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いつかの先に逢えるまで ~神子様との同居は期間限定?もう会えなくなるなんてイヤなんですけど!?【完結済(全104話)】  作者: 静林


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直紀 目覚め 7

 直紀が環に抱いた疑念を完全に解いた「真実」はあまりにも残酷で、彼の心を粉々に砕いた。


ーたとえどれだけ酷く犯されたとしても、俺が慰めて記憶から消してやったのに…どうして打ち明けてくれなかった?・・・俺はそんなことで環を汚いなんて思わないのに…。


 胸が苦しい。

 心が痛い。

 環に会って抱きしめてやりたい。

 両手で環の結婚指輪を握りしめて胸に抱き、床に突っ伏して泣いた。


 どんな理由であれ、環を姦婦だと思い込んだことを許せない。愚かにも限度があろう。妻の変化に気付いていながら問うのを避けたことは、言い訳できない弱さが生んだ罪である。

 取り返しのつかない後悔を、この先ずっと背負わなくてはいけなくなったのだ。

 自分を痛めるように嗚咽しながら、手当たりしだいに酒を呷る。どんなに飲んでも酔わない。

 胃がムカムカして痛みすら感じるようになって、吐きそうになっても流し込んだ。このままショック状態になっても構わない。そうなれば、環に会って謝れるだろう。


 泣き疲れた直紀は指輪を抱いたまま、冷たく硬い床の上で身体を丸めて瞼を閉じた。


 翌朝、心配した雅孝がマンションを訪ねてきた。コンシェルジュが連絡を取ろうと試みても応答はなく、心が騒いだ雅孝がコンシェルジュを伴って部屋の前まで行き、インターホンを鳴らす。

 程無くしてガチャリと内側から開錠する音が聞こえた。


 雅孝がドアを開けると、ぼさぼさ頭に腫れ上がった目、剃られていない髭。そして昨日と同じ服装。やつれ切った男が玄関ホールの壁に全体重を預けて立っていた。

 一緒に来てくれたコンシェルジュは、妻を亡くした直紀が憔悴しているのだと察して、一礼してから引きあげた。

 壁にもたれる直紀には目もくれず黙って部屋に上がり、リビングに入ると酒の匂いが充満し、床にウイスキーやワインのボトルが転がっているのを目にした。

 環の遺影の前にウイスキーが入ったグラスがあるだけで、ほかにグラスは見当たらない。どうやらラッパ飲みで順々に空けていったようだ。

 「医者から酒はまだ飲むなって言われただろう」などと叱る気にならない。あの話を聞いた後、素面で夜を過ごす精神力を持ち合わせている人間が果たしているだろうか?

 散乱した酒瓶を拾いながら、「タマちゃんがその姿を見たら、どう思うだろうな。自分のことで、直紀がそんな風になってしまった、って泣いてるんじゃないか?」とリビングの入り口までトボトボ歩いて来て、再び壁にもたれて立っている抜け殻のような男に言い放つ。

 雅孝が環の遺影を手に取って、抜け殻となっている直紀の目の前に突き出した。


「ほら、タマちゃんに今のお前を見てもらえばいい。お前も言いたいことがあるんだろう?『ごめん、俺、何も知らなかったんだ。許してくれ』って言えよ!・・・ほら!」


 その勢いに押されて直紀は遺影から目を逸らす。


「目を逸らさずにちゃんと見ろ!」


 直紀の視線を追うように雅孝が遺影を再度突き出した。

 そして今度は音量を落として、口調を和らげて語りかける。


「最後、仲直りできなかったのは残念だと…俺も悔しいよ。でも、あの事故は避けられなかったと思う。・・・直紀はタマちゃんと一緒に死にたかったかも知れないけど、タマちゃんは直紀が助かって喜んでると思うよ。絶対に良かったって思ってる。・・・思ってるんだよ」


