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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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碧衣 事故前 2

 碧衣の父、如月(きさらぎ)泰道(やすみち)は『桜小路(さくらこうじ)恭介(きょうすけ)』というペンネームでミステリー小説を書いている。そのうち何作か映画やテレビドラマの原作にもなり、それなりに人気がある作家だ。


 その父の新作『殺人鬼はじゃんけんがお好き』の発売記念サイン会が、都心の TSUTORA書店で開催されることになり、碧衣はマネージャーを務める母、梨香子(りかこ)とともにスタッフとして参加していた。

 父が次作を執筆するためのエネルギーになる激励の言葉を、ファンからかけてもらって嬉しそうに会話する姿を間近で見るのが楽しみで、都合がつく限り手伝うことにしているのだ。

 スタッフとしてイベントに参加するときは、ウエーブのかかった肩までの黒髪を後ろに纏めてゴムで括るようにしている。6月に入って夏服シーズンなので半袖の白い開襟シャツに膝丈の濃紺タイトスカート、黒のローヒールというシンプルなスタイルは母と揃えた。


 今回も多くのファンが来場することが予想されたため、書店と話し合って整理券を事前に配布することにした。

 それでも配布予定時刻の1時間前には整理券を手に入れようとする来場者が集まり並び始めた。そしてサイン会開始時刻になった頃には列が少し乱れてきたので、碧衣は出版社のスタッフと「もう少し間を詰めてお並びください」と順に声をかけていく。


ーあれって、橘くんじゃないの?


 碧衣から10mほど先に佳弥斗が友人らしき男性と話をしながら並んでいるのを見つけた。

 声かけをもう1人のスタッフに頼み、父がサインをしているテーブルの横に立って、涼しい顔で彼の番がくるのをドキドキしながら待つ。


ー彼が友人と笑っている。


 今の碧衣はシンプルなスタッフ衣装で髪をひとつに纏めているため、同じ大学の学生だと気付かないだろう。


 笑顔の佳弥斗から目が離せない。


 漸く佳弥斗が父の前に立って、整理券と引き換えに目の前でさらさらとサインをした新刊を受け取った。


「いつも新作を楽しみにしています」


 そう言って今度は佳弥斗から父へのプレゼントが入っているであろう紙袋を渡す。それを「ありがとう」と父が受け取り、隣でアシストしている母に渡してから佳弥斗と握手をする。

 その一連の流れで、「私に気付かないかなぁ。気付け…気付け…」と念じながら視線を送るが、最後まで彼が碧衣を見ることはなかった。


 あっという間に佳弥斗の番が終了して、新刊を背負っていたリュックに入れながらサインテーブルから遠ざかって行く。

 「今動かないとチャンスは2度とない」と自分で自分の背中を押して、大学のミーハーな女学生と同じレベルで「橘くん」と呼び止めた。

 改めて彼を見ると、薄いグレーの半袖ポロシャツにジーパン姿。別に特別おしゃれなわけじゃない。それでも「何を着てもカッコいいなぁ…」と見惚れてしまう。

 リュックの肩ひもを右手で持っていると、指揮者特有の親指から肘にかけての筋肉が盛り上がっているのが分かる。それが碧衣をキュンキュンさせるのだ。

 もっと堪能したいが、彼が立ち去ろうとする前にアピールするべきだ、と本能が告げるので、彼に向けてニコッと微笑んでみた。


 佳弥斗は碧衣の顔をまじまじと見て、「あっ」と声を発し、「同じ大学の…」と首を傾げて記憶をたぐるような表情をしている。


ーえっ?もしかして、私のこと知ってる?


