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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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天界 2

 寿命である500年近くを天界で奉仕して次に来た月神子に引き継ぐと、当番日にできるだけ暗い光を放つ光霊を抱いて下界に降りる。

 下界に降りられるのは当番日に限られているのだ。他の日ではドライアイスの床を通り抜けることが出来ない。

 1度下界へ降りると最長で太陰太陽暦の1年に当たる354日で静かに消滅する。

 暗くしか光れない光霊は寿命が殆ど残っていない魂なので、元の肉体に戻ってもすぐに寿命が尽きて、再び天界に昇ってくることになる。神子は下界では抱いて降りた光霊が存在しなければ消滅してしまう。

 消滅する前に再び天界の門の広場に戻るには、番でなければ昇ることができない。下界へ降りるために抱いた魂のうちどちらか1体を、番の神子で挟んで昇るのである。

 悲しいかな、片方の神子が先に下界に降りると、残された神子が探しに行こうにも、どの肉体に入ったのかわからない。だから、下界に降りる神子は消滅することのみを目的として、覚悟を持って光霊を抱くのである。


 この仕組みは神子たち全てに生まれた時から刷り込まれている。

 そして寿命が近づいた神子は、番の神子だけでなく他の神子たちにも別れを告げて下界へ降りるのだ。

 光霊を門へ導くための祈りは、左手の甲に右手を当て行い、白衣の胸の合わせの辺りに置いて行うのだが、下界へ降りる神子を見送る時の祈りは、それに加えて膝を折って祈るのである。それが最上級の祈りの形だ。

 少しの間、当番の神子も含めた58体の神子が膝を折って祈り、立って祈る朔様の美しいクリスタルの声が天界に響き渡る。


 それはとても悲しい儀式である。



「ワタシもオマエが次の朔様に選ばれたことを誉に思うよ」


 繊月の覡は、目を細めて巫を見つめる。

 こうやって寄り添えるのもあと僅かだろう。縁あって番となったのだから、巫が朔様になるその時までは想い神子として過ごし、それで気持ちを封印しようと決心した。


「朔様への返事は次の朔の日だから何とか気持ちを整理してみます」


 その日まであと20日。巫もこの任命を断ることは神子として、してはならないことだと分かっている。そして「ありがたき幸せ」と返事をすれば、次の繊月の巫見習いがやって来る。暫くの時間をかけて引き継ぎ、朔様が頃合いを見て「代替わり」となるのだ。


 「まだ少しこうして隣にいられるのだから、オマエの笑った顔を見ていたい」と言って、巫の両頬を摘まんで口角を持ち上げる。

 静かに寄り添う番がいつも通り、いつもの場所にあった。


 翌日には繊月の巫が次の朔様に任命されたことが神子たちの知る処となった。「ワタシが朔様になりたかった」と申し出てくれる巫がいたら、喜んで朔様にお伝えし、その巫に譲れるよう誠心誠意お願いするのに、皆、繊月の巫が次の朔様になることを当然のように承服したのだった。

 何とも気持ちを整理することができないまま数日後、十六夜(いざよい)の巫に心の内を明かした。十六夜の巫は繊月の巫とほぼ同時期に生を受けて神子になったので、最も気心の知れた仲である。


「ワタシ、朔様になるのが嫌って言ってるんじゃないの。有り難いと思ってるのよ。ただ、繊月の覡と番でなくなってしまうのが辛いの。覡の寿命が尽きる寸前まで番でいたいのよ」


 苦しい胸の内を聞かされて十六夜の巫は、「ワタシが代わってあげる、って軽く言えるお役目じゃないからねぇ…」と一緒に俯いた。

 朔様が、大御神の御言葉を直接聞くのに相応しいのが繊月の巫だと見做したのだ。それに異議を唱える神子はいない。


「辞退させて欲しいと朔様に返事したらどうなると思う?」


 俯いていた十六夜の巫がギョッとした顔で繊月の巫を見る。


「絶対、絶対ダメ!朔様が悲しむわ!」


 朔様が悲しむことはできない。大好きな朔様である。

 繊月の巫が上空を見上げて、どこまでも続くたくさんの蝋燭の炎を見る。


「そうよね。答えは決まっているのよね。・・・でも」と十六夜の巫にも聞こえるように呟くが、励ます言葉も慰める言葉も返ってこなかった。


 それから幾日かは淡々と日常が流れる天界だった。繊月の番もいつものように白い蝋燭前に仲睦まじく身を寄せ合って座っている。

 神子たちの間でも、次の朔様は当然繊月の巫であり、番が解かれるその時まで想い合うのであろう、と温かい目で見守っていた。


 朔様への返事を翌日に控えた三十日月(みそかづき)の夜、白い蝋燭前にはやはり繊月の番の姿があった。


「今日の光霊は暗い光のが多いから、たくさんの魂が寿命まで下界で過ごせたのですね」


 確かにその日は年老いて命尽きた魂がいつもより多い。巫がポツリポツリと話すのを覡が黙って耳を傾けている。


「寿命が尽きて魂が離れるまで、想い合う人と一緒にいられたのかしら?それとも早々に片割れだけになったのかしら?・・・アナタはどっちだと思いますか?」

「寿命が尽きて魂が光霊となって身体から離れる瞬間まで、想い人と寄り添っていたと思いたいな」

「そうですよね。傍にいて、手を握ったり、髪を撫でたりしながらお別れするの。・・・微笑み合いながら…」


 自分たちもそうでありたかったと思う。互いに口にしなくてもそれは叶わないことだと、諦めるしかないのだと。


「オマエが朔様になっても近くで支えるのは変わらないから」


 門の両側で一緒に祈りながら、そして合間に微笑みを交わす。当番日以外の日はこうやって白い蝋燭の前に腰を下ろして語り合う。それで十分だったのに…と項垂れた。

 暗い光霊の列を眺めながら、それ以降会話は続かなかった。


 ついに朔の日。繊月の巫は再び赤い蝋燭が浮かぶ部屋にいた。朔様が現れる前から床に手をついて頭を下げている。


 薄紅のカーテンが揺れる気配がした。


「繊月の巫、顔を上げてワタシを見ないのをどう捉えればよいのか?」


 美しく響く声で尋ねてくる。不機嫌であったり、()して怒ってなどいない。

 いま、繊月の巫に起こっていることは、朔様自身が経験してきたことなので、巫がどれほど思い悩んでいるか1番理解している。そして、繊月の巫が自分のときより決断が躊躇われるのは、想い合う番がいるからだとも承知している。

 頭を上げることが出来ないまま「朔様」と口を切った。


「次の朔の日まで、お返事をお待ちいただけないでしょうか。・・・まだ心が……心が揺れているのです。このような心で出した答えは、大御神にも朔様にも不誠実で美しいものではありません」


 下げている頭をドライアイスの煙のような床に突っ込むほどもう1段さらに下げる。そんな巫に近づいてしゃがみ、頭を下げ続ける巫の肩にそっと手を添えて小さく擦った。


「ワタシにはまだ時間があります。迷うオマエの気持ちもわかります。直ぐに返答できない事情があって、本心ではどう答えたいか…それを了解した上で尚、この役目はオマエが最も相応しいと判断してのこと。だからもう1朔望日(朔日から次の朔日までの間)待ちましょう。よく考えなさい」


 自分勝手な願いを聞き入れてくれる朔様の心の広さに感謝すると同時に、やはり朔様の思いには応えなければいけないのだと、ずしりとした責任を突き付けられたような痛みが全身を貫いた。


 朔様が薄紅のカーテンの向こうに消えるまで、繊月の巫は頭を上げることはできなかったのだった。

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