碧衣 目覚め 3
(あ、あのぉ・・・み、神子様とお呼びすれは宜しいでしょうか?)
ーそもそも私から声をかけても失礼に当たらないのかしら?
『天界では繊月の巫と呼ばれていました。ですから「繊月」と呼んでくれれば良いかと』
(呼び捨てはできませんので・・・えっと・・・、では「センゲツの神子様」と呼ばせていただくのは如何でしょうか?)
『丁寧に呼んでくれるのですね。ありがとうございます』
呼び方が決まったことで話しやすくなった。
(では、なぜセンゲツの神子様が私の中にいらっしゃるのか教えていただけますか?)
本当は、「不思議な能力が備わったのでしょうか」と尋ねたいところではあるが、それは追い追い聞くとして、基本的な疑問から解いていく。
『そうですね。天界のこと、アオイには理解し難いことが多々あるでしょうから、できる限り丁寧に話ますが、聞きたいことがあればその都度質してください』
天界には大御神という神様がいらっしゃって、59体の神子たちが仕えています。
その神子たちは月の形に準えて命名されています。
新月に当たる朔様を神子の長として、三日月の神子、上弦の月神子、十三夜の月神子、満月の神子、居待月の神子など、1日ごとに名を戴き、30日目の月に当たる三十日月の神子までいます。
朔様以外は巫と覡が番で役目を担っているのです。
ワタシ、繊月の神子は2日目の月に当たり、下界から見れば糸のように細い月です。
神子たちは下界、つまりこの世界のことですが、ここで寿命の尽きた魂を浄化して、「無」の状態に戻すための「門」に導く役目を担っています。
門は何千、何万と連なってトンネルのようになっているのです。そのトンネルを通っている間に魂は浄化されて「無」の状態になり、再び下界に降りて新しく生まれる器・・・肉体に入り、次の人生を始めるのです。
下界から昇ってくる魂は光霊と呼ばれ、黄金色、瑠璃色、墨色があります。
黄金色の光霊は寿命が尽きて魂が抜けたときに肉体が残っていることを表します。瑠璃色の光霊は肉体の損傷が著しいことを表し、墨色の光霊は下界で大罪を犯したことを表しているのです。
墨色の光霊は天界に昇ってきても、すぐに浄化されることはありません。長い年月の間、『煉獄の池』と呼ばれる決して消えることがない炎の池に放り込まれます。そこは阿鼻叫喚の世界で、神子たちでも恐ろしくて近付きません。
そして、トンネルで浄化され「無」になった光霊は透明に近い白色になり、それは綺麗な輝きを放つといわれているのです。
その光霊になるまでの時間は下界で過ごした歳月に因って決まっているそうです。
神子の話を咀嚼しながら聞いていたのだが、疑問が浮かび神子の説明を遮る。
(ちょっと質問、よろしいでしょうか)
『もちろんです』
(神子様たちは天界にいらっしゃって、光霊を「無」にするお役目を担ってらっしゃるのに、なぜこちらの世界に・・・私の中にいらっしゃるのですか?)
『ワタシがアオイの光霊を抱いて下界に降りたからです』
即答である。
当然のことのように言うが、碧衣の頭の中にはハテナマークが1つ、2つ・・・といくつも浮かんでくる。
ー私の光霊?
(なぜ天界に私の光霊があるのですか?)
さっぱりわからない。
寿命が尽きた、つまり死んだ身体から抜け出した魂が光霊になると、たった今聞いたではないか。
ー私、生きてるし。
『アオイは1度死んで、魂が黄金色の光霊となって天界に昇ったのですよ』
ー私、あの事故で死んだの?
神子に尋ねるのではなく、自分自身に問いかける。
碧衣が今に至る経緯を理解できずに困惑していると察知した繊月の巫は、彼女がハテナマークだらけの頭を整理しきるまで待ってくれる。
ーあの事故で死んだはずの私が今、生きている?・・・ん?・・・魂が天界に昇ってトンネルに入って「無」になって戻ってきた?・・・え?・・・浄化されて「無」になったのに記憶が残ってるの?・・・はぁ?
目を瞑って握りこぶしを口に当てて、神子が教えてくれた魂の流れに沿って考えてみる。が、・・・やっぱりわからない。
頭を振って自力で解決することを観念し、素直に解答を求めた。
『理解するのは難しいでしょうね。・・・アオイは1度、命を落としたのです。そしてアオイの光霊は黄金色でした。アオイの光霊と共に、黄金色の光霊があと2体、そして瑠璃色の光霊が1体続けて昇ってきました。ワタシはアオイの光霊が門を潜る直前に抱いて、下界に降りたのです。黄金色の光霊でしたから、下界には戻る身体があることを知っています。そして、ワタシがアオイの身体を探さずともこの魂は自分の肉体に戻るようになっていますから、アオイの光霊とワタシはこの身体に戻り蘇生した、というわけです』
(生き返った・・・ということですね?)
『そうです。ただ、魂が身体から抜けて再び戻るまでの時間はとても短いので、誰もアオイが1度死んだとは認識していないはずです』
あのとき、俊介が碧衣を車外に引き摺りだしてくれたおかげで身体が焼かれず、魂の帰る場所が失われなかったのだ。
ー瑠璃色の光霊が1体というのは、佳弥斗くんの魂ね。あとの2体の黄金色の光霊があるということは、あと2人亡くなったんだ。
事故の詳細をまだ聞かされていないので、ほかにも犠牲者がいたことに驚いた。
碧衣は自分が1度は佳弥斗と共に天界に召されたと感懐を抱くと、最後の最後まで彼と一緒にいられたことで、「いっぱいデートしよう」という最後の約束が叶った気がした。
天界に昇った彼の魂が浄化されて「無」になり、またどこかで生まれ変わって・・・その人は佳弥斗ではないけれど、幸せになりますように、そう切望したのだった。
(どうして私を・・・私の光霊を選んだのですか?)
まだまだ聞きたいことはある。この静かな夜にほかにできることが1つもなにのだから、今のうちに自身に起きていることを知っておきたい。
『ワタシは、繊月の巫なので、下界に降りられるのは2日目の月である繊月の日、つまちあの日しかありませんでした。若い魂の光霊は明るく輝いているので、抱いて降りるなら少しでも若い魂を・・・と選んだのがアオイの光霊だったのです』
ここで病室のドアが静かに開き、夜間見回りの看護師が入ってきた。
声を出して喋っていたわけではないが、就寝時間をとっくに過ぎているにも関わらず会話していたことを後ろめたく思って、咄嗟に寝たふりをする。
看護師は空になった点滴の輸液パックを新しいものに取り換えているようだ。すると一瞬で意識が薄れていくのが分かる。
きっと睡眠作用のある薬液が入っているのだろう。
ーああ、神子様に聞きたいことが、まだまだいっぱいあるのに・・・




