エピローグ~いつかの先に逢えるまで
いよいよ完結です。
「いつかの先」を思い描きながら読んでいただけると、巫の想いが伝わると思います。
1歩が踏み出せない巫の気持ちを察して朔様が背中を押してくれる。
それは決して強制的でも、急かすわけでもない。
優しく「さあ、行っておいで」と、巫を見守る温かさを感じさせるものだった。
「行ってきます。・・・朔様、ご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございました」
これが自分が朔様と交わす最後の言葉になるかも知れない、と目頭が熱くなるのを堪えながら頭を下げて薄紅のカーテンを一気に潜った。
目の前は、ギリギリ足元が分かる程度の明るさで廊下が続いている。先は真っ暗で見えない。
不安が過ってもう1度朔様の間に戻りたいという衝動に駆られるが、それを抑えながら1歩1歩前に進んだ。
両手を強く握りしめて。
実際はそれ程の距離はないだろう。それでも死刑宣告をされるに違いないと思いながら歩く巫には、この廊下が途轍もなく長く感じるのだ。
数歩進んでは立ち止まって大きく息を吐く。それを繰り返していると、やがて蝋燭の炎が宙に浮かぶ空間ーここが目的地であり、大御神から御言葉をいただく間ーに辿り着いた。
炎の明かりがあるだけで、空間の広さも足元さえも見えない。
唯一拠り所となりそうな炎に近づく。
気付けば今しがたまで抱いていた不安が消え、薄暗い空間の中にポツンと立っている不安定な状況にも拘わらず、心が穏やかになっていた。寧ろ温かさ、懐かしさすら覚えるのだ。
(ああ。どんなに厳しいものであっても、これが大御神からいただく最初で最後の御言葉なのだから、有り難く頂戴しよう)
そう決めて口元を緩めた、まさにその時、唯一の明かりが消えて漆黒の闇と化した。
それでも怖くない。
きっとこれが大御神から御言葉をいただくという合図なのだろう、と最上級の祈りの姿勢ー左手の甲に右手を当て行い、白衣の胸の合わせ辺りにそれを置いてから両膝を床に突いて俯くーを取った。
声が聞こえてくるまで何回呼吸をしただろう。自分の息をする音しか耳に入らない。
「御言葉を頂戴する」と聞いていたので、てっきり声が耳に届くのだとばかり思っていたのだが、直接神子の心に話しかけてきたのだ。
それはまるで、碧衣と巫のやり取りと同じように。
『よく帰ってきましたね』
全身に、それこそ頭のてっぺんから足の指先、尻尾の先まで響くチェレスタのような高くも低くもない美しい声を聞いた瞬間、身体が火照って涙が溢れてきた。唇がわなわな震え、ひっくひっくと大きく肩を上下させて呼吸が乱れる。
(も、申し訳…ありません…でした)
嗚咽を漏らしながら謝罪を伝える。
(ど、どの…ような…罰も受ける…覚悟で…は、恥を忍んで天界へ帰って……うっ……参りました)
何度も(申し訳ありませんでした)と繰り返す。
『ワタシの可愛い子どもよ。下界では多くのことを繊月の覡と共に学んだでしょう。オマエたちが持って降りた光霊の器もこれから先、幸せでいるよう祈り続けるのですよ』
大御神は瑠璃色の魂のカケラで神子たちが天界に帰れたのは、巫が「大御神様、助けてください」と願ったからだと教えてくれた。
下界に降りた2体の神子を常に見守っていたのだ。
繊月の番が下界でも当番の日に祈りを捧げ続けていたことも知っていた。下界でも役目を果たした神子の願いを聞いてやりたいというのは、一種の親心であった。
(ワタシは、どのような罰を受けるのでしょうか)
『オマエが勝手に下界へ降りたという罪は、ここに帰ってきたことで許します。もし、帰ってこなければ354日を過ぎた時点で消滅し、それが罰だったのです。
繊月の覡はオマエが下界へ降りたら、必ず連れて帰って来るので後を追わせて欲しいと朔に申し出て、ワタシが許した』
ーそうか…。あの場の勢いで光霊を抱いて下界に飛び降りたのではなかったのですね。
若い神子だ、まだ未熟な神子だと思っていたが、この先が楽しみだと安心すると同時に、では先代の繊月の覡はやはり消滅したのか…と、諦めをつけるため最期どうなったのかを思い切って尋ねた。
『先代の繊月の覡は、朔にも告げずこの部屋に来て、下界へ降りさせて欲しいと申し出てきたのですよ。オマエを朔にするため、心の迷いの種になりたくないという願いを聞き届けてやったのです。
ですから、消滅せずに天界に帰って来ています』
(番でなければ帰れない…はずでは…)
神子が頭の中を整理して考えようとするが、情報が頭の中でたんぽぽの綿毛のように散らばってしまっている。
(では、先代の覡に会えるのですか?)
