碧衣 目覚め 5
「昨日、1週間ぶりに意識が戻ったと思えないくらい顔色が良くて安心するよ。・・・これ、メールで頼まれたのを持ってきた」
兄がポーチからフィンガーグリップと呼ばれるトランペットのピストンバルブのような押しボタンが5つ並んだ器具を碧衣に渡す。
「ありがとう。指の筋肉も落ちてると思うから、入院中はこれでトレーニングするわ」
本当は持ち運びできる電子ピアノを持ってきてもらいたいのだが、さすがに諦めた。
碧衣が早速握って指の筋力を確認する。左腕から小指に走る筋肉を傷めているのか違和感があった。
父が家の近所にある弁当屋の包みを母に渡してから、着てきたジャケットを脱ぐ。
「ナースステーションの前を通ったところで主治医の先生に会ったから、退院できそうか聞いたよ。検査の結果も説明したいから、もうすぐ来てくれるって」
父が言ったとおり主治医が来ると、検査の結果は良好で、脳にも内蔵にも問題はないと言ってくれた。碧衣が心配した腕の痛みも数日で消えるらしい。これからはリハビリをして、松葉杖の練習をしながらしっかり体力をつけて退院となるようだ。
後ほど、担当の先生が松葉杖のサイズを見に来てくれるらしい。
説明が終わると医師は退室し、入れ替わるように待ちに待った夕食の全粥が運ばれてきた。
「碧衣のディナーはお粥かぁ」
病院食をディナーだなんて、冗談を言えるほど父にも余裕ができたのかと思うと、碧衣はもっともっと元気にならなきゃ、と思った。
「やったぁ!」
大袈裟にバンザイして喜びを表現する。
「リハビリ頑張って、1日でも早く家に帰れるようにするね」
全粥とほとんど具のない味噌汁、ペースト状のかぼちゃの碧衣に対して3人の弁当は幕の内で、碧衣の「いいなぁ…いいなぁ…」を聞きながらの食事になってしまった。
「碧衣がまだ食べられないってこと考えなかった。悪いなぁ」
意地悪でないことは分かっているが、やはり・・・羨ましい。
わざとらしく兄が謝りながら美味しそうにパクパク口に運ぶ。
意識が戻って余程安心したのだろう。家族4人で笑いあえる幸せを噛み締めながら、味がないはずの粥が美味しく感じたのだった。
食後、作業療法士が来て碧衣に合う松葉杖を選んでくれた。歩き方の指導も簡単に受けたので、母に支えてもらわなくてもトイレまでなら独りで行けるようになった。幸い、トイレもシャワーの備えられている個室なので有り難い。
松葉杖が使えることで最低限の身の回りのことを熟せるようになり、今夜は母を家に帰してやりたいと思った。自宅のベッドのほうが熟睡できるだろう。
娘を心配しながらも「明日の朝食までに来る」と言って、母は父と兄と共に家に帰って行った。
ー昨日は意識が回復して、今日は検査や俊介くんの見舞いやら忙しない1日だったなぁ。
それにしても、1度は死ぬような大怪我を負ったにも拘わらず、意識が回復して1日で動けることが不思議で仕方がない。眠っていた1週間の間に身体のほうは快復したのだろうか?
ただ、医師に尋ねてもわからないだろう。
彼は碧衣が1度死んだことを知らないのだから。
(センゲツの神子様、いらっしゃいますか?)
昨夜話をして以来、神子の声を聞いていないので、もしかしたら眠っている間に見た夢の続きだったのかも知れない、と探るように声をかけてみた。
『ちゃんとアオイの中にいますよ』
再び身体の中ーおそらく頭の中ーで囁くような声が聞こえる。神子の声はとても美しく、グラスハーブ(ガラス製のコップの縁を指で擦って音を出す楽器)のようだと思った。
(夢じゃなかったんですね)
『アオイの体調が回復するまで、ワタシがアオイの負担になってはいけませんから静かに控えていました』
(気を配っていただき、ありがとうございます・・・ところで、私が心の中で思っていることは、センゲツの神子様には全て聞こえているのでしょうか?)
これは特に知りたい事案である。恥ずかしいことや不埒なことを考えて、神子様に筒抜けなのはいくら何でも情けないし、かと言って「じゃあ、考えなきゃいいではないか」と言われても止められるハズもなく。
『アオイの心の中はワタシが意識して聞こうとしない限り、アオイが思っていることも見ている景色もワタシには伝わらないと考えてくれて良いです』
半信半疑ではあるが、神子がそう言うのだから信じるしかない。
しかしこれは碧衣に対しての慰めで、実際は筒抜けなのだ。ただ、人間はそれ程神聖な生き物ではないと知っているので、何を考えても神子はそれで碧衣を評価することはない。
(では、これから長いおつきあい、宜しくお願いします)
もし目の前に神子がいれば握手したいところだが、姿を見ることすら叶わないので、言葉だけで。
『ワタシがアオイの中にいるのは下界に降りて354日の間だけです。ですからあと347日、居候させてください』
(えっ?天界に帰られるのですか?・・・センゲツの神子様が天界に帰られたら、私はまた死ぬのですか?)
神子が光霊を持って下界に降りたのだから、天界に帰るときにまた持って行くと言われても文句は言えない・・・と思った。しかし、それは碧衣が死ぬことを意味し、家族をどん底に突き落とすことなので想像するだけで心が痛い。
『いいえ。ワタシが離れることで、アオイがもう1度死ぬことはありません』
それを聞いて人心地が付く。
このとき、なぜ繊月の巫が下界に降りたのかを聞くべきだった。天界で大切な役目を担っている神子が、天界と下界を簡単に往来できるはずがなく、今のところ1度死んでしまった碧衣を生き返らせただけなのだ。おまけに「1番明るい光霊」を選んだら、偶々それが碧衣だったと言う。
碧衣の中には347日居るが、その間に碧衣が神子のために何かしなければいけない事があるのだろうか?少し考えれば「なんだか変だぞ?」と思う話であるのに、碧衣はもう1度死なないと聞いたことで安心してしまい、それ以上深く考えなかった。
碧衣が神子に質問したのは「なぜ自分の中にいるのか」であって「なぜ下界に降りたのか」ではない。
それを知るのはもう暫く後になる。
そしてそれを知った時、時間との勝負に頭も体力もフル稼働する羽目になるのである。
加えて神子が天界に帰るには「下界に降りる方法の逆」では帰れないことを知るのは、更に後になる。
久しぶりの我が家である。
リビングまで帰ってきたところで大きく息を吸い込んで実家の空気を肺に入れた。
松葉杖の碧衣のためにラグやマットなどの敷物は撤去され、LDKと繋がってる奥の和室に碧衣の部屋が用意されていた。退院の際、渡された「生活の手引き」と書かれた冊子に階段の使用を極力控えるよう書かれていたためである。
リモコンでリクライニングできるベッドもレンタルしてもらい、家族の手を煩わせなくて済むだけでも気持ちが楽だ。
毎日弾いていたグランドピアノまで行き、譜面板の横にあるランプ台に置かれている写真立てを手にした。そこには父のバースデーコンサートでの家族と俊介、そして佳弥斗の破顔が見れる。
これは3回目のバースデーコンサートの時のものだった。2度とこのメンバーで写真を撮ることはできないのだと思うと目頭が熱くなり、同時に胸が詰まった。




