天界 1
『ドウシテ オトコミコ ガ ゲカイ ニ!?』
『センゲツ ノ オンナミコサマ テンカイ ニ カエリマショウ』
直紀は頭の中にいきなり響いたクリスタルサウンドのような2種類の声に気分が悪くなって、碧衣を支えるために掴んでいた手を離した。
『マッテ! オンナ ニ フレテクダサイ!』
響き続けるガラス音に耐えきれず、衣装デザイナーとホテルのイベント責任者に「今日はこれで失礼します」とだけ告げて、自分のバッグを鷲掴みにしてレストルーム目がけて走った。
『覡まで下界に降りているとは……』
(センゲツの神子様?先程、別の声が聞こえましたが、あの声も神子様のものですか?いったい何が起こったのですか?)
碧衣はその場で立ち尽くして繊月の巫に尋ねるが返事はない。
『何ということを…何と愚かなことを…』
巫の絶望するような呻き声が碧衣の頭で繰り返される。
一方の直紀は、頭の中で響き渡る声に吐き気を催し、1番近くのレストルームに駆け込んだ。
「な、なんなんだ!」
洗面台に両手をついて、自分の顔に変化がないか、鏡に映していろいろな角度から確かめる。
『お願いです。先程の女に触れてください。巫様と話をしなければならないのです。・・・天界に、天界に連れて帰らなければいけないのです』
直紀の中で覡の哀願が響く。
* * *
繊月の巫が下界へ降りる前の天界。
「ワタシの部屋に来なさい」
そう声をかけられたのが少し前。断ることも逃げることも許されない。
覚悟を決めて、繊月の巫は「朔様の間」にいる。
遥かな高みから垂れ下がった薄紅のカーテンが2方向にあり、一方は門の広場に続く道側、もう一方は大御神がいるとされる空間に続いている。
大御神とは、下界で「神様」と呼ばれ崇拝されている存在である。
「朔様の間」には赤い蝋燭がいくつも宙に浮かんでいる。神子の中で、朔様だけが持つ特別な部屋なのだが家具類はなく、ここもドライアイスの煙のような床が広がっていた。
門の広場で、番ではなく片方だけに、いきなりこの部屋に来るように、と呼ばれるのは近いうちにその神子が新たな「お役目」を担う、という意味である。
番はペアで役目を担っているが、片方だけが違う「お役目」を担うことになると、番を解消させられるのだ。
「次の朔は繊月の巫に託します」
やはり告げられてしまった。
しかし、「ありがとうございます」とは言えず、頭を垂れたまま瞼をきつく閉じて身体を震わせただけだった。
朔様は59体いる神子の要であり、直接大御神から御言葉を聞ける唯一の神子である。
神子は大御神と違って永遠に生きられるわけではない。その寿命は500年ほどで、自分の寿命が尽きるのを悟ったとき、全ての神子は朔様に申し出て、次の神子を大御神から授けてもらって役目を引き継ぐのである。
そして、引き継ぎがを終えると下界へ降りて消える、とされているのだ。
神子たちは番になっても契ることはない。もう片方の神子に友情のような、親子のような情を持つが、「神子とは天界で奉仕するもの」だと生を受けた瞬間に身体に植え付けられている。
しかし稀に、深く恋慕する神子が生まれてくることがある。そして、繊月の番がまさにその「稀」だったのだ。
巫が次の朔様に選ばれなければ、互いに想い合っても問題はない。過去に互いに強く想い合って寿命を全うし、別れを告げて下界に降りた神子も存在したのだ。下界と同じく、互いに想い合っても命が尽きれば諦めるしかない。
ところが巫が朔に指名されれば、番であった覡は新たに若い巫と番わされ、それを見ながら同じ空間で過ごすことになるのである。
契ることも子孫を残すこともないのに、なぜ番になるのか?