 念を押すように言われて、直紀は笑っている遺影を抱きしめて泣き崩れた。


「ごめん。ごめん、環。疑ってごめん。助けてやれなくてごめん。・・・ごめん、環」


 雅孝は、直紀の隣に座って彼の肩に手を置いた。


「タマちゃんは最後まで直紀のことを愛していたし、直紀が助かったことを喜んでるよ。だから、お前は生きるんだ。タマちゃんの分まで…なんて言わないが、タマちゃんに恥ずかしくないようにちゃんと生きるんだ」


 直紀は無言で何度も頷いた。


「とにかく今の直紀は酷い姿だから、シャワーを浴びてさっぱりして来い」


 意外と素直にシャワーを浴びに浴室へ歩いていく後ろ姿を見て、少し安心すする。


「大丈夫だよ、タマちゃん。じきに立ち直ってタマちゃんの大好きな直紀に戻るから」


 雅孝が笑顔の環に語りかけた。


 久し振りに飲んだ酒のせいで、頭がガンガンする。普通に考えれば、あれだけの量を飲めば、久し振りでなくてもガンガンするだろう。よく救急車の世話にならずに済んだものだ。

 それをぬるめのシャワーで紛らすが、もちろんそんなことで二日酔いは消えない。

 全身を洗い、髭を剃って身綺麗にする。

 浴室の大きな鏡を見て、両手で頬にパンッと喝をいれて「よしっ」と奮う。


 ひとりになれば、また苦しみと悲しみが襲ってくるに違いない。環がいないこの家で、環が遺したものに囲まれながらの暮らしはきっと辛くて、この先何度も泣くだろう。それでも、環に恥じない自分でいなければ償いにもならない。

 淡いブルーの長袖シャツにオフホワイトのチノパンを身に着けると、まだ青白く目の下にクマがある二日酔いの状態ではあるが、先程よりは随分まともな格好になっていた。


「雅さん、心配かけてごめん。・・・それと、ありがとう。・・・片付けも…」


 散らかったリビングはすっかり片付けられて、酒臭さも随分薄まっている。


「今日は、直紀が退院してきたからって、藤原さんたちがタマちゃんのお参りと仕事の話をしに来るんだろ?」

「うん、そうだった。みんなに情けない姿を見せるところだったよ」

「スタッフみんな、直紀がどれほど悲しんでいるか分かってるんだ。だから、やつれていても目を腫らしていても、恥ずかしくも情けなくもない。でも、1日も早く元気になって欲しいって願ってるんだよ。・・・俺を含めて全員」


 入院していた半月の間、スタッフが事情の説明と納品スケジュールの調整に随分労力を要してくれた。雅孝が言うとおり、1日も早く復帰して欲しいと願っている彼らに対して、いくら悲しいからと言っていつまでもメソメソするこを許されるはずもない。

 環のお参りをさせて欲しいと申し出てくれたので、今日は自宅で仕事の打ち合わせをするが、明日からは5階のオフィスに行って仕事に復帰すると宣言した。


「仕事に没頭していれば少しずつ悲しみも薄れるよ。また、辛くて寂しくてどうしようもなくなったら、俺も友香里もいるから頼ってくれていい」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げた。 

 

 直紀の入院中、専属のスタッフと嘱託のデザイナー、クラフトマンたちが、手分けして仕事を熟してくれてはいたが、直紀本人でなければ対応できないことはスケジュールを変更してあった。

 退院までの間、その体制で何とか乗り切ったと思っていたのだが、藤原に見せられた一覧表は2重線と矢印で真っ赤になっており、タスク項目を1つ1つ確認してタブレットのスケジュールを訂正していくと、今日からでも仕事を再開しなければ間に合わないことが判明して焦った。

 優先順位の高い仕事の中でも、来月21日から開催する ERABLE HOTEL での「ブライダルコスチューム&新作ジュエリー」のイベントが目前に迫っていて、衣装デザイナーとホテル側との打ち合わせを最優先でやらなければいけない。こちらは元々、4日後に設定してあったので変更なしで「予定通り」のファイルに収めた。

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