サヨナラ 8
この章の最後です。
ついに別れの瞬間を迎えます。
直紀は自分が確かに碧衣と過ごしたという証を遺したくて、彼女の「子どもを」という願いを叶えることにした。
そしてその行為をすることに何の躊躇いもない。
「夜明けまで」というタイムリミットがある。
あと数時間で記憶も意識もなくなるであろう自分が、彼女の「初めて」を奪って良いのか、など考える余裕はなかったのだ。
たとえ碧衣が望むように今夜、運よく子どもを授かったとしても、彼女一人で子どもを育てていかなければいけない。
それはまだ23歳の碧衣には大変なことだろう。
それでも直紀は彼女の望み通りにしたかった。
最期に愛した女性を腕に抱き、「どうか俺を覚えていて欲しい」と心の中で叫び、何度も何度も「愛してる」と囁いた。
その言葉に応えるように「直紀さん」と名前を呼んで、逞しい腰にしがみつく。
二度と抱きしめることができないであろう、愛しい人の感触を忘れないために、全身に触れ、唇を落とす。
「絶対に忘れませんから」
汗なのか涙なのか判断できないものが頬を伝う。
そうして、1夜限りの交わりの果てに碧衣は全身の筋肉が弛緩して意識を手放したのだった。
「碧衣?」
呼びかけても、もう目を開ける気力も、そして意識すらない彼女の顔を撫でて、もう1度唇を重ねた。
その瞳に再び自分が映ることはないが、最後に碧衣とひとつになれた幸せを噛み締める。
「愛してくれてありがとう」
碧衣の裸体をもう1度目を細めて眺めてから、熱いタオルで拭いて清め、自身もシャワーを浴びてパジャマを着た。
ベッドサイドテーブルに碧衣に贈る指輪が入ったジュエリーケースを置く。
それは環に送ったのとは別の、碧衣の左手薬指にピッタリ嵌る婚約指輪だった。
寝息を立てて気持ち良さそうに眠る彼女の左手と自分の右手を、何度も使ってきたピンクのシュシュで固定して隣に横たわった。
「行こうか」
繊月の番に声をかけて、大きく息を吐くと、意識が遠のいていくのを感じた。
「さようなら。碧衣、愛してるよ」
次の章で、その後の下界での出来事が描かれます。