ー会いたい!
ー会いたい!!!!
『会えます。ただし、オマエが先代の繊月の覡に会えるのは300年先です』
ここからは朔様も知らない天界の仕組みの話なので、決して漏らしてはいけないと前置きして、神子も口外しないと誓った。
『オマエたち神子がいる門の広場は、光霊を浄化させる入り口側。
オマエたちがトンネルと呼んでいるそれの出口側にも、同じように神子たちがいます』
(やっぱりそうなのですね)
『その出口側にいる神子たちは、トンネルの入り口側にある門の広場で寿命近くまで役目を果たし、下界へ降りた神子たちです。
その時に抱かれた光霊は神子を下界へ降ろす役目を担うだけなので、1番弱い光の光霊を選ぶよう言ってあります。ですから、その光霊は直ぐに天界に戻ってきます。
そして、下界に降りた神子は光霊なしにトンネルの出口側に上ってくるようになっているのです。
・・・オマエは、下界で人間の妊娠と出産を見ましたね』
友香里と翠のことである。
『天界も同じだと思って良い。・・・500年をトンネルの入り口側で過ごす。これは人間が10月10日、母の胎内で育つのと同じ。神子が下界へ降りて、トンネルの出口側に昇って来るのが出産だと言えば分かりやすいでしょう。
出口側での生活のほうがずっとずっと長いのですよ。・・・下界と同じように豊かな物に囲まれて』
巫が下界で見た様々な物や風景を思い返す。
(そこに先代の覡がいるのですね)
『黎翔という名で300年後にオマエが来るのを、浄化された光霊を下界へ降ろす役目を担いながら待っています。それはとても楽しみに。
それまでオマエは、次期朔として学び、朔となってその役目を果たしなさい』
涙が頬を伝い、ポタポタと床へ落ちていく。
そして1度は収まっていた嗚咽で呼吸が乱れ、胸元に置いた手が震えている。
(はい。・・・寿命が来るまで…誠心誠意…努力いたします)
途切れながらではあったが、しっかりと誓いを立てることができた。
大御神の声はこれ以上届かなかった。
再び灯った蝋燭の炎が、この面会が終わったことを表す。
また、愛しい覡に会える日が来るのだと、喜びに満ちた心が躍る。
ただ、もう暫く嬉し涙を許して欲しい。
≪ 完 ≫
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、当初の予定より少し長くなりましたが、最後まで書ききることができました。
ひとつひとつの場面を読んでくださった皆様に、心から感謝しています。
この作品はここで完結となりますが、2月1日よりカクヨムにて公開する予定です。(内容そのものは変わりませんが、読みやすさを意識して少し整えています。
もしまた、どこかでお会いできましたら嬉しいです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
ーー静林
(ちょっとだけ予告を) 2月11日より新作「キスと魔法と××と~幼馴染みは両片想い!?伝われ、この気持ち!!」を公開予定です。次回作は幼馴染みのほっこりする物語になっています。良ければ覗いてみてください。




