の話が真実だとしよう。真実だとすると、俺はあの事故で環と一緒に死んで、その天界とやらに行ったんだな?」
『そうです』
「環の魂はその門とやらを潜って、浄化してくれるトンネルに入った…と?」
『はい』
メモを見ながら頭の中を少しずつ整理していくと、新たな疑問が浮かぶ。
「あの事故では俺より若い男が犠牲になったはずだ。若い魂を選ぶなら、お前はなぜ若いほうを選ばなかったんだ?」
もっともである。
『下界から昇って浄化される光霊は2種類あります。下界に肉体が残っていることを示す黄金色の光霊と、戻ることができる状態の肉体が残っていないことを示す瑠璃色の光霊です。あのとき、ワタシが抱いて降りられる黄金色の光霊はアナタのものしかありませんでした。あと1つは瑠璃色だったので、それを抱くことはできないのです』
たしか入院中、警察から教えられた話にももう1台の車は炎上し、男性がその中に取り残されたと言っていたことを思い出した。ニュースでもそう伝えていた。
神子の話の辻褄は合っていて、どれも直紀を納得させて頷かせるに十分なものであった。