門の両側にその日の巫と覡が立ち光霊を門に導いて、その魂がトンネルを通りながら「無」になり、次の人生が幸せなものになりますように、と祈る。そして巫は女性の魂に、覡は男性の魂に祈るため、番で役目を果たすのである。
当番日の番は、門の両側でひたすら光霊に祈りを捧げるが、当番日でなければ比較的自由に行動できる。神子になった時期が近いもの同士は自然に仲良くなり、光霊から洩れ出る下界の流行や出来事について語り合ったり、腰まで伸びた髪を梳かし合ったりして過ごしている。
そして想い合う繊月の番は、門が連なってできたトンネル横の床に腰を下ろしていることが多かった。そこにはひと際大きな白い蝋燭が床近くに立っており、ガス灯に照らされているようなロマンティックな一角だったのだ。
そのロマンティックな場所で番は、衣が触れ合う距離で座っているだけである。お茶を飲むことも花を贈ることも、そして口づけを交わすこともない。ただ寄り添い、下界から昇ってきた列に並んでいる光霊を眺めている。
たったそれだけの時間を愛しく感じているのだ。見つめ合い、床に置いた手を重ねる・・・それだけなのだ。
繊月の巫と覡はそうやって互いの想いを確かめ合ってきた。
明るく輝いている光霊は若くして命が尽きたことを表すので、それを見つけると「次は長く下界にいられるといいですね」と語り、多くの光霊が同時に天界に昇ってきたときは「下界で大きな災害か事故があったのですね」と残念がり、当番日でなくても、次の人生が幸せであるよう祈りを捧げた。
門の広場のいつもの場所に座っている繊月の覡を見つけて、巫が朔様の間に呼ばれたことを伝えた。
「ワタシが次の朔様ですって…」
覡が一瞬息を詰まらせて俯き、寂しそうな声で「おめでとう、と言うべきだな」と返した。
それ以外の言葉を口にしてはいけない。
大御神から御言葉をいただける朔様という役に選ばれることは、巫にとって最高の栄誉である。朔様になれるのは巫のみ。そしてそれを拒む巫はいない。
「オマエが次の朔様に選ばれるのは当然だと思うよ」
隣で俯いたままの覡は巫より随分先に神子になっていた。
「そう?ワタシは繊月のまま、アナタの寿命が尽きるまで隣にいたいと思っているのに?」
「大御神のお側にいけるのだから、指名されたことを幸せに思わないと」
その言葉は巫に・・・というよりも覡自身を納得させるために言ってるように聞こえた。
「ワタシが朔様になったら、アナタを想うことは許されないのですよ?アナタは平気なのですか?」
大御神の言葉を神子たちに伝え、神子たちの要として、下界から昇ってくる光霊たちを導く大任を仰せつかるのだから、特定の神子を慕うなどあってはいけない。今の朔様も自我を捨て、ひたすら大御神と天界の安寧のため「だけ」に生きている。
「それにアナタの隣に新しい巫が召されるわ」
「そうだろうな。だとしても、番であるというだけだ」
これは嫉妬である。神子だって嫉妬する。
そもそも神子たちはいつまでも「生まれた時の純粋さ」が保たれているわけではない。下界から昇ってくる光霊は浄化される前の魂なので、愛憎の想いが洩れているのだ。
当番が終わる毎に、神子に纏わりついた感情を「清浄の間」に行って流すのだが、それが数百年も続くと、流しきれずに残ったものがどうしても少しずつ蓄積されてしまう。そのため、神子にも寿命があるのだ。
下界の人間の魂が天界で浄化されて生まれ変わるように、神子も大御神によって定期的に「新鮮な」神子に入れ換えられる。
そう表現すると大御神は薄情に聞こえるが、人間と同じ感情にどっぷり染まった神子は判断を誤ることがある。
下界で大罪を犯して昇ってきた光霊は墨色なのだが、それが間違って門を潜るための列に並び、浄化されることがあってはいけない。一切の情を捨てて、その墨色の光霊を煉獄の池に連れて行くのだ。ところが神子たちは、煉獄の池の恐ろしさを知っているため、たとえ墨色であっても光霊をそこに放り込むことに苦しみを伴う。
一時の情けで、下界での大罪をなかったことのように、次の人生を歩ませないために他の神子たちも門の広場で常に目を光らせているのである。