 自分は地味で人の目を惹くほどの美人ではないので、絶対に彼の記憶の片隅にも入れてもらえてないだろうと思っていた。だからこそ、佳弥斗の仕草に驚いたのだ。が、それと同時に今は彼の頭の中が自分でいっぱいだと考えるだけで嬉しくなり、徐々に頬が紅潮するのが分かった。


「私、ピアノコース1年の如月碧衣です。・・・父の本、読んでくれてるんですね。ありがとうございます」


 多少の緊張を含む笑顔ー彼女なりの最高の笑顔ーをしてペコッと頭を下げた。


「そっかぁ!先生の本名は如月泰道先生だったよね。きみが娘さんだったなんて。先生の家族と知り合いになれるとは、なんてラッキーなんだ!僕は『探偵は2度のくしゃみで謎を解く』を映画館で観て、先生の作品に嵌ったんだ。・・・あ、勿論それ以前の作品も含めて全部読んでいるよ」


 驚いたことに、碧衣以上に佳弥斗が興奮して目を大きく見開いている。どれほど泰道のファンであるか、あまりに得意顔で捲し立てるように語るので、碧衣は自分事のように照れ笑いした。

 この雰囲気だともう少し会話が続く予感に「お父さん、ありがとう!」と心の中でガッツポーズをして叫んでいた。ここはちゃっかり『桜小路恭介の娘特権』を有効利用させてもらわなきゃ、と思ったその時、「佳弥斗、ここにいたんだ」という声が聞こえた。


 その声で、もうひとり一緒に並んでいた友人の存在を思い出す。

 白Tシャツの上にベージュのドルマンシャツジャケット、黒のテーパードパンツスタイルの男性が佳弥斗と碧衣を交互に見ながら近付いてくる。

 佳弥斗の隣に立つ碧衣は書店の店員に見える。

 親しそうに話してるのを見て、碧衣が逆ナンを仕掛けてると思ったのだろうか、「こちらは?」と碧衣の紹介を佳弥斗に求めたのだった。


「彼女は同じ大学の如月さん。・・・驚くなよ、なんと、如月さんは桜小路先生のお嬢さんなんだぜ」


 友人に向かって、たった今仕入れた特ダネを自慢げに、そして嬉しそうに披露してくれる。


「えっ!マジ?すげえじゃん!」


 目玉が飛び出すほど驚いた表情をしている。


「如月です」


 少々照れて名乗るが、本来なら佳弥斗と話せて喜ぶ立場のはずなのに、立ち位置が反転したようで何かむず痒い。


「コイツは小倉俊介。僕と同じ作曲指揮コースの1年で、幼馴染みなんだ」


 最後の「幼馴染み」の部分を少し顔をしかめて言う。それを見た俊介は「俺のこと好きなくせに」と口を尖らせて、自身の肩を佳弥斗の肩に軽くぶつけた。

 紹介された俊介は佳弥斗とほぼ同じ背丈で体型も似ている。両者整った顔つきで、2人と一緒にいると彼らの引き立て役にされそうだと思ってしまうほどだった。

 佳弥斗はクセのない黒髪をナチュラルなショートマッシュにし、俊介はアッシュに染めたショートヘアで前髪を立たせて両サイドを2ブロックにしている。

 大学では佳弥斗ばかりが目立って騒がれるが、どうして、俊介もなかなかのイケメンなのだ。


 俊介は碧衣の顔を覗き込むようにしてじっと見て、「大学で見かけたこと、あるような…。如月何さん?」と聞いてきた。


(いやいや、その様子、絶対に私のこと記憶のどこにもないでしょ)

「碧衣です」

「碧衣ちゃん?・・・えっと・・・碧衣って呼んでいい?俺は俊介でもシュンでもオッケーだから」


 俊介のいかにも「チャラい」雰囲気が碧衣の緊張を解してくれる。

 「もちろん、どう呼んでもらっても構いません」と返しかけると、佳弥斗が少し慌てて、「呼び捨ては桜小路先生にも失礼だぞ」と窘めた。


「それじゃあ、碧衣ちゃんで」


 そう言って、まだ佳弥斗とも触れ合ってないのに俊介が握手を求めてきた。すると嬉しいことに、佳弥斗が「じゃあ僕も碧衣ちゃんで…」と俊介に差し出しかけた碧衣の右手をぐっと握ってきた。


(ひゃっほーっ!)


 その日から彼らは「碧衣ちゃん」、彼女は「佳弥斗くん」「俊介くん」と呼ぶようになった。


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