【3】花が散る
虐待、暴力などの表現があります。
ご注意ください。
家に帰った藍姫は案の定、父である宗弦に玄関先で殴られた。
「この役たたずが!姫巫女としての価値があるから今まで生かしておいてやったのに、なんだこのザマは!国の大切な大鏡まで壊すとはお前は一族の恥さらしだ。お前の居場所はここには無い。さっさと荷物をまとめて離れへ行け!」
宗弦は藍姫を蹴り飛ばすように本邸から追い出し、あちこちに蜘蛛の巣が張り、埃が積もった狭い離れへ押し込めた。
その日から藍姫の奴隷のような生活が始まった。
花琳や瑛龍殿下の説得により、国王陛下から大鏡を割ったお咎めは特に無く、代わりに修理費として藍姫に莫大な借金が課せられた。
当たり前だが到底すぐに返せる額では無い。
それに修理費を払えたとしても八仙花神社から贈られた大鏡は、特別な魔力の籠ったものだ。
修復する術など誰も知らなかった。
藍姫の着ていた高価な着物や持ち物は全て取られ、使用人のお古であるボロボロになった着物を与えられた。
食事は1日に1回あれば良い方で、それも生ゴミ寸前の残飯のようなものしか出されない。
外出することも許されず、基本的に御手洗以外は部屋から出ることすら禁止された。
毎日のように宗弦から暴力を振るわれ、義母である杏花からは大声で罵られた。
暴力は顔など目立つ部分は避けて、腹や太ももなど着物に隠れるところを狙われた。
万が一に外へ出たときに噂されない為だ。
毎日の暴力と罵り、食事を与えられないはどの虐待で日に日に痩せていき、身も心もボロボロになっていった。
いっそ死んでしまえたら楽だと思いながら、何もする気力が持てず、日々が過ぎるのを虚ろに待っていた。
このときはまだ瑛龍殿下から正式に婚約破棄を言い渡されていなかったが、遠くない未来に婚約破棄されるのは明白だった。
そして、藍姫が17歳になった年に王家主催で名だたる貴族を集め、親善パーティーか開かれることが決まった。
そこで花琳と共に藍姫も参加するよう強制されたのだ。
いつものボロボロな着物では篠宮家の恥さらしだと、使用人のお古だがそれなりに綺麗な、しかし周りからは浮くような古臭い着物を渡され、それを着て重い足取りの中、パーティーへ向かった。
華やかな品の良い着物を纏った花琳は、蒼天宮邸に集まった貴族たちの注目の的だった。
見事な赤い生地に豪奢な牡丹柄の振袖は、花琳の白い肌に良く映え、あどけなさを残しつつ大人の色香も匂わせていた。
その後ろを歩く陰気な雰囲気の藍姫には、憐憫と侮蔑の視線が集まっていた。
花琳よりも白い、もはや血の気の失せた青白い顔色と痩せこけた頬、碌に梳いていない枝毛だらけのくすんだ髪の毛は、急いでまとめられたように後れ毛だらけだ。
目は虚ろで生気が感じられない死人のようである。
あの問題の儀式から5年でこの落ちぶれよう。
見るからに家から見放されている様子の藍姫を憐れみながら、きっと瑛龍殿下にも捨てられるだろうと誰かがボソッと言った。
結果はその言葉通り、瑛龍殿下は公の場で藍姫との婚約破棄を言い渡し、代わりに義妹の花琳と婚約すると公言したのだ。
藍姫が無能ということはもはや周知の事実だった為、誰も反対する者などいなかった。
藍姫自身も婚約破棄を受け入れると、逃げるようにその場を後にした。
瑛龍殿下と花琳の嘲りの笑い声と貴族たちの失笑が藍姫の背中を刺した。
深くて暗い穴へ落ちていくような、深い海の底へ沈んでいくような、息の出来ない昏い絶望感が藍姫を支配した。
親善パーティーのあった日から宗弦の暴力は日に日に増していった。
もう表に出ることもないだろうと顔や腕も殴られ、蹴り飛ばされるようになり骨が折れることもあった。
それでも藍姫は声も出さずにじっと耐えた。
もはや抵抗する体力も気力も無かった。
心が、感情が動かないほど藍姫は疲弊しきっていた。
たまに来る花琳は汚物を見るような目で藍姫を睨み、鼻をつまんで顔を顰めた。
花琳は藍姫の古木のようになってしまった腕を足先で軽く蹴った。
しかし、藍姫は声も出さず、目も薄く開かれたままで、ぴくりとも反応しなかった。
「もう死んでじゃないかしら。汚らしいわね、死体の処理が面倒だわ」
藍姫はすでに事切れていた。
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